キノコ狂想曲4
「で、ここの文言を『太陽に照らされし』にしようと……」
「でもさ、地下迷宮に太陽の光って届かないじゃない? だからここは……」
「うーん、でもあまり冗長になりすぎても実用性に欠けるから、ここは三人で並行詠唱を……」
「ああ、なるほど。さすがはこよりさん」
北校封印後、女子部員は他の文化系の女子生徒達と共に結希奈の自宅である竜海神社に寝泊まりしているが、慎一郎、徹、斉彬の三人は部室で寝起きしている。
翌朝、慎一郎が目を覚ますと部室の扉の向こうから話し声が聞こえたので顔を出してみると、開いたノートを囲んで徹、結希奈、こよりの三人が何やら話し込んでいた。メリュジーヌはまだ眠っているらしいので、〈副脳〉のケースは部室に置いておく。
「あら、浅村。おはよう」
「おはよう、浅村くん」
徹がノートに何やら書き込み、それを他の二人が見ている構図だ。三人ともノートに集中していて慎一郎にあまり関心を払わない。
「何やってるの?」
ん? と徹が顔を上げる。「なんだ、いたのか」と今初めて気がついたようなことを言う。本当に今気がついたのかもしれない。
「ちょっと呪文の検討をな……」
そう言いながらノートにさらに何か書き込む。そのままうーんと唸って固まってしまった。
「昨日のあの蔦の魔法」
「ああ、イノシシが来たときの?」
「そう、あれ」
言いながら、結希奈もノートになりやら書き込む。すると徹が「おお、なるほどな……」とつぶやいてまたうんうん唸って考える。
「あれのアレンジをしようって、呪文を見直してるのよ」
言って、こよりはううーんと大きく伸びをした。それで強調される胸についつい目が行ってしまう。
魔法とは、魔法陣や呪文、薬品、魔力の注入など、所定の条件さえ同じならば同じ結果が得られるという、極めて安定した事象である。それはつまり、動作原理さえきちんと把握していれば新規開発やアレンジがしやすいということでもある。
日本では、魔法は小学校に入ると同時に学び始める。最初は決められた呪文の暗唱から始まるそれは中学、高校と進学するにつれて高度になり、高校生ともなるとその原理をもとに呪文のアレンジくらいはできるようになっている。
「あれをさ、もっと強力な魔法にできないかって考えてるんだけど……」
確かに、あのイノシシに敵意はなさそうだ。だから無理に倒そうとせずこれまで放置して来たのだが、あのキノコ――松茸と形も匂いもそっくりだがイノシシに生えていたので仮に
何せ一個三千円だ。
ただ、敵意はないのであの狭い通路で足止めして採取するのがいいだろうというのが昨日イノシシと遭遇して出た結論だ。
「うん、よさそうね。三人で並行詠唱して、レムちゃんで引っ張る。これで行きましょう」
「助かりますよ、こよりさん」
「さっすが上級生って感じね。呪文のアレンジもあたし達じゃここまで思いつかないもん」
徹と結希奈が口々にこよりを褒める。この呪文アレンジに関するこよりの貢献は相当大きかったらしい。
「いや、わたしは……そんな……」
顔を赤くして照れるこよりの近くに、ロープで編んだ網が置いてあるのに気がついた。校舎に不釣り合いなそれに思わず目が行く。
「それか? 網だよ」
いや、それは見ればわかると徹の方を見ると、徹はさらに説明を付け加えた。
「体育倉庫から適当なロープを持ってきて編んだんだ。これを強化した蔦の魔法が発動する前に投げ込むって寸法さ」
暴走する車を止めるために警察が網を投げ入れてたのを昔、テレビで見たらしい。
妙にやる気だなと感心したところ、自分の魔法がああもあっさりと破られたことにリベンジしたいということだ。
「なら、おれも何か手伝うよ。何でも言って――」
と言ったところで、
『朝食の時間じゃー!』
目覚めて開口一番、メリュジーヌの一言に研究会はお開きとなった。
巨大イノシシは同じルートを二日間続けて通らないことはわかっている。
〈竜王部〉は、昨日イノシシと遭遇した長い一直線のルートを除いたいくつかのルートを丹念に調べ、今日のイノシシのルートを特定した。
イノシシは基本的に直線の長い道を好んで巡回している。今日巡回していると思われるのは複雑に入り組んだ迷路のような細い道の中央を広い一直線の通路が貫通しているというつくりの場所だ。狭い通路にあの巨体は入れない。待ち伏せをするにはうってつけの地形と言えた。
「よし、この辺りでいいだろう」
直線の中ほど、細い通路が左右に伸びているところでイノシシを張ることにした。この辺りはアップダウンも激しくてイノシシのスピードがあまりでないであろうことも一行にとって優位に働くだろう。
