果ての地表にて5

「いでよ、メリュジーヌ!!」


 世界を染める白い光がおさまったとき、慎一郎の隣にそれはいた。

 おお、仰ぎ見よ。闇の支配する世界にあってもなお美しく神々しく銀色に輝くその姿を。

 これこそが万物の霊長であるドラゴンの究極の姿。竜の中の竜、王の中の王。力の化身であり慈愛の象徴。

 敵には絶望を、味方には安寧をもたらすその姿こそ〈竜王〉。

 竜王メリュジーヌの真の姿である。


 北高の生徒会室に残されたメリュジーヌの竜石のほんのひとつぶの欠片をこよりが培養し、菊池が約四十万倍という限界を超える倍率で時を流した完全なる竜石。ヴァースキの千年ものとは次元が違う、三万年以上の時間を掛けて育てられた新たなる竜王の器。


 それがゴンが届け、今まで温存していた最終兵器の正体である。


 白銀のドラゴンの口元に白い粒子が収束する。

 甲高い何かが震えるような音とともにメリュジーヌが現れたとき以上の閃光が発せられる。メリュジーヌの口から高密度に集積されたレーザーが射出されたのだ。


 まるで息をするかのように何気なく発せられたそれは、絶対的な破壊力となって敵軍勢のただ中に命中し、轟音とともに大爆発を起こす。その破壊力はかつてヴァースキが放ったものとは比較にならない。

 メリュジーヌが首を振るとそれにあわせて白熱のレーザーもなぎ払われ、点の破壊が面の破壊となって敵を蹂躙した。


『ふむ。まずまずじゃな』

 小山のように巨大になったメリュジーヌであったが、〈念話〉を通じて聞こえてきたその声はあの幼女のアバターを使っていたときと全く変わることがないことに慎一郎はどこか安堵を覚えた。


『いいことを思いついたぞ。シンイチロウ、わしの後ろにまわれ。ユキナとコヨリもわしの元へ来い』

 戦局は膠着状況に陥っていた。敵味方を問わず、そこに突如として現れた竜王の一撃に誰もが我を失って唖然とその様子を見ていたのである。


 少し離れた所で戦っていた二人の女子生徒がこちらに走ってくる。それを追いかけようとする敵もいくらかはいたが、メリュジーヌがひと睨みするとまるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。


『しっかりとわしの後ろに隠れるのじゃ。後ろを向いて、目を閉じよ。準備はいいな? よし――』


 戦場にはそぐわない一瞬の静寂のあと、先ほどと同じような高音とともに視界全体が真っ白に染まった。目を閉じているにもかかわらずだ。慎一郎は思わず両腕で目を覆ったがそれでも光は溢れ出し、こよりのゴーレムが慎一郎と結希奈を守るように覆い被さったところでようやく光が落ち着いてきた。


 やがて光が落ち着いてきたかと思うと、メリュジーヌの優しい声が聞こえてきた。

『もうよいぞ』


 恐る恐る目を開け、あたりの様子をうかがうと、〈ネメシス〉地上の様相は一変していた。

 あれだけの数がいた敵の軍勢は跡形もなく消滅していた。それだけではない。起伏の激しい荒れた岩肌だった大地はまるでヤスリがけをしたかのようになめらかに、平面に均されていた。ここから慎一郎達が目的地としていた城まで遮るものが何もない。


『先ほどの光線の敵の戦い方を参考にしてみたのじゃが、うまくいったようじゃ』

 唖然とする生徒達の前でさらりと言ってのけるメリュジーヌ。


「とんでもない威力だわ……」

「でも、今の攻撃でもあのお城には傷ひとつ付いてないみたい」

 遠方を覗きながら結希奈が言った。彼女の言うとおり、目指していた城はこれまでと同じように闇の中を不気味に佇んでいる。


『ふむ……。あわよくばあれも破壊するつもりだったのじゃが……』

 敵軍勢を一撃で壊滅させるメリュジーヌのブレスを受けてもびくともしない敵の本拠地に少年少女は戦慄を覚える。


『いや、おそらくはミズチの封印と同じ原理であろう。あの周りだけ異なる次元であるのならば、わしのブレスが届かなくても当然じゃ』


「そうすると、中に入れないってこと?」

「外に出てくる敵がいたんだから中には入れると思うけどな……」

「ここで考えていても仕方ない。とにかく、行ってみましょう。わたし達にはほかに手がかりはないのだから」

 こよりの提案に一同は頷き、城に向けて歩き出した。


『待て』

 しかし唯一、最後尾で足を止めていたメリュジーヌの言葉に、一行は足を止める。


「どうしたの、ジーヌ? …………!!」

 と結希奈が聞くまでもなく、前方の敵本拠地に変化が訪れた。


 城の正面、延々と続く階段の上で閉ざされていた巨大な正面扉がゆっくりと、重々しく開きだした。その向こう側で待ち構えていたのは黒山の人だかり。先ほど殲滅した敵軍勢と同じく、さまざまな姿形の敵がさまざまな武器を構えている。


