封印の秘密2

                      聖歴2026年12月16日(水)


「単刀直入に言おう。僕と共にヴァースキを倒して欲しい」


 ヴァースキがイブリースを拉致して消えた翌朝、旧校舎四階の〈竜王部〉部室は菊池の訪問を受けていた。

 やってきて早々、前置きなしにそう言うと深々と頭を下げる菊池。その隣に常にいた副会長の姿はない。


 北高に現れ、全校生徒を人質にメリュジーヌを要求した暗黒竜ヴァースキは激闘の末、地下迷宮最深部に姿を消した。その時、メリュジーヌのドラゴンとしての姿を封じた〈竜石〉と生徒会副会長であるイブリース・ホーヘンベルクを奪っていった。与えられた期限は三日。これを過ぎてイブリースの命の保証はない。


 しかし、先の戦いの主力としてヴァースキ撃退に大いに貢献した〈竜王部〉も満身創痍であった。


「何を……何を勝手なことを言っているんですか、あなたは!」

 頭を下げる菊池に辛辣な言葉を投げかけたのは楓だ。

 普段の温厚で上品な彼女の姿からは想像もできないほどの憤り。

 それも仕方がない。先の戦いで慎一郎は右手を失っているのだ。


「浅村くんは大怪我をしているんですよ! それなのに、まだ戦えというのですか? 何もしてこなかったあなたが!」

「今井さん、落ち着いて……」

「でも……!」


 こよりがなだめるが、楓の憤りはおさまることを知らない。こよりの手前、その怒りを直接ぶつけることはやめたようだが、なおも「行くなら一人で行けばいいんです」などと怒りを隠そうとしない。その怒りに当てられたのか、姫子は部屋の奥のカーテンにくるまってぶるぶる震えている。


『ミズチよ』


 メリュジーヌに呼びかけられ、普段は冷静沈着な菊池の身体がぴくりと動いた。竜王配下の〈十剣〉一の剣である菊池ことミズチにとって、目の前にいる銀髪の少女は忠誠を誓う相手だ。その言葉は絶対的でもある。


『ミズチ、面を上げい』

 菊池は恐る恐る顔を上げた。


 慎一郎たちは今のメリュジーヌにとって何よりも大切な存在だ。何より、菊池がそうなるように仕向けたのだからそれは百も承知である。その何よりも大切な存在を先の戦いでは傷つけてしまい、今もなお、困難な闘いに赴かせようとしている。

 竜王の怒りを買っても仕方のない行為だった。それでもなお、この計画は進めなければならない。例え全てが終わったあとで竜王に死を賜ることになろうとも――


 しかし、顔を上げた菊池を見るメリュジーヌの顔は怒りに満ちてはいなかった。なんの色も帯びていない竜王のその顔は、かつて彼女が肉体を持っていたときと同じく、感情を抑えている顔だった。


 竜王は感情のままに動くことはない。ただ理によって動くのみ。


 かつて竜王の世が隆盛をきわめていたときに言われていた言葉だ。彼女がある意味ドラゴンであることをやめ、人と共存することを決めたのも理によってである。


 そして今、竜王はミズチに”理”を求めている。


『ミズチよ。そなたが何を考え、何を成そうとしているのか。これまで何をして、これから何をするのか。それらを全てつまびらかにするのが道理ではないのか?』

「おっしゃるとおりです、陛下」


『ならば、話してみせよ。お主の知る全てを』

「仰せのままに」


 深々と礼をして、菊池は――いや、ミズチは改めて一同を見渡した。慎一郎を、結希奈を、こよりを、姫子を、そして楓を。

「皆も聞いて欲しい。竜王陛下のこと、君たちのこと、これからのこと――そして、”封印”と呼ばれている北高と外界を遮断している魔法のこと」


 部室内の全員が見守る中、菊池が話し始めた。

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