『よし、それでは奴が来るまで早いが昼食としよう』
「お前、最近それしか言ってないよな」
『なぬっ!? シンイチロウよ、そなたはこのわしが、竜王メリュジーヌがただのお昼の時報となっていると申すかっ!?』
「いや、そこまでは言ってないけど」
「でも、確かにジーヌ最近あんまり存在感ないわね」
「確かに。昔は戦術指南とかしてくれたけど、最近はあんまりそう言うことしなくなったな」
慎一郎の指摘に徹と結希奈も同意する。
『な、なんと……。わしが……そんな……わしが……』
がっくりとうなだれてしまった。これほど落ち込むメリュジーヌは封印三日目の食糧事情が悪化し、暴動が起きかけていたとき以来だ。
とはいえ、イノシシがやってくるまで他にすることもない。脇道に陣を構え、そこにはイノシシが入ってこられないことを十分に確認してから少し早い昼食にすることにした。
「待ってました!」
斉彬が目をきらきら輝かせた。彼が朝からそわそわしていたのは今日の弁当当番がこよりだからに違いあるまい。
「えっと、白状するけどわたし、料理苦手なの。今まで作ったこともなくて……だから、まずかったらごめんね?」
「何言ってるんだこよりさん! こよりさんが作った料理なら例えそれが真っ黒焦げの炭の塊でも三つ星シェフ以上の味に決まってる!」
「いや……そこまでではないと思うんだけど……」
こよりは持ち込んだ鞄から小さめの弁当箱を五つ取り出し、それぞれに配って回った。
「本当に期待しないでね……」
どういうわけか悲しそうなこよりを前に、弁当箱を開ける。
「わぁ……」
小さな弁当箱の中には卵焼きや野菜炒めなどがぎっしりと詰め込まれており、彩りを考えてプチトマトなども盛り付けられている。弁当箱の半分強を占めるご飯の真ん中には梅干しが添えられている。
『おぉ……実にうまそうじゃ』
「美味しそうじゃない。さっすがこよりちゃん!」
弁当箱を開けた部員達が口々にこよりの弁当をほめそやす。
「早速食おうぜ。いただきま…………」
おかずを口に放り込んだその瞬間、全員の時間が止まった。ように感じられた。
甘いのとも辛いのとも苦いのとも酸っぱいのとも、どれとも違う、しかしそのすべてが混ざったような感覚。確か卵焼きを口に入れたはずなのに何も噛んでいないかのような食感、それでいて匂いだけはしっかりと美味しそうな卵焼きの香りが漂ってくるからたちが悪い。
『うげーっ! なんじゃこりゃあ!』
誰もが言いたくて言い出せなかったその弁当の感想をメリュジーヌが正直に代弁してくれた。
『そうすればこの見た目でこんな味の料理ができるんじゃ! 見た目や匂いと味とのギャップが激しいからただ不味いよりよりたちが悪いわ!』
「あーあ、不味いって言っちゃったよ」
徹が弁当箱の中のプチトマトをつつき、「これなら大丈夫だろう」と口の中に放り込み、その直後「うげ」と声を漏らし目を白黒させた。
「な、何でプチトマトをそのまま入れてあるだけなのにこうなるんだ……!?」
信じられないという表情で弁当を見ている。
「うぅ……ごめんなさい……。わたし、料理とかしたことないから、味付けとかよくわからなくて……」
『これは味付けがわからんというレベルではないぞっ! コヨリよ、お主は二度と料理をするでないっ!』
怒り心頭の様子である。メリュジーヌは何でもうまいうまいと慎一郎に食べるよう求めるから、好き嫌いなどないと思っていたのだが、さすがにこの料理は守備範囲外だったようだ。
『当たり前じゃ! わしをなんだと思っておる』
「まあまあ、そう怒るなって。こよりさんだって悪気があったわけじゃないんだし。それに、ほら」
慎一郎は隣に座る斉彬を指さした。
「うまっ、うまいぞぉ! こよりさぁぁぁぁぁん、好きだぁぁぁぁぁっ!」
涙を流しながら弁当を食らう斉彬にメリュジーヌを含む一同ドン引きである。一瞬の放心のあと、こよりは正気に戻って斉彬を止める。
「だ、ダメーっ! そんなの食べちゃお腹壊しちゃうから!」
弁当箱を奪おうとするこよりと食べ続けたい斉彬の間でもみ合ったかと思うと、その直後、斉彬は豪快に倒れた。
「いやぁぁぁっ!」
結局、昼食はこよりがこうなるであろうとあらかじめ用意しておいた家庭科部謹製のお弁当(一個七五〇北高円)になった。斉彬はすぐに目覚め、「こよりさんの用意してくれた弁当!」と興奮して食べていた。
ちなみに、昼の弁当の当番制は翌日より廃止となり、これまで通り結希奈の担当となることが斉彬以外の全員が賛成という結果で採択されたのであった。
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