灰かぶりのこより5

『第八問。国宝や世界遺産にも登録され、その美しい外壁によって世界に知られる別名“白鷺城”と呼ばれる――』


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 問題を終わる前に斉彬くんが猛然とペダルをこぎ出した。それにつられて周りのペアも自転車をこぎ出す。


 しかし、斉彬くんの勢いには適わない。彼の自転車の後部に取り付けられている風船がみるみる大きくなっていく。自転車をこぐことによって風の魔法が巻き起こり、取り付けられている風船が膨らむ仕組みだ。


 ぱんぱんに膨れ上がった風船はやがて限界を迎えてぱぁんと大きな音を立てて破裂した。


『細川・森ペア!』

「え、えーっと……姫路城?」


 一瞬の静寂。場を盛り上げるための演出なのだと思うが、答えた側からすると実に心臓に悪い。姫路城であってるよね?

 ブブーっ! 耳障りなブザー音が鳴った。ええっ!? 姫路城じゃないの?


『“白鷺城”と呼ばれるのは姫路城ですが、では、姫路城が建っているのは何県?』

 ああ……引っかけ問題だった。そんなのわかるわけないよ。


 一度風船を破裂させたペアに回答権はなくなる。問題を最後までしっかり聞いたほかのペアの風船がみるみる膨らんでいき、やがて破裂した。


『山川姉妹ペア!』

「兵庫県!」

 ピンポンピンポーン! 軽快なベルの音が鳴った。正解だ。正解した山川さん達がハイタッチして喜んだ。

『正解! 姫路城は兵庫県姫路市にあるお城で、国宝、世界遺産に登録されています。その壁は白漆喰で塗られて大変美しいことから――』


 お昼にカレーを食べたわたし達は、午後の大型イベントとして開催されているクイズ研究会――文化祭のために結成されたらしい――主催のクイズ大会北高杯に参加している。


 ただのクイズ大会ではない。二人一組がペアとなって一人が自転車をこいで取り付けられた風船を割るとはじめて回答権が得られるという体力と知力が求められるクイズ大会なのだ。

 答えがわかっても風船を割れないと答えられないし、風船を割っても答えが間違っていてはどうにもならない。なかなか難しいクイズのルールだ。


「斉彬くん、焦らなくてもいいから、問題を最後まで言い終わってからこぎ始めてね。斉彬くんなら絶対に最初に風船割れるから」

「おう、任せておけ!」


 わたしは斜め後ろで自転車のサドルに乗る斉彬くんにそう指示をした。これまでも何度か斉彬くんが先走ってしまって答えられないというパターンが続いたのだ。

 ただの遊びといえばただの遊びなんだけど、それでやるからには真剣にやって勝ちたいじゃない。わたしも回答権が得られたときのために集中して問題を聞く。


『第九問。四択です。次のうち、野菜はどれでしょう? 一番――』

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 斉彬くんが猛然とこぎ始めた。ええっ!? もう? 今問題を最後まで聞いてからって言ったばかりなのに……!


 ルールでは誰かがこぎ始めたら問題が止まることになっている。当然ながらその時点で答えを出さなければならない。四択問題でこれは何のヒントもないのと同じだ。

 そうしているうちに自転車の後ろに取り付けられている風船はみるみる大きくなり、びっくりするほど大きな破裂音を出して風船がはじけ飛んだ。


『細川・森ペア!』

「え、えぇ!?」

 一瞬パニックになる。四択だって言ってた。そうなると当てずっぽうに答えても確率は四分の一。もう適当に答えるしかない。


 と思ってはたと気がついた。早押しで四択なら、最初の方に正解が出てくることはないのではないだろうか。そうすると――

「よ、四番!」

 一瞬の静寂。そして判定が下される。


 ぶぶーっ!


『次のうち、次のうち、野菜はどれでしょう? 一番、バナナ。二番、みかん。三番、すいか。四番、ぶどう』

 ああーっ。これは三番だ。やっぱり、最後まで聞けばわかったのに。


 ほかのペアはみな最後まで問題をしっかり聞いてからペダルをこぎ始めた。

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 ぱぁん!

『山川姉妹ペア!』

「三番!」

 ピンポンピンポーン!

『正解!』

「よっしゃぁーっ!」

「やったね、翠ちゃん!」


 再び正解したのは隣のブースの山川さんたち。いつも元気で体力がみなぎっている妹の翠さんと成績優秀で冷静な姉の碧さん。いい組み合わせだ。おまけに双子だから息もぴったり合っている。


「もう、斉彬くん! 問題を最後まで聞いてからって言ったでしょ!」

「あれ? 最後まで聞いたつもりだったんだけどなぁ。ごめんごめん」

「もう……。次は気をつけてよね」

「おう、わかった!」


『第十問。八十年代に大ブレイクしたアイドルで、代表曲に――』

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 ああ、これはダメだな……。

 わたしはもう笑うしかなかった。

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