地底の王国5
昼食の後、一行は石造りの構造物の中へと入っていった。
それまでの岩でできた通路とは異なり、構造物の中は同じ大きさの石が積み重ねられている、明らかに何者かが造った秩序が見られる。
石造りの階段はらせん状に回転しながら下へ降りていく。階段は急で、しかも見通しが悪いために、どうしても進む速度は遅くなってしまう。
皆が無言のままコツ、コツと六人が歩くと足音だけが響く。その他は時々天井から垂れてくる水滴の音しかしない。静寂に包まれていた。
そんならせん階段を五分も下ると、やがて別の通路に出た。
「こりゃぁ……」
そう声にした斉彬だけでなく、その場の誰もが程度の差こそあれ、驚きの表情を浮かべていた。
そこは幅、高さともに五メートルくらいの通路だ。これまでのらせん階段が人がすれ違うのがやっとと言った狭さだったので余計に広く感じる。
通路は左側に円弧を描きながら延々と続いている。
地下の日の光が届かないこの場所で何故通路が続いているかわかるのかというと、通路の両脇一定間隔に燭台が備え付けられており、それが通路の奥まで延々と続いているからだ。
「なんか不気味なところね……」
結希奈が自分の両肩を抱き、肩をふるわせる。
「ここってさ、結希奈の家のなんかなワケ?」
そんな結希奈に徹が尋ねた。
「知らないわよ。だいたい、地下迷宮の存在だって今年の春まで知らなかったんだから」
「ここって、結希奈ちゃんの家の神社と関係あるというより……」
こよりがぐるりと周囲を見渡した。
「どっちかっていうと洋風のお城か砦みたいな感じよね」
「確かにこよりさんの言うとおりだ。あれ見ろよ」
斉彬が通路の上の方を指さす。
そこには、羽根の生えた不気味な生物を形取った石像がずらりと並んでいた。
「あれが動き出したりしてな。ははは……」
などと徹が軽口を言って場を和ませようとした。しかし――
「あの石像、動いてませんか……」
「おいおい、今井ちゃん、やめてくれよ。そんな冗談……」
「でも、栗山さん、あれ……」
「またまた~。今井ちゃんってウソが下手なんだから」
「いや、動いているぞ!」
慎一郎がいち早く反応して腰の〈エクスカリバーⅡ〉を引き抜いた。
石像は凝り固まった筋肉をほぐすように最初はぎこちなく、やがてなめらかに設置されていた台座から立ち上がり、そして羽根を羽ばたかせるとふわりと浮かび上がった。
『ガーゴイルじゃ!』
ガーゴイルとは、何者かによって造られた動く石像の一種であり、術者の命に従って主に侵入者を排除するためのトラップとして用いられる。
黒魔術によって制御されるそれは錬金術によって産み出されるゴーレムとは異なり、あらかじめ創られた石像に術を掛ける形式なので魔法の効果が長く、数百年とその場を守り続けるものもある。
痩せ細った身体に対して巨大な頭、瞳を持たない目と鋭いくちばしはかつて異世界から来訪し、人類と戦った魔族がかつて使役した使い魔に酷似している。
コウモリによく似た羽根を羽ばたかせて飛んでいるが、その羽ばたきは申し訳程度のもので、羽根ではなく魔法で宙に浮かんでいるのだろう。
通路の両端にずらりと並んでいたガーゴイル達が次々と目を覚まして飛び立つ。彼らはしばらくの間、周囲を警戒していたが、すぐに侵入者の存在を察知した。
慎一郎達、〈竜王部〉の一行だ。
滑空していたガーゴイルたちが一斉に慎一郎達に向けて襲いかかってくる。
「速い……!!」
上から襲いかかってくるガーゴイルに対し、咄嗟の判断で剣で払い落とす。
ゴン、という鈍い音がして斉彬がガーゴイルの一体をたたき落とした、石造りの首がもげて、ガーゴイルは地面に落ち、そのまま動かなくなった。
「いってぇ……!」
たたき落とした斉彬が悲鳴をあげた。石像を何の工夫もなく長大な両手剣で力任せに殴ったのだ。その反動は等しく斉彬にもかえってきていた。
ガーゴイルは一匹二匹ではない。斉彬が悶絶している間にも次々と突撃してくる。
「くそっ……!」
慎一郎は斉彬を庇うように立ち、自分の手で持った剣ではなく、魔術的に作りだした不可視の腕に持った二本の〈浮遊剣〉のみで対処する。これなら反動が戻ってくることもない。
ガーゴイルの動きは直線的で動きが読みやすい。おそらく、そこまで複雑な命令はセットされていないのだろう。
しかし数が多い。慎一郎の二本の〈エクスカリバーⅡ〉だけでは到底まかないきれるものではない。
しかしまた、慎一郎も一人ではない。
「炎よ!」
徹の叫び声とともにこぶし大の火球が後方からガーゴイルの群れに飛んでいく。〈
一瞬の後、鈍い音とともに数体のガーゴイルがまとめて炎に包まれる。
「よっしゃ! いっちょう上がり!」
徹がガッツポーズをした。しかし、その喜びは一瞬後にかき消される。
「何っ……!」
魔法の力で燃える炎の渦の中からガーゴイルたちが平然と飛び出してきたのだ。
『ガーゴイルに魔法の直接攻撃は効かん。手を変えるんじゃ』
「ちっ、それならそうと早く言ってくれよな、ジーヌ。なら、これでどうだ!」
徹が手をかざすと今度はガーゴイルの周囲に黒いもやのようなものが現れた。
「目隠ししてやったぜ。これなら……げっ!」
上方に漂うもやを突っ切るようにして、ガーゴイルたちが次々飛び出してきた。その狙いは正確に徹を狙っている。すでに狙いを定め、一直線に飛んでくるガーゴイルに目くらましは全く効果がなかった。
「うわ、うわわっ!」
慌ててガーゴイルの突撃をかわす徹。しかし数が多く、すべてを躱しきれるものではない。
「…………!!」
徹の瞳に彼に向けてまっすぐ狙いを定めるガーゴイルのくちばしが映る。
そこに後方から何かが飛んできたかと思うと、鈍い音とともにガーゴイルが吹っ飛ばされた。
「…………!?」
思わず飛ばされたガーゴイルを見た。頭が細長い棒によって砕かれたガーゴイルはもとの石像に戻っていた。
そうしている間にも飛んでくるガーゴイルは後ろから放たれる正確無比な楓の矢によって次々と落とされていく。
「サンキュー、今井ちゃん。助かったぜ!」
徹が親指を上げると楓は少しだけ表情を和らげてそれに応えた。そうしている間にもガーゴイルは一匹、また一匹と落とされていった。
楓の矢を受けてただの石になっているガーゴイルの近くには矢が転がっている。よく見ると、普段は鋭くとがっている楓の矢の先端は丸く加工されている。
楓の後ろではこよりが彼女の矢に対して何か作業しているのが見えた。こよりが錬金術で石畳を加工して矢の先端を丸くしているのだ。
石でできているガーゴイルに楓の矢ではダメージを与えることはできないと咄嗟に判断したこよりとの連係プレイだった。
その後、戦線に復帰した斉彬と、結希奈の発案でガーゴイルの身体を凍らせて動きを鈍らせた徹の協力もあり、あれだけ数多くいたガーゴイルはみるみる数を減らしていく。
「たぁっ!」
斉彬がさっきのお返しとばかりに石像の最後の一匹を両断した。
「これで全部だな」
慎一郎が四本の〈エクスカリバーⅡ〉を鞘に収めながら確認した。彼らの周りには動かなくなった石像の破片が積み上げられていた。
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