薬草の王3

                        聖歴2026年6月4日(木)


 細川こよりの朝は早い。

 起床して最初に行うのは朝食の準備だ。しかし、最近ではその前に――


「ゴラちゃん、おはよう~」

 こよりの言葉に植木鉢の花がうねうねと踊る。


 こよりは保護して部屋の植木鉢に植えたマンドラゴラに“ゴラちゃん”と名付け、大切に育てている。たっぷりの水と栄養豊富な肥料を含んだ土のおかげでさらに元気に育っている。

 葉の色も濃く、頭に生えた黄色い花も二輪に増えた。


「はーい、朝ご飯ですよー」

 部屋で使える小さめのじょうろに水をたっぷり入れて、マンドラゴラの上からかけてやる。マンドラゴラは先ほど以上にハッスルして踊り狂っている。そのおかげでしずくが朝日を反射してきらきら光っている。


 そう、今日はこの季節にしては珍しく朝からいい天気だ。


「よしっ。今日は久しぶりに走ろうかな」

 そう言ってこよりは朝のランニング用のジャージに着替えて外に出る。その前に――

「ゴラちゃん、行ってくるね。おとなしく待ってるんだよ」

 こよりは今までペットなど飼ったことがなかったが、犬や猫を飼っているのはこんな感じなんだろうかと思いながら部屋を出た。




「こよりさん、おはようございます」

「おっはよー!」

 いつものように炊飯器のスイッチを入れて外に出たところで珍しく二人の女子生徒に声をかけた。


「あら。碧さん、翠さん。おはようございます」

 後ろからやってきたのは制服に身を固めた二人の女子生徒。ひとりは肩先まで伸ばした髪に穏やかな笑みを浮かべる優しげな雰囲気の女子。もうひとりはポニーテールに元気のいい笑みを浮かべた活発な印象の女子。正反対の二人だが、よく見ると顔のパーツは非常に似通っている。


 それもそのはず。彼女たちは双子なのだ。


 県立北高三年D組、山川碧やまかわあおい。三年G組、山川翠やまかわみど。山川姉妹はそれぞれ園芸部部長、家庭科部部長としても知られており、その役割から〈北高影の支配者〉とも呼ばれている。


「今日はずいぶん早いんですね。何かあるんですか?」

「今日は朝から家庭科部の新メニュー試食会なのさ」

「園芸部で新しく収獲した食材を使っているのよ」

 こよりの問いに翠と碧がそれぞれ答えた。


「わぁ、いいですね。完成したらわたしにもぜひ、レシピを教えてくださいね」

 にっこり笑うこよりだったが、姉妹の表情は厳しい。こよりの料理の破壊力は神社で寝泊まりする女子生徒達の間で周知の事実となっているからだ。


「あー、そりゃダメだ。さすがのあたしでも」

 言いにくいことをはっきり言うのがこのサバサバした双子の妹のよいところだ。はっきり言うのであまり険悪な雰囲気にならない。


「あはは……。それよりこよりちゃん、それは……?」

 半ば強引に話題を変えるように、翠がこよりの後ろにあるを指さした。


「それ……? うわっ!」

 振り向いたこよりは足下にいたそれを見て思わずのけぞった。


 そこには、こよりの方を見上げ、仁王立ちで両手を腰に当て、誇らしげに胸を張っている体長十五センチくらいの人型の木の根――ゴラちゃんが立っていた。


「ゴラちゃん!? 植木鉢から出てきちゃったの? もう、しょうがない子ねぇ……」

 こよりが困った顔をしていると、ゴラちゃんは下に伸びている二本の一際太い根を交互に上下し始めた。それは、足踏みしているようにも見える。


「もしかして、一緒にランニングしたいの?」

 と聞くと、ゴラちゃんは花を勢いよく上下に揺らす。頷いているらしい。


「ねえこよりちゃん、それってマンドラゴラ?」

「うおっ、マジか? あたしマンドラゴラって初めて見たぞ」

 姉妹がゴラちゃんを取り囲むようにしゃがんでまじまじと見つめる。翠がつんつんとその花をつつくと、ゴラちゃんは慌てたようにこよりの後ろに隠れてしまった。


「ふふふ。こよりちゃんのことが好きなのね」

「すげーな。人になつくマンドラゴラなんて聞いたことないぞ」

「ねえねえ、株分けしてもらえないかしら。わたしも園芸部の畑で育てられないか、試してみたいな」

「それより漬物にしようぜ。マンドラゴラはつけ込むと味が出てメッチャうまいって聞いたことあるぞ」

 などと山川姉妹が話していると、ゴラちゃんはぴゅーと音を残して家の中へ逃げて行ってしまった。


「もう、二人ともからかわないでくださいよ。ゴラちゃん、本気にしちゃったじゃないですか」

「ははは。わりーな」


「え!?」

 驚いたような碧の声。少々の沈黙。そして――


「わ、わたしも冗談だったわよ。ほ、本当だってばー」

 真っ赤になる碧とそれをからかう翠。二人を見て笑うこより。女子寮と化している竜海神社は今日も平和だ。

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