キノコ狂想曲

キノコ狂想曲1

                       聖歴2026年5月17日(日)


 北校封印――生徒達の中では今起こっている出来事を“封印”と呼ぶようになっていた――から一週間。しかし、未だ助けは来ず、〈竜王部〉に課されているミッションである自力脱出の手がかりも全くつかめていなかった。


『カヘイ?』


「カヘイってお金のこと? 貨幣」


 カーテンの向こうから着替えを終えた結希奈が現れ、斉彬が持っていたその紙を受け取る。今日は日曜なので結希奈はウィッグを付けたロングヘアに、白と赤の巫女服を着た正装だ。清楚なその格好はいつもより魅力五割増しだとは徹の弁だが、それを否定する男性陣はこの中にはいない。


「そう、金。生徒会が発行するんだってさ」

 結希奈の質問に答えたのは生徒会の役員でもある斉彬だ。


「へぇ……何のために?」

「そりゃお前、物を売ったり買ったりするために決まってるだろ」


 校内に取り残された生徒達の生活は、生徒会の活躍もあって問題なく回り始めたように思われた。しかし、その危機は早くも三日目に訪れた。


 各部が備蓄していた食料の枯渇である。


 食料の枯渇というわかりやすくも避けようのない危機を前に、動揺した生徒達は生徒会室へ押しかけ、暴動寸前の事態となった。

 食べることが何よりの楽しみであると自ら豪語しているメリュジーヌにいたってはこの世の終わりかとも思えるほどの絶望状態に陥っていた。


 それと時を同じくしてひとつの報告が上がってきた。飢える寸前の生徒達とメリュジーヌにとって、それは福音以外の何物でもない。


 初日に校庭に植えた野菜が収穫可能である――


 園芸部からのこの報告が全生徒の命を救った。

 どういう理屈かはわからないが、校内に植えた作物が異常な生育速度を見せ、どんな作物でも三日で収穫可能となるという奇跡を呼び起こした。


 園芸部は喜んでこの作物を生徒会経由で生徒達に割り振った。

 それ以降、食糧の供給は安定している。植物を育てるのがブームとなり、校内のいたるところで野菜やら果物やらが育てられるようになったが、それはまた別の話。


 現在、園芸部の収穫した作物は家庭科部の調理を通して生徒達に平等に配給されている。これも生徒会の主導によるものだ。


「食べ物の配給をやめるってことですか?」

 慎一郎の指摘に斉彬が頷く。


「ああ。配給制ってのは一時的にはいいが、続けていると生産性の低下になるからな。働かなくても食べられるなら働かない方が得、ってな」


『ふむ。言っていることは正しい。じゃが……』

 メリュジーヌの疑念の言葉。その言葉を契機に部員達の視線が一斉に斉彬に集まる。その視線に気づいた斉彬は慌てて付け加えた。


「……と、菊池が言ってた」

 顔を赤くして釈明する斉彬に一同は納得顔だ。


「そうじゃないかと思った。斉彬さんにしてはいうことが難しすぎるのよね」

「ふふっ、確かに。斉彬くんにはそういうの、似合わないわね」

「こよりさんまで……」

 女性陣からの厳しい突っ込みに斉彬はうなだれた。


「けど、このお札、大丈夫なんすか? 偽札とか、簡単に作れそうだし」

 言いつつ、徹は紙幣を手に持ってしげしげと見つめる。紙幣には『1000北高円』という文字と、校門から構内を撮影した写真が印刷されている。

 プリンターで印刷しただけの紙切れにしか見えない。


「ああ、そこは問題ないらしいぞ。なんでも、魔族に伝わる特別な魔法が掛けられているらしい」


 副会長のイブリース・ホーヘンベルクは魔界からの留学生、魔族だ。


「イブリースの血を薄めた溶液をすべての札に塗ってあるらしい。魔力を照射させると色が変わるらしいぞ。やってみろよ」


「へぇ……これがねぇ……」

『舐めるなよ』

「するか!」

 札に魔力を照射させようとしていた徹がすかさずツッコミを入れる。


「……ったく。ジーヌめ、俺を一体何だと思ってるんだ……」


「あ、本当だ。色が変わった」

 こよりの手に持っている札が淡く光っている。


『なんとも面妖な……。わしはこのような術は見たこともないのぉ』

 メリュジーヌも興味津々だ。


「ところで……。おれ達はどうやってこのお金を手に入れればいいんだ?」

「何言ってるんだ慎一郎。そんなの何かを売れば……」

「いや、おれ達ずっと迷宮探索ばっかりで売れる物なんてないぞ?」

「あ……」

 目を合わせる徹と慎一郎。そこに助け船が入る。


「そこはちゃんと考えてあるぞ! ……菊池が」


 斉彬の説明によると、〈竜王部〉の場合、迷宮探索の成果毎に一定の金額が支払われるらしい。加えて、今まで生徒会に持ち帰っていた迷宮内で拾った石や骨などもその価値に応じて金額が支払われるようだ。


