エクスカリバー4
聖歴2026年6月6日(土)
翌日。慎一郎、メリュジーヌ、徹、結希奈、こより、斉彬の竜王部員達は、部室に外崎姫子を待機させて地下迷宮へと向かった。目的地は前日と同じ、長い下り坂の終端地点である丁字路。そこに埋まっている鉱石をこよりのゴーレムによって掘り出し、〈
「それじゃ、始めよう。こよりさん、頼みます」
「うん、わかったわ」
こよりが昨日に引き続き岩に手を当て、ゴーレム生成の呪文を唱え始める。
「じゃあ、斉彬さんとおれは奥に移動してモンスターが近づいてこないか見張り。徹と高橋さんはここに残って万一に備えるのと、坂の上からのモンスターに警戒。それでいいかな?」
「おう、わかった」「了解」「わかったわ」
慎一郎の指示に従って各々が配置につく。警戒とはいえ、ここには何度も来ているからそれほどの緊張感はない。〈転移〉の魔法もあることだし、今日は鉱石を入手したら早々に引き上げるつもりだった。
ここからでは見えないが、時折聞こえてくるこよりの「レムちゃん、出ておいで!」「解散!」という声から、順調に岩の切り出しは進んでいるようだ。それでもゴーレムの生成と休憩で一ターン五体のゴーレムを呼び出すのにだいたい二十分くらいはかかっている。
「このペースだと夕方くらいになるか……」
視界の隅に表示されている時計アプリを見ながら慎一郎はそうつぶやいた。辺りは暗く、この辺りは暖かい。自然と緊張感もなくなっていくというものだ。メリュジーヌなどここで見張りを始めた途端居眠りを始めてしまった。
「お気楽な奴」
そうは言ってもやることもない。ゴーレムを呼び出し続けているこよりには悪いが、いつまでも気を張っていても仕方がない。慎一郎もその場に腰を下ろした。念のためにいつでも剣は抜けるようにしてある。とはいえ、これまでモンスターの一匹も出ていない。いつもこの調子ならいいのだが。
途中、昼休憩を挟み――弁当はもちろん結希奈のお手製だ――再び見張りについてしばらく経った頃、部員全員が接続している〈念話〉チャンネルに徹からの呼び出しがあった。
『慎一郎、斉彬さん。ちょっと来てくれ』
徹の呼び出しにすぐに丁字路まで戻ると、ちょうど斉彬も戻ってきたところだ。徹と結希奈は油断なく上り坂の奥を見つめ、こよりは岩に手を置き一心不乱に呪文を唱えている。その額には汗が流れ、足下には多数の鉱石が落ちている。
「どうした、徹?」
徹に呼び出した理由を聞くと徹は口に指を一本当てた。静かに、ということだ。
「聞こえないか……?」
言われて、耳を澄ましてみる。聞こえてくるのはこよりの呪文だけ……。いや――!
「聞こえる……聞こえるぞ!」
「これって、なあ、もしかして……」
音に気づいた慎一郎と斉彬が色めき立つ。徐々に大きくなってくるその音――もはや耳を澄まさなくても聞こえてくる、腹に響く振動音は紛れもない、あの巨大イノシシのものだ。
「くそっ、今日のルートはここだったのか!」
斉彬が毒づいた。巨大イノシシのルートについて、今もなおわかっていることは少ない。決められた八種類のルートからひとつを選んで巡回していることと、同じルートを二日続けて選ばれることはない、これくらいだ。最近はそれしか法則性がないかも、とも思われている。そして、昨日はここを通っていないのは確認している。
「こよりさん、呪文の破棄を……!」
「もう無理……! 最終段階に入っちゃってる!」
呪文の詠唱にはいくつか段階がある。一般的には初期ほど呪文の破棄に対するリスクが少なく、最終段階で詠唱を破棄すると行き場の失った魔力が暴走して予期せぬ事故を起こすことも多い。ゆえに、それぞれの呪文には“呪文破棄限界点”なるものが設定されていることが多い。
「くそっ。何とか食い止めるしかないか」
前回のキノコ採取の時にイノシシの進行を完全にではないものの弱めたことがあるが、あれは事前に入念な準備を重ねたうえ、部員全員の力を合わせたからこそできた、一回限りの大ばくちだ。
「栗山、蔦の魔法よ。二人しかいないけど、ないよりはマシだわ」
結希奈の提案に徹は困惑した表情を見せる。
「ええっ!? 俺、あの呪文忘れちゃったよ……!」
徹は持っていた鞄からノートを取り出すと、慌ててパラパラとめくり始めた。
「ああくそっ、見つからない!」
「もういいから! 何でもいいから手伝って!」
そう言うと、結希奈はイノシシがやってくる方向に手を向け、前回使用した蔦の呪文の詠唱を始めた。そして――
「蔦よ!」
結希奈のかけ声と共に地面が盛り上がり、太い蔦がみるみる伸びてくる。その蔦は狙ったかのようにイノシシの足に絡みつき――
「うっ、ダメ……!」
何の役割も果たせず引きちぎられた。しかしそのタイミングに合わせたかのように徹の魔法が炸裂する。
「氷よ!」
徹の氷魔法は普段使っている氷の礫を飛ばすものではなく、相手の身体を直接凍らせるものだったようだ。イノシシの足がみるみる凍っていくが――
「くそっ、足止めにもなりゃしない……!」
一瞬で氷は砕け散った。イノシシの足止めはもちろん、何のダメージにもなっていないようだ。
「それでもやるしかないじゃない!」
結希奈が徹の隣に立って手を前方にかざす。
「氷よ!」
イノシシの足下が凍り付き、一瞬後にそれは砕かれる。
「氷よ!」「氷よ!」
もはや蔦の魔法のために呪文を詠唱している余裕はない。徹と結希奈は〈副脳〉にインストールされている氷の魔法を無詠唱で続けざまに放つ。しかしそれは効果がないどころかイノシシの怒りを買い、ますますスピードが上がる。
――ブヒィィィィィッ……!
