北高の一番長い日13

「勝ったの……ですか……?」

 勝利に沸く生徒達を少し離れた所で見る慎一郎たちに話しかける声があった。


「イブリースさん」

 金髪紅瞳の留学生は制服にコートを掛けた姿で慎一郎たちの後ろに立っていた。その手には桐でできた手のひらよりも少し大きいくらいの箱を持っている。


「ええ、なんとか、勝てたみたいです」

 口にして、ようやく実感が湧いてきた。


「そうですか。それはおめでとうございます。あ、でも……」

 笑顔で祝福してくれたイブリースの表情が少しだけ曇る。


「どうしました?」

「いえ、だとすると、会長から預かったこれの出番はなかったようですね。あの方の読みが外れるなんて……」

 イブリースは手に持つ箱を見つめた。


「それは?」

 慎一郎が聞くと、イブリースはその箱の蓋を開けて中身を見せてくれた。


「…………これは?」

 その中には、石が入っていた。箱にすっぽりと入る大きさ。いや、箱の方が石にあわせて用意されたとみるべきだろう。


『〈竜石〉』

 慎一郎の疑問に答えたのはメリュジーヌだった。


 〈竜石〉。それはドラゴンの肉体を封じたものであり、竜人は各々の竜石を使うことにより元のドラゴンの姿に戻ることができる。


 イブリースがこくりと頷いた。

『これは、わしの〈竜石〉じゃ』


「え……? じゃあ、これがあればジーヌは」

『うむ。元のドラゴンとしての姿を取り戻せる』


「メリュジーヌの〈竜石〉がどうしてこんな所に?」

「イブリースさん、何か知っているんですか?」

 慎一郎と結希奈があるはずのない遺物の所在について詰め寄った。


 イブリースは顔色ひとつ変えずに答えた。

「お忘れですか? 菊池会長は〈十剣〉”一の剣”ミズチであるということを」

「”一の剣”ミズチ……」


『最初から校内にわしの〈竜石〉はあったのじゃな。ここが封印された五月から。いや、おそらくはそれよりも前、わしがシンイチロウに呼び出される前から』


「ちょ、ちょっと待って」

 納得顔のメリュジーヌに対して結希奈は納得がいかないようだ。


「ジーヌは精神だけが召喚されたんでしょ? じゃあ、なんでこの石はここにあるのよ。石も時を超えてきたってわけ?」


『いや――』

 メリュジーヌが自分の〈竜石〉をじっと見つめた。今の彼女には肉体がないから、自分の〈竜石〉を触ることすらできない。


『これは――わしの〈竜石〉はわしが召喚されたときにそのまま置き去りにされたのじゃよ。そのまま、六百年が経過して今ここに再会した』

 六百年ぶりに自分のドラゴンとしての本性と再開したメリュジーヌ。そこには、いかなる感情が込められているのか、慎一郎に推し量ることはできなかった。


『それで?』

 メリュジーヌのアバターがイブリースを見た。


『何故、この〈竜石〉がありながら子供達を危険な戦場に立たせた? これがあれば――』


「さあ?」

『なんじゃと?』

 メリュジーヌの顔が険しくなり、イブリースを睨みつける。しかし、イブリースは全く動じない。


「私はこれを会長に託されただけです。戦いは終わったのでしょう? ならば会長のお考えは会長ご自身に伺えばよいのでは?」

『確かにその通りじゃ。ミズチには問い詰めねばならぬ事が山のようにある。行くぞ、シンイチロウ、ユキナ!』


「え? ちょっと……!」

 スタスタと歩き出したメリュジーヌのあとを追って結希奈に肩を担がれた慎一郎が歩き始めたその時だった。


「いつまで調子こいてんだよ、このウジ虫どもがぁ――――っ!」

 瞬間、激しい衝撃波が慎一郎たちを襲い、不意を突かれた彼らはその衝撃波に吹っ飛ばされた。


「くっ……何が起こった!?」

「慎一郎、大丈夫?」


 校庭の隅、部室棟のあたりまで吹き飛ばされた慎一郎は結希奈の手助けを借りて起き上がろうとしたその時、メリュジーヌの警告がとんだ。


『気を抜くな! 敵はまだ健在だ。戦いはまだ終わっておらぬ!』

 その言葉に緊張が走る。慎一郎は鞘に収めていた〈エクスカリバーⅢ〉を取り出そうとして右腕がないことを思いだし、仕方なく魔力で作った四本の腕と左手に剣を持って構えた。


「ゴミ虫の分際でこの俺をここまでコケにしやがって……」

 怒りゆえだろうか、その余りある魔力が溢れ出して炎のように校庭の真ん中に立つ小柄な人影を浮かび上がらせている。


 周囲に人影はない。先ほどの衝撃波――おそらく魔力の放射か何かだろう――で彼を押さえ込んでいた柔道部員も吹き飛ばされたのだ。


 ――いや、一人だけいた。炭谷の足元に意識なく倒れる女子生徒。


「イブリースさん!」

 結希奈が叫ぶがイブリースはぴくりとも動かない。


 そのイブリースの身体を炭谷が担ぎ上げた。

「浅村ァ! やりやがったな! てめーだけは絶対に許さねえ。この手で必ずぶっ殺してやる!」


 慎一郎が剣を構える。周囲の〈エクスカリバーⅢ〉もいつでも攻撃可能な状態にあった。

 しかし、慎一郎も結希奈も、まるで蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。


「ば、バカな……」

「そんな……」

 炭谷の背後に立ち上がる巨大な黒い影に絶望の表情を浮かべる慎一郎と結希奈。


 ――グルルルルルルルルルル……。


『奴め……。喉をかききっても倒せぬというのか……!?』

 体中からどす黒い体液を流し、特に首元からは滝のように体液が流れ出していながらもゆっくりと鎌首をもたげるヴァースキの背に、イブリースを担いだ炭谷がひらりと飛び乗った。


「地下最深部に来い。何人連れてきても構わんが、浅村、てめーだけは必ず来い。三日だけ待ってやる。もし来なければ……」

 炭谷は懐から何かを取りだした。拳よりも少し大きめの石。


『くっ……』

 メリュジーヌが呻いた。


「この女はぶっ殺す! もちろん、竜王の〈竜石〉も粉々だ」

 炭谷とヴァースキの周囲に青白い光が現れた。それは徐々に数を増やしていき、彼らを包んでいく。


「楽しみに待ってるぜ。また会おう、ゴミ虫にんげん!」

 その言葉を残して巨大なドラゴンとその魂は消えた。


 すでに夕暮れも近く、いつの間にか重く垂れ込めた雲からこの冬初めての雪が舞い落ちていた。

 半日以上ものの激戦を繰り広げた彼らの肩に、それは冷たく積もっていった。

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