竜海神社のご神体
竜海神社のご神体1
「いち、に。いち、に」
「声が小さい!」
「いち! に! いち! に!」
新入部員達の元気のいいかけ声を徹はなんとなく聞いていた。
ここは剣術部の新しい道場。道場とはいえ、木々を切り拓いた空間に板を敷いてあるだけの簡素なもので、当然屋根はない。洞窟内にあるので雨は降らないからだ。
そこの脇にある切り株の上で徹は自分と同じ一年生達の練習風景を見ていた。
見知った顔もあれば、知らない顔もある。知らない顔の多くは港高の生徒だ。しかしその中にはあの炭谷豊の姿はなかった。
「あいつは好きにやらせている」
と言ったのは部長で幼なじみの秋山雅治だ。
確かに炭谷の実力は他の一年生から抜きん出ている。もしかすると秋山や、港高剣術部部長の金子以上かもしれない。
それほどの実力の持ち主が今まで埋もれていたという事実を徹はにわかには信じられなかった。
「いち! に! いち! に!」
新入部員達の声が響く。ただ竹刀を振り回しているだけなのに、部員達の表情は実に楽しそうだった。
自分にもあんな頃があった。
一瞬、そんなことが頭をよぎったが、慌てて頭を振ってその想いを打ち消す。
自分はもう剣術は捨てた身だ。
なら、何故ここにこうしている?
剣術部の新しい“部室”が発見されてから徹は三日に一度のペースでこの剣術部の部室を訪れていた。その時は竜王部の活動ができないことは心苦しく思っているが、それでも顔を出さずにはいられなかった。
「何やってんだ、俺……」
またため息が出た。ここに来るようになってから――いや、剣術部員達と再会してから自分が自分でなくなっているような気がする。
――自分らしさとは何だ? 栗山徹とは?
「素振り終わり! ランニングに出るぞ!」
指導係の二年生の指示のもと、新入部員達は元気にランニングに出て行った。誰も残っていない道場の板の上を徹はただじっと見つめている。
「今頃あいつらは迷宮探索中かぁ……」
切り株に座ったまま天を仰ぐ。そこには空はなく、ただ岩の天井があるだけだ。視界の先には“ひょうたん池”があり、そこから光が差し込んでくる。しかし、そこからの光は乏しい。今日も外は雨だ。
「徹ちゃん」
徹を呼ぶ声に振り向いた。そこには小柄で地味な女子生徒が立っていた。学校指定のジャージ姿がますます地味さを増しているように思える。剣術部マネージャーの
「瑞樹か」
そうは言ったが、ここでただ練習を見ているだけの徹に声をかける女子生徒など瑞樹しかいないことはわかっている。
「はいこれ。今日は暑いでしょ」
瑞樹は徹が座っている切り株の隣の地面に座り、手に持っていたタオルを手渡ししてきた。
「ん、サンキュ」
受け取ったタオルはひんやりと冷たかった。それで顔を拭うと気持ちいい。
思う存分顔を拭い、使い終わったタオルを瑞樹に返した。
「お前、こんな所で油売っててもいいのか?」
何とはなしに聞いてみた。
「もうお洗濯も終わったからね。今日は夕食の当番じゃないし、
瑞樹は笑顔で答えた。
「マネージャーもたまには気分転換しないとね」
その笑顔に徹はどういうわけか恥ずかしくなって顔を背けた。
遠くから部員達の声が聞こえてきた。その声は少しずつ大きくなってくる。新入部員達のランニングが終わったようだ。
「よっ、と」
瑞樹が立ち上がり、尻についた砂を手で払いのけながら言う。
「じゃあ、わたしもう行くね」
「ああ」
瑞樹はぱたぱたと走って行く。少し行ったところで立ち止まり、こちらを振り向いた。
「ねえ、徹ちゃん」
「ん?」
「晩ご飯、食べていかない?」
瑞樹は料理がうまい。昔はよく食べさせてもらっていた。が、今日は瑞樹の夕食の担当ではないと言っていたことを思い出す。
「いや、今日はいいよ。俺もそろそろ戻らないと」
「そっか」
少し残念そうな瑞樹。そのままマネージャーの仕事の向かうと思いきや、じっと徹の方を見て動かない。
「……?」
「あのね、徹ちゃん」
「……なんだ?」
何かを言いたそうな、そうでないような、そんな表情。そして、
「また来てね」
「…………ああ」
それだけしか答えることができなかった。
部室の近くにある地上への出口から外に出ると、外はもう暗かった。朝部室に向かうときに降っていた雨はもうやんでいるが、地面は濡れている。雨は先ほどまで降っていたのだろう。
「おい」
外に出てきた徹の背後から声がかけられた。
振り返ると出口にもたれかかっていた人物が立ち上がる。小柄な軍服の女子生徒。風紀委員長の岡田遙佳だ。
「あれー? 遙佳ちゃんじゃない! どうしたの? もしかして俺を待っててくれたの? だったら言ってくれればデートくらい――」
「いいか。これは警告だ」
徹の調子のいい言葉を遮るように鋭い声で言い放つ。
「ここには来るな。もし貴様が、剣術部がらみで校内の治安を乱すようなことがあった場合――」
遙佳は徹を鋭い目つきで睨みつける。
「全力で潰す」
「やだなぁ。遙佳ちゃん。この俺がそんなことするわけがないじゃん。特に女の子の頼みと来たからには……あ、あれ?」
遙佳は徹の方をふりかえりもせず、その場を立ち去っていった。
徹は、それをしばらく見つめていたが――
「潰す、ねえ。おお恐い」
徹がにやりと笑ったことは当の徹自身、気がついていなかったのかもしれない。すっかり日が暮れて人影もない中、徹の出した〈光球〉だけがその存在を主張していた。
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