夏の終わりに2
家まで戻ってきた結希奈は、それきり黙りこくってしまったこよりを自室へと案内した。
こよりが育ててくれた薬草から作ったお茶を出すまで、こよりは部屋の中で小さく座っていた。
「ありがとう」
こよりは薄く笑うと、出された湯飲みに手を伸ばした。
「おいしい」
それで少しこよりの表情が柔らかくなったように結希奈には感じられた。
「…………わたし、みんなに隠し事してることがあるの。ううん、嘘をついていると言ってもいいわ」
「え……?」
こよりがそう切り出したのはお茶を出されてから三十分近くも立った頃だ。こよりの手の中にある湯飲みはすっかり冷えてしまっていた。
「隠し事をしているから、斉彬さんとは一緒に花火に行けないの?」
結希奈の問いにこよりはこくりと頷いた。
「花火に行けないだけじゃない。斉彬くんの想いに応えることはできないの、わたしは」
そこには、いつもの優しくて朗らかなこよりはどこにもいなかった。いるのは自分のうちから湧き出る罪悪感に押しつぶされそうなひとりの女。
「なんで!?」
それを突き破ったのはそれを聞いていたただひとりの友達。
「それ、おかしくない?」
結希奈は立ち上がり、こよりを見た。思わぬ大声に驚いた表情で結希奈を見上げるこより。
「嘘ついたから仲良くできない? 隠し事があるから一緒にいられない? そんなわけないじゃない!」
『どんな嘘』とは聞かなかった。彼女が転校してきてから三ヶ月半、誰よりも一緒にいた結希奈だ。これまで言い出せなかった隠し事をここで告白させるわけにはいかない。
そう、それを最初に聞くべきなのは――
「嘘……はないけど、隠し事くらいあたしにだってあるわよ。ほら、アレとかアレとか……じゃなくって!」
途中で何を言っているのかわからなくなった結希奈は何故か顔を赤くしてあたふたしていたが、すぐに気を取り直した。
「こよりちゃん!」
結希奈がこよりの両肩を持った。予想外の力強さにこよりは思わずビクッと震えた。
「は、はい!」
「例えばあたしが隠し事を――そうねぇ、本当はあたしは毎日お弁当をつまみ食いしてて、この三ヶ月で二キロも太ったって言えば、こよりちゃんはあたしのこともう友達だって思わない?」
「へ? つまみ食い……?」
きょとんとしたこより。しかしやがて、何を言いたかったのかわかると、声に出して笑い出した。
「ぷっ、あははは、ははは! 何そのたとえ話。いくら何でも下手すぎだよ! あはははは!」
笑いすぎたのか、それとも別の理由ゆえか、こよりは目尻に溜まった涙を拭いた。
ひとしきり笑った後で顔を上げたこよりは、それまでとは違い――いや、結希奈がよく知る彼女と同じ、朗らかで、優しい
「ありがとう、結希奈ちゃん。でもね、わたしはこの隠し事のせいで今まで苦しんできた。だから、これは皆に話そうと思うの。それでみんなが私から離れることになっても」
「そんなこと――」
ない、と言いかけた結希奈の口を塞ぐようにこよりは手を伸ばして制する。
「でもやっぱり、斉彬くんに最初に打ち明けるのが筋かなって思うの。ずっと好きだって言ってくれたし、それを受け入れるかどうかの選択権は斉彬君にあると思うから」
その、まるで多くの世界を見て来た聖者のような瞳に結希奈は何も言えなかった。
ただ、こよりのやりたいようにやらせてあげたい。彼女の秘密が何かはわからないけど、どんなことであっても自分だけは――いや、斉彬も慎一郎も徹や姫子やメリュジーヌだってそうだろう――彼女の味方でありたい。そう強く思った。
「じゃあ、わたし斉彬くんに〈念話〉してくるね」
「こよりちゃん」
「なに?」
「こよりちゃんは、その……斉彬さんのこと、好き、なの?」
思わず口をついて出たその不躾な質問にもこよりは嫌な顔ひとつせず、
「そうねぇ……。多分、好き、なんだろうな。ふふっ、これはみんなには秘密よ。もちろん、
そう言い残してこよりは部屋を出た。
「もしもし、斉彬くん? わたし――」
こよりの声は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
胸が暖かくなるような、それでいて寂しくなる感覚。
それを埋めてくれたのはちょうどこよりと入れ替わりに部屋に戻ってきた黒猫だった。
「好き、か……」
知らず知らずのうちに結希奈は自分の唇を触っていた。膝の上ではアラシが丸くなって寝息を立てている。
「よく、わからないや……」
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