暗黒竜ヴァースキ6

 こよりは後方から冷静に戦いを見つめていた。


 敵の興味はすでに戦う力をなくし、傍らに倒れている濃紺のドラゴンになく、足元でちょこちょこと動き回るふたつの小さい影――慎一郎と徹に向かっている。

 ヴァースキは盛んに少年達を噛み砕こうと首を動かしているが、素早く動く二人には届かない。


 遠方からは楓が援護をしている。全体的にミズチからヴァースキを引き離す方向に注意を向けさせており、今はそれが成功しているように思われる。ミズチのもとには結希奈が向かって回復魔法を行使しているが、あの巨体にどれだけ魔法が効くかはわからない。


 司令塔として機能していたミズチ――菊池が倒れた今、こよりは自分が戦闘指揮をしなければならないと考えていた。

 それは自分が自衛隊員である――たとえ研究職で戦闘訓練は受けていなくても――こともあったし、この中では一番年長であるからでもあった。後衛で比較的戦場を俯瞰してみられる立場にあったということもある。


 その立場が冷静に告げている。このままでは勝つことはできない――と。

 だからといって諦めるわけにはいかない。ここでの敗北は〈竜王部〉のみんなだけでなく、北校生全員、果ては全人類の死に繋がる。


 こよりはヴァースキをじっと見つめる。

 全身を覆う漆黒の鱗は長い年月と度重なる戦いで多くが剥がれ落ちており、慎一郎や徹や楓はそこを狙ってダメージを与えている。確かに、普通のドラゴンと戦うことに比べれば鱗のない場所を狙えるので戦いやすいといえるだろう。


 しかしそれは微々たる違いでしかない。

 仮にあと十万回ダメージを与えられたらヴァースキを倒せるとしよう。十万回攻撃を与える間に一回も致命的な攻撃を受けないというのは前提条件としてあまりに無茶な話だ。


 もちろん、今の慎一郎達は地上での戦い同様にある程度の攻撃を無効化する装備をつけている。それでいくらか勝率が上がるかもしれない。

 しかし継戦による体力、集中力の低下はどうにもならない。体力は薬などで回復させられるが、集中力の低下は致命的だ。それは容易に命を刈り取るミスを犯す。


 これ以上の長期戦は絶対に避けなければならない。

 そのための打開策はないか、こよりはじっと目を凝らす。


 新しく創りだしたゴーレムを投入する。ヴァースキに一撃を加え、足を取られて体勢を崩した徹の盾となってヴァースキの攻撃を正面から受け止め、ゴーレムは粉々に砕け散った。

 徹がこっちを向いて親指を立て、「サンキュー!」と言ってきた。徹らしい笑顔にこちらの気持ちが幾分軽くなる


『トオル、よそ見をするな! ブレスが来るぞ!』

 メリュジーヌの警告に徹は後方に下がる。耐ブレス装備を持たない徹にブレス攻撃は致死の一撃だ。ヴァースキと徹の間に慎一郎がすかさず入り、ブレスを無効化する。


「…………?」

 その時、違和感を覚えた。ヴァースキのブレスの勢いが以前よりも衰えているということを。


 ヴァースキはこれまでに数回、収束されたブレスを放っている。それは耐ブレス装備を貫通し、命中した部分を消滅させることは菊池の例からもわかっている。

 しかしヴァースキはしばらくその収束ブレスを使っていない。


 いつから使っていないのかと記憶を辿ってみる。

 菊池がミズチとなり、ヴァースキと肉弾戦を繰り広げている頃から使っていないのは間違いない。


 ドラゴンゾンビであるヴァースキは知性を持たない。ゆえに攻撃に戦略性はなく、ブレスを収束させないのも偶然であることが考えられた。


 しかし、それが偶然ではないとしたら?

 今、ヴァースキのブレスの勢いが衰えていることと関係があるのでは?


