エクスカリバー

エクスカリバー1

                        聖歴2026年6月4日(木)


「炎の柱よ!」


 ――ブヒィィィィィィッ!!


 小さなイノシシのモンスター――とはいえ、野山にいる普通の猪と同じくらいの大きさがある。巨大イノシシが大きすぎるだけだ――の目の前に炎の柱が立ち上がり、それに驚いたイノシシが進路を変えた。


「ちっ、外したか……行ったぞ、慎一郎!」

 徹の声を受け、イノシシが一直線に迫り来るのを腰を落として待ち構える。このイノシシのモンスターは基本的にまっすぐ進むので与しやすい相手だ。これまでも何匹も倒しており、脅威度は高くない。


 ――ブヒィィィィィ!


 怒り狂ったイノシシがこちらに向けて突進してくる。小さいとはいえ、重さは七十キロを超える。慎一郎の体重より重い相手だ。油断はできない。


『敵の動きをよく見極めよ』

「わかってる」


 メリュジーヌのアドバイス通りにイノシシを凝視する。相手の体重とスピードを利用してカウンターのように剣を当て、致命傷を与える。そのため、普段の二刀ではなく、一本の剣を両手で持ち、横向きに構える。


『今じゃ!』


 イノシシの進路から少しだけ左にずれて、すれ違うような位置取り。そのまま剣を横薙ぎに、野球のスイングのように振る。


 相手の牙と肉を断ち、致命的なダメージを与える。――はずだった。


 パキンという乾いた音がして、あるはずの手応えがない。踏ん張っていた下半身が力のやり場に困り、身体全体のバランスが崩れ、そのまま倒れ込んでいく。


 一瞬、イノシシに剣を当てることができず、空振りしたのかと思った。


 しかし、そうではなかった。視界の端に剣の刃が落ちていくのが見えた。


 イノシシはそのまま走り去っていき、足音の小さくなっていく通路に折れた刃が悲しく突き刺さった。




「これは……かなりくたびれてるなぁ……」


 徹が折れた剣を見る。そこにはあちこちが欠け、所々にひびの入った使い古しの刃があった。念のために慎一郎の持っていた他の二本も確かめてみたが、状況は似たり寄ったりだった。折れていないだけマシというレベルに過ぎない。


「すまん。借り物なのに……」

「気にするなって。むしろ、今までよくもってくれたと感謝すべきだ」


 落ち込む慎一郎の肩を叩いて慰める徹。慎一郎の使い方が悪いのではなく、北高が封印されてからずっと――いや、もっと前から使い続けていたのだ。もう寿命だったのだろう。


『まったく、情けない。それでも〈剣聖〉の二つ名を持つわしの知識を受け継いだものか?』


 あきれ顔のメリュジーヌ。人の姿を取ったメリュジーヌは剣の使い手としても後の世に名を残しており、そのメリュジーヌと知識を共有する慎一郎は初心者としては驚くほどの腕前を持つのだが、彼女にとっては不本意な結末だったようだ。


「いや、そうは言ってもこれまで俺の手入れだけで使ってきたわけだし、持ってきた時はこんなに酷使するなんて思ってもみなかったわけだしなあ」


 もともとは学校に隠れてこそこそと迷宮探索をしていた〈竜王部〉。剣の手入れも持ち主である徹が持ち込んだ砥石で磨くくらいしか手入れはできなかった。


『何を言っておるか。剣を折るなんて剣士の恥。わしは今まで一度も折ったことなどないぞ』

「いやそれってジーヌが伝説クラスの剣を使ってただけの話だろ。普通の剣は折れるものだって」


 メリュジーヌが使っていた剣の数々も歴史には残っている。現代ではそのうちのいくつかが美術館に保存されているレベルだ。


『まことか!? ううむ、使っている間に折れる剣など、恐ろしくて持てんわい』

「まあ、ドラゴンの力で振り回されたら普通の剣なんて一回で砕けるだろうなぁ……」


 竜王が伝説クラスの剣しか持たなかったというのはそのあたりが真相なのだろう。献上する方も生半可な剣は渡せないということもあるだろうが。


「で、どうするんだ? 浅村の剣、オレのバットみたいに使い捨てにするわけにはいかんだろう?」


 斉彬が普段使用しているバットはこよりの手によって強化されているものの、剣以上に壊れやすい上に斉彬の馬鹿力で振り回すので、ほとんど二、三日おきに壊しては野球部――幸いにしてこの封印騒ぎに巻き込まれた部員はいない――から失敬してきている状態だ。


「ねえ、初歩的な質問で悪いんだけど、折れた剣って元に戻せないの?」


 地面に落ちた剣を見つめながら結希奈がつぶやいた。それに対してこの中でもっとも剣について詳しいであろう徹が答える。

「直せないこともないけど……俺には無理だな。専門家でもないと。鍛冶部員、いなかったっけ?」


「そりゃダメだな。鍛冶部の部長は俺のクラスメイトだが、今。あいつの腕は一流だったんだが……」

 斉彬がため息をついた。


「そんなぁ……じゃあ、浅村くんの剣はどうすれば……」

 こよりが残念そうに言う。


「あーっ!」

 徹の突然の大声に一同が注目した。

「いる、いるよ、鍛冶部員!」

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