死者の王国4
聖歴2027年1月16日(土)
初日の探索は適当なところで切り上げ、翌日早くから再び進み始めた。
これまでと同じように天然の洞窟の中を下りながら進んでいく。
溶岩が固まったような凸凹した足場の悪い場所を慎重に進み、逆に今にも崩れそうな壁の脆い箇所は足早に進んでいった。上から地下水が漏れてくる場所では一同はびしょびしょになりながら進んだ(その後、焚き火を起こして身体はちゃんと温めた)。底が見えないほどの竪穴にロープを垂らして一人ずつ降りていったときは菊池以外の全員が肝を冷やしたであろう。
その間にもしばしばアンデッドの群れに襲われたが、そのどれもが瑠璃と彼女の眷属たちの手によって迅速に処理された。
その中にはゾンビやスケルトン、キョンシーだけでなく、実体のないゴーストやレイスのたぐいもあった。実体のない彼らへの直接攻撃は無効となるので、瑠璃たちがいなければたいそう苦労しただろう。
「それにしても……」
今彼らが歩いているのはそれまでの道のりと比べて比較的歩きやすい場所だった。先頭を歩く菊池のすぐ後を歩く慎一郎の隣に結希奈が追いついてきた。
「あのアンデッドたち、どこから来たのかしらね」
アンデッドは何もないところからは生まれない。素材となる死体もしくは魂が必要になるからだ。
埋葬されずに放置された死体や、強烈な怨念を残した魂がアンデッドの材料となるが、日本に限らず現代で埋葬されない死体などほとんど存在しないし、怨念を残した魂も埋葬の際に浄化されるためにアンデッドの目撃例自体が近年では激減している。
しかも、ここは巽が四百年もの間、維持管理していた『聖域』だ。
『おそらく、ヴァースキに引っ張られてきたのであろう』
北高に現れたヴァースキの肉体は千年の昔にメリュジーヌによって倒されたドラゴンである。
ヴァースキは死後魂と肉体に分割された。その死体は二度と復活しないようにヒマラヤの地下数千メートルに埋められ、魂は粉々に砕かれてヒマラヤの山中に散布された。
それで問題ないはずだった。ヴァースキの肉体が仮にアンデッド化したとしても数千メートルの地下から出られるはずもないし、魂は粉々に砕かれ、自力での復活は不可能だった。
しかし千年という歳月が不可能を可能にした。
ヴァースキは魂の欠片を千年掛けて成長させ、どうしたのかは不明だが、ヒマラヤの地下からこの日本にゾンビ化した肉体を呼び寄せた。
『おそらく、ヴァースキの肉体が封印の中に転移してくる際に共に中に入ったのであろうな』
アンデッドはアンデッドを呼ぶと言われている。
歴史上、幾度となく死者の軍勢が徒党を組んで生者の街に押し寄せた災害が報告されている。これはほとんどの例において死体の不始末などによって生じた高位アンデッドが周囲のアンデッドを呼び寄せることで発生したと現代では考えられている。
『ゆえに、現在ヴァースキが待ち構えている深部ほどその数が増える』
メリュジーヌがそう言ったとき、一行はこれまでで最も広い空洞にたどり着いた。
かなり広い空間だ。〈光球〉の魔法がこの部屋の全てを照らせるようにするために、慎一郎たちは慎重に歩を進め、部屋の中央ほどまで行くとようやくその全容を照らし出すことができるようになった。
体育館よりもふたまわりほど大きいであろうその空洞は〈光球〉に照らされてその内側を晒す。
周囲を岩で囲まれたその頑丈な空洞はどこか静謐な雰囲気を醸し出している。
が、それは表面だけの見せかけであった。
慎一郎たちが今立っている入り口とは反対側に、体育館の舞台のように一段高くなっている場所があり、さらにその中央は平たい台のような岩石が盛り上がっていた。
それはまるで、玉座のようであった。
まるで――ではない。実際にそこは玉座なのだ。
そう、彼にとっては。
かつては豪奢だったのであろう、いまでは腐りきってボロボロなローブに包まれたその白骨。頭部にはくすみきった冠が死してもなおその権威を示すかのように乗せられている。
玉座の肘掛けにもたれかかるように座る白骨は、まるで生前の姿をそのまま映しているかのように感じられて――
その変化は唐突に訪れた。月日の流れに流され、ただ朽ちていくだけのように思われていた、何者も映していない虚ろなる瞳が突如としてまばゆく、禍々しく輝いた。
「来るぞ! てめーら、気合い入れろ!」
瑠璃の檄が飛んだ。同時にいやし系白魔法同好会の部員たちが一斉に部屋の中に入りフォーメーションを組んだ。
彼女たちのフォーメーションが完成するかしないかのタイミングで、空間に異変が生じた。
体育館よりも広い部屋の至る所で地面が盛り上がった。
固まった溶岩を砕いて中から出てくるのはゾンビなどの腐った死体や、すでに肉が腐って溶け落ちたスケルトンのような白骨。それに無理やり動かされている死体であるキョンシー。
さらに周囲の壁や天井からは水が染み出すようにレイスやゴーストのような霊体が湧き出してくる。
慎一郎たちが身構える間もなく、その空間は命持たざる者たちで埋め尽くされた。
それらはまるで示し合わせたかのように一斉にこの部屋で唯一命をもつ慎一郎たちの方を見た。
――キェェェェェェェェェェェェ……!
奥から甲高い叫び声が聞こえた。声の主は埋め尽くされたアンデッドに隠れて姿は見えなかったが、それは玉座に座る王からの勅命だったのかもしれない。
その叫び声に呼応するようにアンデッドたちが一斉に生者たちに襲いかかってきた。
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