「~~~~~~~~~~!」


 正面のやや大柄な、指揮官とおぼしき異形の生物が剣を持った手を振り上げて聞き取れない言葉を叫ぶと、彼の後ろで待ち構えていた軍勢が一斉に雄叫びを上げながら走り出した。哀れ、指揮官らしき敵はその波に押しつぶされてしまった。


「くそっ、増援か。みんな、迎え撃つぞ!」

「ええ!」「はい!」

 慎一郎の檄に結希奈とこよりが応える。慎一郎を先頭に、その後方を結希奈とこよりが守るような三角形の陣で敵軍勢に向けて突撃を開始した。


『いくら数が多かろうと……!』

 後方からメリュジーヌが光線のブレスで城から出てくる敵軍勢を焼き払う。しかし今度は先ほどとは異なり、敵味方の距離が近いため、威力を抑えなければならず、かなりの敵を討ち漏らしている。

 敵からみれば死をもたらす光線から逃げ切った半分ほどの敵が突進してくる。


『援護します!』

 楓からの〈念話〉が聞こえてきたかと思うと、少し離れた所に数発の光の矢が命中し、そこを起点に爆発が起こって敵を巻き込む。


 メリュジーヌと楓の援護のおかげで正面の敵だけに集中できる。襲い来る数体の敵を同時に対処しながら、左右に展開した結希奈とこよりの様子を横目で確かめた。


 結希奈が右手に持った錫杖を相手に向けると無詠唱で〈火球ファイアーボール〉の魔法を放ち、襲い来る敵を一網打尽にしている。周囲の敵が結希奈に近寄れないのは、同時に魔導書で周囲に風の結界を張っているからだ。


 一方のこよりはゴーレムの胸部におさまり、その驚異的なパワーによって周囲の敵を根こそぎなぎ払っている。結希奈の戦いとは対照的に、豪快な戦いぶりだ。


 ふたりの安定した戦いに安心した慎一郎は、自分の敵に集中する。左右から襲いかかる敵を相手の間合いに入る前に不可視の手に持った剣でなぎ払い、正面の敵からの攻撃を回避したところをカウンターで斬る。同時に四体の敵がどうと倒れた。


「このまま敵の中央を突っ切って敵の城に入る!」

 慎一郎の指示に結希奈とこよりから了とする返答があった。三人は少しだけお互いの距離を近くしてそれぞれが援護できるようにして前に突き進んでいく。


『子供達だけに頑張らせるわけにはいかぬ。……む!?』

 メリュジーヌが後方の敵にブレスを吐きかけようとしたとき、異変に気づいた。

『今何かが動いたような……なんじゃと!!』


 正面の敵が武器を振るよりも早く、慎一郎は左手に持つ〈ドラゴンハート〉を振るい、表面が鱗で覆われた敵の腕ごと斬った。

「次!」

 まるでその声が聞こえていたかのようにその後ろから新しい敵が襲いかかってくる。その時だった。

「なっ……!?」


 地面が大きく揺れた。突然のことに慎一郎は体勢を崩して地面に倒れた。その目の前を敵の剣が突き刺さり、一瞬肝を冷やした。

 しかし追撃はなかった。慌てて体勢を立て直して周囲を確認すると、結希奈もこよりも、そして周囲の敵全員が先ほどの激しい揺れのせいで体勢を崩して倒れているではないか。


「くそっ……!」

 慎一郎は〈エクスカリバーⅢ改〉を飛ばし、結希奈とこよりの近くにいて、すぐに立ち上がりそうな敵を優先的に倒した。


「ありがとう、慎一郎……!」

「みんな、あれ見て!」

 ゴーレムの腕が指す方向を見ると、その先には荒れ果てた荒野と、その向こうにある激しい山々があるだけだった。その山々のうちのひとつが動いているように見えた。


「山が動いてる……!?」

『いえ、違います。あれは……』

「巨大なモンスター!」

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