 ブレスを吐き終えたヴァースキを見る。ブレスを吐き終えたにもかかわらず、かのドラゴンの周囲には黒い霧が漂っている。


「…………!!」

 ヴァースキの首元から霧が漏れていた。そこはミズチが先ほどまで食らいついていた場所であり、そして地上での戦いで慎一郎が体内から〈エクスカリバーⅢ〉で突き破った場所だ。


「あの傷口からブレスが漏れてるから収束できないんだ……」

 こよりはそう結論づけると地面に手を当て、新しいゴーレムを生み出した。

 そのまま攻撃に向かわせる。


 こよりはちらりと傍らに置かれている彼女のバックパックを見た。

 すでに空になっているバックパックだが、その脇には細長いものがくくりつけられている。

 こよりは唇を噛み、決意を固めた。




「炎よ!」

 徹が叫ぶと、彼の“朝霧”から炎の竜が立ちこめ、ヴァースキの脚に絡みついてそれを燃やす。


 ヴァースキがそれに反応して通るの方を向くが、徹は素早くヴァースキの頭が届かない尾の方へと逃げる。ヴァースキには尾がないために、そのあたりは比較的安全地帯となる。


「バーカ! 届かねえんだよ!」

 首を目一杯後ろに回してもギリギリ届かない。悔し紛れか、ヴァースキが吼える。

 それを目がけて徹は再び炎を浴びせかけようとする。“朝霧”の剣身をまとう炎が再び活性化した。


「炎……うわっ……!」

 徹が“朝霧”を振り上げ、数メートル離れた先にいるヴァースキの顔面にむけて炎を飛ばそうとしたとき、徹の目の前に大きな影が現れた。

 慌ててバックステップで後ろに下がる。


 その大きな影――こよりのゴーレムはそれまで徹がいた場所に割り込んできた。

「こよりさん、危ないじゃないか!」

 徹が後ろを向いて抗議をするが、こよりはゴーレムを操るのに精一杯なのか、全く反応がない。


 ゴーレムはヴァースキの前に仁王立ちになり、両手を大きく広げてその巨大な頭を掴もうとした。

 しかし、ヴァースキの動きは早く、ゴーレムがドラゴンの頭をつかむよりも早く、その上半身にかぶりついた。

 硬いものが砕かれたような音がしたかと思うと、次の瞬間、ゴーレムはその力を失ってもとのばらばらな石ころに戻って床に落下した。




「こっちだ!」

 慎一郎がヴァースキの側面に回り込み、〈エクスカリバーⅢ改〉を飛ばす。

 ヴァースキはドラゴンゾンビだ。炎の属性と聖なる属性が弱点として知られている。慎一郎は手持ちの武器の属性を聖に変えた。


 慎一郎が左手に持つ〈ドラゴンハート〉の握りを変えると、複雑な軌道を描いて飛翔する三十二本の〈エクスカリバーⅢ改〉が白く輝く。

 〈エクスカリバーⅢ改〉がヴァースキの首から後頭部に掛けての広い範囲を斬りつける。


 ヴァースキの首がゆっくりと回転し、攻撃を繰り返す〈エクスカリバーⅢ改〉を見る。

 ドラゴンゾンビに知性はない。だから反射的に剣に意識が向き、それを操っている慎一郎に注意が向くことはない。

 それを利用して慎一郎はヴァースキの懐に入り込み、腹部の柔らかい部分にダメージを与えようという腹づもりだ。


 しかし――


「うわっ……!」

 入り込む慎一郎の横から何かがぶつかって、慎一郎は弾き飛ばされた。


『なんじゃ!? 新手か……?』

 すぐさま起き上がって体勢を整えると、こよりのゴーレムがヴァースキの首の下に入り込んで、喉元に向けてパンチを繰り出していた。


「細川さん……? 何を……?」

 ゴーレムは力任せにヴァースキの喉元を殴った。その衝撃にゴーレムの腕が取れて粉々に砕け散ったが、お構いなしとばかりにパンチを続ける。

 そのためとばかりにゴーレムには腕が六本も付いていたのだ。




