魔帝誕生
魔帝誕生1
魔界歴26.294876
暗闇の中、建物が建っている。
いや、それはかつて建物だったものと形容する方が正しいのかもしれない。
壁は朽ち、屋根は腐って落ちている。床には巨大な穴がいくつも空いており、人影はもちろんない。
そこはかつて何かを祀っていた場所なのだろうか。精緻な彫刻と巨大な偶像が朽ち果てながらもその原形を留めて佇んでいる。
かつて完全な闇だったそこには今や少しずつ光が差し込み、辺りを照らしている。
廃墟、と呼んでも差し支えないだろう。
禍々しきその聖堂の中央部分の一角、瓦礫と瓦礫の間の闇が黒く輝いた。
闇よりもなお暗いその一角は少しずつ領域を広げ、やがて力を持つ。そしてその力は魔法陣を塞ぐ邪魔な瓦礫の山を力で吹き飛ばした。
そう。それは闇の魔法陣。今八百年ぶりにその魔法陣が本来の役割を果たすため活性化した。
魔法陣からは闇が溢れ出し、差し込む光をかき消して上空へと伸びる。
闇一色の空には特にその存在感を誇示する大小ふたつの輝きが見える。
小さな輝きは遠くで黄色く輝く太陽。そして大きな輝きは青く輝く地球。
魔法陣から伸びる闇は地球へと一直線に伸びていく。まるで誰かを迎えに行くように。
何者をも通さない漆黒の闇の柱が徐々に薄まり、やがて完全に消えたかと思うと、そこに一人の人物があった。
均整の取れた身体に漆黒の髪、漆黒の瞳。身体のところどころを鱗が覆い隠している。見るものが見ればそれは神の芸術作品と錯覚しただろう。
男がやってくるのを待ち構えていたかのように、誰もいなかった廃墟にひとつの影がゆらりと音もなく現れた。
魔法陣から現れた男とは何もかも対照的だった。矮躯で、丸まった背に申し訳程度に貧弱な手足がぶら下がっている。それは男の前までやってくると、小さな身体を更に小さくした。
「お待ちしておりました、魔王ベルフェゴール様」
ベルフェゴール。メリュジーヌとミズチの竜石をもとに作られた肉体を持ち、イブリースの生命エネルギーを吸い尽くした、滅びたはずの魔界の王と同じ名を持つ男。
許可もされていないのにそれはベルフェゴールの姿を目に入れると、ひとつの事実に気がついた。男は卑屈に笑い、手を揉みながらその事実を婉曲に告げる。
「魔王様、すぐにお召し物を用意させます」
その言葉に初めて男の存在に気がついたのか、ベルフェゴールは自分の身体を見回した。一切の衣服を身につけず、惜しげもなくその美しい肉体をさらしているその姿を。
「いや、構わぬ」
ベルフェゴールがさっと腕を振ると周囲の闇が集まり、ベルフェゴールの身体を包み込む。
闇はやがて形作られ、一部は闇のように黒い服に、また別の一部は血のように赤黒い鎧になった。その腰には見事な宝剣がさされている。
「城へ向かう。大魔王様に先触れを」
「かしこまりました」
ベルフェゴールは真っ黒なマントをまさりとはためかせ、矮躯の男に見送られながら聖堂を後にした。
――魔王ベルフェゴール。その名は歴史に深く刻まれている。
〈ネメシス〉十二貴族出身の彼は、見た目が地球人類に酷似しているというだけの理由で前回の最大接近時に単身地球へと派遣された。
その目的は次回最接近までに〈ネメシス〉の軍勢が地球を支配するための下地を作ること。
中部ヨーロッパのある地域に降り立ったベルフェゴールが勢力を拡大するためにまず行ったことは軍勢を作ることであった。
地球人に似た見た目を生かし、現地人の混血を産ませその数を徐々に増やしていった。現代の魔族の祖先である。
四百年間にわたる雌伏の時を過ごし、一大勢力を築き上げたベルフェゴールとその眷属たちは満を持して自らを魔族と称して近隣諸国に対して侵攻を開始したのである。“魔族”とは〈ネメシス〉における各種族を統一した呼称である。
先天的に圧倒的な魔力量を持つ魔族に対し、地球人類はそれまでいがみ合っていた各種族が一致団結して数の力で対抗した。
ベルフェゴールの目論見は外れ、戦局は泥沼化。当初は百年ほどでヨーロッパ大陸を支配する計画だったが、侵攻から三百五十年経っても一進一退の戦局が続き、魔界は徐々に疲弊していった。
そして聖歴1945年。魔界首都に潜入した地球人類混成軍によってベルフェゴールは討ち取られ、六次にわたる魔界大戦は終結した。
しかし、ベルフェゴールの野心はここで完結していなかった。戦後民主化を進める魔界の中に巧妙に自らのシンパを潜り込ませ、虎視眈眈と自らの復活と〈ネメシス〉最接近に備え準備を行っていた。
それから約二十年。念入りに練られた計画とこのためだけに産み出された死霊術と精神操作術に特化したエージェントにより、魔王ベルフェゴールは復活し、最接近を迎えた母星ネメシスへと帰還した。
地球人類の知ることのない歴史の真実である。
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