エクスカリバー5

「んー、いい気持ち……」


 こよりが湯をすくうと乳白色の湯は指の間からこぼれ落ち、一部は彼女の手首からなめらかな肌を伝い、落ちていく。

 湯はどうやら部屋の隅の岩から流れ出ているようだ。肌をすべすべにする効能があるらしいこの湯をこよりも結希奈もすっかり気に入っていた。


 封印後の北高の入浴事情は決して悪くはない。運動系の部室にはもれなくシャワー室が備えられているし、文化系の部に所属している女子は結希奈の自宅である〈竜海神社〉で入浴を済ませている。


 しかしそれでも足を伸ばして入ることのできる湯船は別格だ。


 結希奈は湯船を形作っている岩に素肌を直接背を預けてくつろいでいるこよりをじっと見つめた。


「ど、どうしたの……!?」

 胸元に視線を感じたこよりが顔を赤らめて胸を隠す。しかしその豊満な胸は彼女の腕だけで隠しきれるものではなく、その行為によって逆に胸の大きさと柔らかさを強調する結果になっていることに本人は気づかない。


「やっぱり……大きいなって」

「そんな……。結希奈ちゃんだって十分大きいじゃない」


 こよりの言うとおり、結希奈の胸も同世代の女子に比べると十分以上に大きい。こよりの身体は全体的に肉付きがよく柔らかい、女性らしい身体であるのに対し、結希奈は細く華奢な体つきなのに出るところはしっかり出ていると言う違いがある。


「でも、やっぱりうらやましいなって。あたしもあと一年すればこよりさんみたいになれるのかなぁ……?」

「さ、さあ……? それはどうかしらね……」

 笑うしかないこより。


「ねえこよりさん!」

「は、はい?」


「どうしたらそんなに大きくなれるの? やっぱり自分で揉むの?」

 自分で自分の胸を揉みながら結希奈はこよりに迫る。あまりに顔が近いのでこよりは思わずのけぞってしまった。


「も、揉んだりなんてしないよぉ……!」

 そのまま結希奈はこよりの腕にガードされた胸に手を入れようとしてくるが、それは何とか阻止した。


「そ、それよりも……」

 こよりはこの状況を何とか打破しようと、話題の転換に乗り出す。


「結希奈ちゃんの方こそ、そのお肌、うらやましいわ。これ、お湯をはじいてるもん。若いっていいわよねえ……」

「な……何言ってるんですか、こよりさん。あたしとこよりさん、ひとつしか違わないじゃないですか。そんなに変わらないですって」


「そうなんだけど……。うーん、このお肌、すべすべ~」

「ひゃっ、さ、触らないでくださいよ~!」

「さっきのお返しだよ! それ。つん、つん!」

「ひゃぁぁぁぁぁっ~!」

 洞窟内部に女子高生の黄色い声がこだまする。




「…………」

「くそっ、あいつら楽しそうにしやがって……!」

 女子達が入浴タイムを楽しんでいる場所から少し離れた場所、巨大イノシシが壁を突き破った穴の外側に男子達とメリュジーヌは残されていた。


「ああ……こよりさん……!」

「どうしておれまで……」

『それだけ信用が無いということじゃな』


 慎一郎、徹、斉彬の三人は結希奈の蔦魔法でぐるぐる巻きにされ、さらにこよりのゴーレム“レムちゃん”の見張り付きという状況で管理されていた。もちろん、のぞき防止である。


『しかし、肌を見られるのが恥ずかしいとは、人間の風習はいつになっても理解できん。トオルよ、そんなに見たいものなのかや?』

「そ、そりゃあ……ちょっとは……?」

 さすがの徹もそれを言うには勇気がいるのか、メリュジーヌから目を背けた。顔が赤いのは気のせいではないだろう。


『ふむ……なら、わしのを見せてやらんでもない。わしの身体は世界一の美しさじゃぞ』

「ジーヌのは映像じゃないか! 嬉しくないよ!」

 徹でなくともそこはツッコミを入れたであろう。


『何を言うておるか。わしの真の姿の話じゃ。いつしか肉体を見つけ出し、その華麗なる姿を見せてやろう』

「鱗には興味ないよ!」

「ふふふ……。見たことのない人間はいつもそう言うのじゃ」


「メリュジーヌの身体って……どうなったんだろう?」

 慎一郎が聞いた。メリュジーヌは精神だけが時を超えたと言っていた。ならば身体は六百年前に置き去りにされたということにはなるまいか。


『わからぬ。慎一郎の知識によれば、わしの身体について、歴史はその後何も語ってないようじゃ』

「じゃあ……」

 もう、失われてしまったのではないかと言おうとしたところをメリュジーヌに遮られた。


『たわけ。ドラゴンの肉体がたかが六百年で滅びるものか。きっと今でも〈十剣じゅっけん〉の誰かが保管しておるに違いない。ここから出さえすればいくらでもやりようはある』

「なら、一日も早くここから出る方法を見つけないとな」

『うむ。期待しておるぞ、少年達よ』


 メリュジーヌが満足そうに微笑むが、目の前にいる“少年達”は蔦でがんじがらめにされているのでしまらない。


「お待たせ~。よしよし。おとなしくしてたみたいね」

 と、そこに結希奈とこよりが帰ってきた。結希奈はウィッグを外した巫女服、こよりは前の学校の制服といつもの様相だが、風呂上がりということでほんのり上気しており、普段は感じることのない色気を放っている。


『ほう、これはなかなか……』

「……!」

「おぉ……!」

「こよりさんっ……!!」


 風呂上がりの同級生や先輩の姿に三者三様のリアクションを見せる男子。斉彬などは飛び上がりそうになった所を蔦が絡まって顔から地面に落下している。


「……って、今すぐこれをほどけ!」

「ん~、どうしようかな? 栗山の目つき、何だかエロいし」

「バ、馬鹿いってんじゃねえぞ! 誰がお前なんかに……!」

「高橋さん。徹はいいからせめておれだけでもほどいてくれ」

「テメエ、慎一郎! 裏切ったのか!」


「こ、こよりさん!!!!!」

 蔦に縛られたままもみ合いになる慎一郎と徹の横で、こよりの風呂上がり姿に興奮したのか、斉彬が盛大に鼻血を出してぶっ倒れた。


「きゃ~っ……!」

「斉彬さん、しっかりしろ! この仇は必ず……!」

「馬鹿なこと言ってる場合じゃないだろ、徹! 高橋さん、早く回復魔法を……!」

「そ、そうだった……!」




 その後、結希奈の回復魔法で斉彬の鼻血を止め、姫子に連絡して〈転移〉の魔法でどうにか斉彬を部室まで戻すことができた。


「鉱石……は……?」

「あっ!!」

 姫子に指摘されるまで鉱石集めのことなどすっかり忘れていた。翌日、もう一度取りに行ったことは言うまでもない。

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