牛の歩みも千里

牛の歩みも千里1

                        聖歴2026年7月9日(木)


 姫子が作ってくれた――ちなみに、報酬のアイス三個はまだ支払われていない――を持って〈竜王部〉の一行は先日見つけた地下迷宮内の横道へと向かっていった。


「ここでいいな? よいしょっと」

 はしごを運んできた斉彬が頭よりも高い位置にある横道にはしごを立てかける。ここに置くために作られたはしごは長さおよそ二メートル半。ちょうどいい感じで横道にフィットした。


 斉彬を先頭に次々とはしごを登っていく。鉄パイプを溶接して繋げられたそれはフル装備の斉彬が乗ってもびくともせず、むしろ彼が乗ることではしごは若干地面にめり込んでより安定感を増していく。

 念のためにと慎一郎と徹がはしごの下で支えていたが、バランスを崩すことなく上まで登っていった。


「いいぞ、登ってこい」

 斉彬が上の様子を確認して、問題ないと判断したので、他の部員達にも登ってくるよう促した。




「よいしょっと……」

 最後にこよりがはしごを登って全員が横道への移動を完了した。


 本来なら前衛である慎一郎が最後まで残って警戒しておかなければならないはずなのだが、どういうわけか結希奈とこより、二人の女子部員達が強硬に反対したので男子が先に、女子は後でという順番ではしごを登っていった。

 ちなみに、〈竜王部〉が迷宮探索をする際は部活動だということなので全員制服姿だ。メリュジーヌも周りにあわせて制服を着ていることが多い。


「こよりさん、大丈夫だったか? やっぱり、オレがおぶっていけば……」

「大丈夫です! あたし、おばあちゃんじゃないし」

 こよりは、過保護が行き過ぎている気がしないでもない斉彬をさらっと受け流す。斉彬は「おばあちゃんになったこよりさん……いい!」などと言っていたが、それは全員で受け流した。


「みんな揃ったみたいだな。それじゃ行こう」

 慎一郎の号令のもと、久しぶりの未知の領域への探索が始まった。


 その通路は幅四メートル、高さ三メートルほど。これまで歩いて生きた道のりと比べてだいぶ広くなっている。慎一郎達は二列になってゆっくりと、慎重に進んでいく。


 周囲ははしごを登ってくる前と同じく土でできていて変わりないが、奥に行くにつれてだんだんと明るくなってきた。“薬草の王国”と同じように、光を放つクリスタルのようなものが顔を出して周囲を照らしているのだ。


 しばらく歩いていると、足元の感触の変化に気がついた。それまで固く踏み固められた地面が、靴越しに柔らかくなってきていることがはっきりとわかるのだ。

 その頃には通路はかなり明るくなってきていた。足元を見ると、そこはまるで耕した畑のように土が掘り返されている。さらによく見ると、それらの土の間にほんのわずかだが緑色の何かが見えた。


「…………?」

 慎一郎はしゃがんでその緑色を拾い上げた。人差し指の先くらいの長さの細長い緑色の先に、ほんの付け足しのように白い毛のようなものがへばりついている。


 ――芽を出したばかりの草と根、のように見えた。


『畑で育っていた植物……なのかや? そういえばこの軟らかい土は畑の耕した土に見えんこともない。ま、わしは農業に関してはずぶの素人じゃがな。竜王は農業をなどせん!』

「威張るようなことか……」

 ない胸を張るメリュジーヌに呆れる慎一郎。


「おいおいおい。ということはよ、ここは誰かの畑のど真ん中ってことか?」

『ううむ、確かにダンジョンの中で耕作をする文明を持つ種族がないわけではないが、しかし……』

 メリュジーヌは腕を組んで首をひねり、うんうんと考えている。


「うーん……。これって耕したって感じじゃないのよね」

 そう言ったのはしゃがんで土を触っていたこよりだ。こよりは仮の住まいとしている〈竜海神社〉の境内の隅を借りて薬草を育てている。他の誰よりも土のことについては詳しい。


「え……? それってどういうことなの、こよりちゃん?」

「うん。ここの地面って柔らかいけど、これって耕したとか、そういうんじゃないように見えるのよ。それに、ほら……」

 こよりが通路の隅の方を指さし、反対側の隅まで指を動かした。


「端から、端まで……ずっとこうなってるでしょ? 耕したんだとしたら、耕した人が歩く場所がない」

「あ、確かに……」


「おい、これ見ろよ」

 同じく地面を見つめていた斉彬が何かを見つけた。斉彬が指さす場所にはこぶし大より少し大きいくらいの半円の跡が地面についていた。それがふたつ、みっつ……。通路の奥に延々と連なっている。


「足跡……?」

『の、ようじゃな』

 慎一郎が仲間達の方を見ると彼らは無言で頷いた。それぞれ武器を取り出し、臨戦態勢に入る。


 一行は足跡を追って通路の奥へと進んでいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る