 その後もこよりのゴーレムは度々慎一郎と徹の攻撃に割り込んで来た。何か作戦があるのかとも思ったが、こよりに声を掛けてもゴーレムの操作に夢中なのか、全く反応がない。


「くそっ、どうしたってんだ、こよりさん!」

 徹がぼやく。普段女の子に優しい徹だったが、かなり苛立っているようだ。


「ぼやいていても仕方がない。細川さんのゴーレムに動きを合わせて攻撃を仕掛けるぞ」

「わかってる!」


 そして今、再び新しいゴーレムが生み出され、ヴァースキに向かって走り出していった。

 今度のゴーレムはこれまでのものとは違い、黒い色が各所に混ざっていた。大きさも一回り小さく、しかしがっしりしているようにも見える。


「徹は左から! おれは右から回る。ゴーレムの動きに合わせて攻撃だ」

「おうよ!」

 ヴァースキの注目が正面のゴーレムに集まるのを確認して、慎一郎と徹が同時に飛びかかった。それと同時にゴーレムがヴァースキの頭をがっちりと掴んだ。


「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 慎一郎がヴァースキの首の付け根に連続攻撃を食らわせる。その時、メリュジーヌが異変に気づいた。


『……!! いかん、奴め、ブレスを吐くぞ。トオルよ、下がるんじゃ!』

「くっ、いいところなのに……!」

 徹が下がると同時に、ヴァースキの口元から暗黒のブレスが吐き出された。

 それは暗黒竜の口元を押さえていたゴーレムに直撃し、石造りの全身を蝕んだ。


『ヴァースキの注意をこちらに引きつけるのじゃ。いま再びブレスを吐かれればトオルが危うい』

「わかってる」


 慎一郎は左手に握った〈ドラゴンハート〉を大きく振りかぶって、両手を広げるよりも太いヴァースキの首に切りつけた。


「…………?」

 しかし、ヴァースキはぴくりとも動かない。まるで何かに頭を押さえつけられているように――

「おい、慎一郎! あれ見ろ!」

 徹の声にヴァースキの頭を見る。


 そこには、身体の半ば以上をボロボロに朽ちさせながらも原形を留め、ヴァースキの顔をがっちりと押さえているゴーレムの姿があった。


『あのゴーレム、わしらの耐ブレスマントを素材に創られておる!』


 メリュジーヌの言葉を証明するかのように、ヴァースキが再びゴーレムに向けてブレスを吐いた。

 しかしゴーレムは二度目のブレスも耐えきった。先ほどよりもダメージが少なく見えるのは、もうマントを素材とした部分しか残っていないからだろう。


『奴の正面に回り込んで、口の中に〈エクスカリバーⅢ改〉をねじ込むのじゃ! ……いや待て! 下がれシンイチロウ!』

「なっ……!?」


 ヴァースキの喉元にいた慎一郎が上方を見上げた。小さな影が放物線を描き、こちらに向けて――正確にはヴァースキの喉元に向けて飛びかかってきた。


「たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 斉彬くんの仇ぃぃぃ!」


 こよりがヴァースキ目がけて飛びかかる。

 こよりは手に持ったショートソードくらいの長さの剣を先ほどからゴーレムに集中して攻撃させていた一点――ブレスが漏れていた箇所――を狙い、振り下ろした。


 振り下ろされた〈デュランダルⅡ改〉が度重なる攻撃でダメージを受けていたヴァースキの喉元に吸い込まれていく。

 こよりが着地した軽い音に続いて、それよりも重い音、そして少し遅れて広間全体を揺らすほどの大きな音があたりに響く。


 ヴァースキの頭部はその身体から完全に切り落とされ、その活動を完全に止めた。

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