「で、これが今までの活動でオレ達に支給された分」

 そう言って斉彬が“紙幣”をポケットから出した。一万北高円紙幣が十数枚と千北高円紙幣が数枚。


「うわぁ、五人で一週間働いてこれだけかー」

「コンビニかファーストフードでバイトしてた方がずっと効率いいわね。バイトする場所もないけど」

 徹と結希奈が揃ってため息をついた。


「これからは迷宮内で少しでも価値のあるものを見つけてこないとな」

「後はしっかり結果も出さないと」


「わたし、鉱石だったら多少は目利きできるから、今度からはちゃんと見ることにするわね」

「さすが、オレのこよりさん! 頼りにしてるぜ!」

「ふふ、斉彬くんのものじゃないけどね」




「準備はいいか? よし、それじゃ今日の迷宮探索に――」


 部員達の状況を確認し、いざ迷宮に向かおうとした時、部室のドアを控えめにノックする音が聞こえた。

『おや、誰か来たようじゃの』


 「どうぞ」と返事をすると部室の扉が盛大に開かれた。


「あたしが来たぞー! ここは〈竜王部〉の部室で間違いないかー?」

 そこに立っていたのはいかにも活発な印象の女子生徒だった。髪を後ろで縛る、いわゆるポニーテールで、くりくりとした大きな瞳がさらに活発な印象を高めている。


「あっ! 家庭科部部長の山川翠やまかわみどりさんじゃないですか!」

 途端に徹が色めき立つ。


「さあさあ、こちらへどうぞ。汚いところですが」

「汚いところで悪かったわね」

 結希奈の抗議が突然の美女の登場に浮き足立つ徹に届くことはなく、山川翠と呼ばれた女子生徒は徹の案内に従って部室へと入ってくる。


 彼女が会議机の中央まで案内すると、徹は椅子を引いてあげるほどの丁寧さだ。


「ああっ、お茶。結希奈、お茶くれ、お茶!」

「おうっ、今日はこっちがお願いする立場だ。気にすんな! あと、あたし猫舌なんだよね。てはは」


 椅子にどっかと座って翠は腕組みをした。どうやら、お茶を飲む気はなさそうだ。




「それで……えっと、山川さんでしたっけ。どういったご用件でしょうか?」

 取り敢えず徹をおとなしくさせて――これが結構な難題だったが――部長として慎一郎が席に座る来訪者に用向きを聞いた。


「おう! あたしは山川翠。家庭科部の部長だ!」

「知ってます! 三年G組、身長は一六四センチ、同じ三年生で園芸部の碧さんとは双子の姉妹。スリーサイズは……もがっ!」


「いいからあんたは黙ってなさい!」

 結希奈とこより、二人の女子によって徹は部室から運び出された。実際に運び出したのはいつの間に呼び出したのか、こよりのゴーレム、レムちゃんだったが。


「ははは、危なかったな。あれ以上言うと死人が出た所だったぜ」

「ああ、すいません。うちの部員が飛んだ失礼を」

 慎一郎は平謝りするしかない


「気にすんな。あんたのせいじゃないさ。あ、それとな、あたしのことは“みどり”って呼んでくれ。さっきのあいつも言ってたけど、同じ学年に双子の姉さんがいるからな。“山川”だとどっちだかわかんねえよ」


「わかりました。では翠さん。お話を聞かせください。家庭科部の部長さんがおれたちのような弱小部にどんなご用でしょう?」


 家庭科部は現在、北高で唯一、生徒会によって農作物の栽培が認められている園芸部(非公認で栽培している部自体は他にもある)から材料を仕入れて料理を提供する部だ。すでに一大生産拠点となっている園芸部と強力なタッグを組んで北高生の胃袋を守る、今一番部であると言えよう。


「ああ。今日は〈竜王部〉にいい話を持ってきた。貨幣制度導入の話は聞いてるな?」

「ええ、一応……」


「なら、話は早い。これを……」

 そう言って翠は持っていたリュックの中をがさごそと探る。


「えっと……おかしいな。ないぞ……ああ……おお、あったあった。これを、採ってきて欲しい。できるだけたくさん」


「こ、これは……」

「松茸だが?」


「ま、松茸!?」

 慎一郎は目を丸くした。


『ほう、肉厚の、プリッとしたいい松茸じゃ。焼いてガブッといけばさぞかしうまいじゃろうなぁ。じゅるり』

 メリュジーヌは器用にもよだれを垂らしていたが、あまりの驚きにそれに気づく者はいなかった。

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