『いかん、攻撃をやめるんじゃ。あやつの怒りを買っておるだけじゃ!』
この騒ぎに目を覚ましたメリュジーヌの指示が飛び、ふたりはそれに従った。が、それでイノシシの動きが止まるわけでもない。
「浅村。オレたちふたりであいつを受け止めるぞ」
斉彬が慎一郎の横に立った。百九十センチにもなる斉彬が横に立つとかなり頼もしく感じる。慎一郎も覚悟を決めた。
『無理じゃ。あの巨体、いくらお主達ふたりがかりでもひとたまりもない』
メリュジーヌから冷酷な現実が告げられる。
「なら、どうすれば……! このままだとこよりさんが……!」
『ギリギリまで引きつけて、コヨリを岩から引き離すしかなかろう』
「けど、それで呪文の詠唱が止まったら……!」
『シンイチロウよ、言いたいことはわかるが、コヨリがあのデカブツに潰されるよりはマシじゃろう。運が良ければ呪文は完成するし、また別の運が良ければ暴走した魔力はわしらに襲いかからんかもしれん』
それは運が悪ければ暴走した魔力によってどんな災害が起こるかわからない――そう言おうとしてギリギリのところで飲み込んだ。そんなことを言っても仕方がないのはメリュジーヌだって百も承知だ。なら、やるしかない。
「徹、高橋さん。イノシシはこのあと左に曲がるはずだ。右側の通路に避難して」
「……わかった」「うん」
「こよりさんはそのまま呪文の詠唱を続けて。斉彬先輩はギリギリまで待って、間に合いそうになかったらこよりさんを安全地帯まで引っ張って。最悪の場合、呪文が失敗してもいいから」
「……それしか無さそうだな」
部員達は部長の指示を承諾した。こよりも呪文を唱えながら頷いた。
『わしが最終判断を下そう。なに、ぎりぎりの線を見極めることには慣れておる』
「頼んだぞ、メリュジーヌ」
斉彬がぐっ、と親指を立てて、遠慮がちに呪文詠唱中のこよりの腰に両手をかけ、腰を落とす。おそらく投げ飛ばす形になるだろうが、この際だ、一番早く、確実に引き離せる。
イノシシがなおも迫る。慎一郎はメリュジーヌが最後の判断を下しやすいよう、イノシシがよく見える位置に立った。
すでにイノシシは目と鼻の先と言ってもいい距離だ。今すぐに逃げ出したい衝動をぐっと堪え、メリュジーヌの指示を待つ。
『引け!』
その声と共に斉彬はこよりの身体を岩から引き離し、慎一郎は脇道へ身を乗り出した。ほぼそれと同時にこよりが叫ぶ。
「レムちゃん!」
呪文が完成してゴーレムが動き出すその瞬間、呪文完成からほんのわずか、0コンマ数秒というレベルの差で創られたばかりのゴーレムが踏み潰され、それまでこよりがいた鼻先をイノシシが通りすぎていった。
瞬間、屋根が落ちてくるのではないかという轟音と上も下もわからなくなるほどの揺れ。イノシシは丁字路の壁に激突して止まる――実際、最初に遭遇した時はそうだった――と思われたが、怒りに我を忘れていたのかそのまま壁を突き抜け走り去っていった。
「なんちゅうパワーだ……」
斉彬がつぶやいた。壁を突き破り、それでも衰えない勢いに斉彬だけでなく一同青ざめた。
幸い、イノシシの激突によっても地下迷宮の天井が崩落することはなく、イノシシが駆け抜けていったもと丁字路の壁にぽっかりと大きな穴が空いているだけだった。
一同がその衝撃から落ち着きを取り戻す頃、辺りを覆っていた土煙も収まりつつあり、次第に周囲の状況が徐々にわかってきた。
丁字路だった壁にはバスほどの大きさもあった巨大イノシシが開けた大穴がぽっかりと空いており、その奥はどうなっているのか徹がのぞき込んだ。
「気をつけろよ」
「わかってるって」
穴の向こうは暗がりになっていてよく見えない。徹が迷宮内部では常用している〈光球〉の魔法を前方に移動させると、その全容が次第に明らかになっていく。
「おい、すげえぞ! みんな来てみろよ!」
徹に言われるまま、皆が大穴に集まり、中をのぞき込む。女子達が声を上げた。
「わぁ……」
「すごい……!」
穴の向こうには教室ほどの大きさの部屋が広がっていた。それくらいの大きさの部屋はこれまでにもいくつか見つけていたが、その部屋にはこれまでの迷宮のどの場所とも異なる大きな特徴があった。
部屋の中には大きな水たまりがあり、そこからは暖かそうな湯気が出ていた。そこは天然の温泉だったのだ。
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