学園生活4
聖歴2026年5月11日(月)
「それじゃまず、今日は一昨日のネズミの巣までのマップ作りから始めようか」
翌日、早速生徒会から割り振られた役割に従って地下迷宮の探索に出ることにした。詳細なマップ作成は生徒会からも求められている。ちなみに、マップ作成はこよりが担当することになった。戦闘中であっても戦闘をゴーレムに任せることでナビゲーションをしやすいからという判断である。
「男が作ったマップよりも女の子が作ったマップの方がいいからな」
と言っていたのは徹だが、当然のごとく全員から無視された。
「へぇ……ここがその地下迷宮ってやつか。結構暗いんだな」
最初の部屋で辺りを見渡しながら斉彬が感想を漏らした。ちなみに、斉彬は武器として野球のバットを持ち込んでいる。
「ボールも持ってきたぜ。これで遠距離攻撃もできるって寸法だ」
「って斉彬さん、そのケース、〈副脳〉じゃなくてボールが入ってるの?」
結希奈が驚くのも無理はない。他の生徒達と同じようなケースを担いでいた斉彬だったが、そのケースの中には他の部員達のように〈副脳〉ではなく野球のボールがぎっしり詰まっていたからだ。
「おうよ。魔法は得意じゃないし、練習や試合の時には〈副脳〉はロッカーに置いておくからな」
野球に限らず多くのスポーツでは魔法の使用は厳禁である。魔法の使用を防ぐために特に公式戦などでは〈副脳〉は隔離して使用できないようにしている。斉彬にとって迷宮探索は野球の試合と同じ扱いなのだ。
「ま、同じ部活動ってことだ」
道中は斉彬と慎一郎を先頭に、結希奈が中衛、徹とこよりが後衛という布陣で進むことになった。斉彬はこよりと同じく後衛を希望したが、当然のごとく却下された。部長の指示に従うことと、生徒会長にきつく言われているらしい。
その斉彬の戦いぶりだが――
「てえいっ!」
斉彬が豪快にバットを振り下ろすと飛んできた巨大なコウモリのモンスターは地面にたたきつけられて動かなくなった。
「へぇ、さすがに言うだけあって、やるわね」
『うむ。パワーがあるからの。戦士としての能力は現段階では斉彬の方が上じゃな』
結希奈もメリュジーヌもその戦闘力の高さには素直に賞賛をおくる。引き合いに出された慎一郎は面白くないが、本当のことなので認めざるを得ない
「まあ、三年生だからね。浅村も一年生にしては悪くないわよ」
結希奈がフォローしているのかしていないのかよくわからないフォローを入れてくれた。
「斉彬くん、頑張って!」
「おう、任せとけ!」
こよりの応援に斉彬はますます張り切ってバットを振り回しながら周囲のコウモリに突撃していく。
「おりゃーっ!!」
斉彬の振り回すバットによってコウモリが次々と地面に落ちる。そこをすかさずこよりのゴーレム、“レムちゃん”がとどめを刺して回る。
「いよーし! これが初めての共同作業ってやつか?」
「違うって……」
結希奈が頭を抱えた。
しかし、そんな斉彬の活躍も長くは保たない。目の前の敵が脅威であると判断したコウモリは斉彬から距離を取り挑発、その隙にさらに別のコウモリが現れ、あろうことか後衛である徹達の所へ襲いかかっていった。
「くそっ、このっ!」
徹がスティックを振り回すが、その程度ではたじろぎもしない。攻撃魔法を使おうにも、この乱戦では同士討ちの危険性がある。
「くそっ、汚いぞ! 浅村、オレは向こうに行く。ここは任せた!」
「え、ちょっと……うわっ!」
斉彬が後衛の援護に走って行くと、それまで斉彬の周りにたむろしていたコウモリが一斉に慎一郎に向かって襲いかかってきた。
「くそっ、このっ!」
『シンイチロウ、後ろじゃ! 後ろにも気を配れ!』
「そんなこと言ったって……!」
慎一郎が剣を振るうが、コウモリはその攻撃範囲の中には入らず、逆に慎一郎の背後にいるコウモリだけが襲いかかってくる。なかなかに
「うわっ!」
背後から噛みつかれた。激痛が走り、剣を手から落としそうになる。
慎一郎が怯んだとみるや、コウモリ達は次々と襲いかかってくる。顔だけは守らねばと右手で覆い、左手をむやみやたらと振り回す。
「た、助けてくれ! 徹、援護を……!」
「わ、わかった……!」
慎一郎に援護を求められた徹がスティックを振り、コウモリに攻撃しようとするが――
「うわっ!」
徹もあっという間にコウモリにたかられる。これではいくら〈副脳〉で呪文を高速詠唱しても魔法を使う暇がない。
「くそ、こいつら、数が多くて、バットじゃ……!」
「きゃあっ……!」
「こよりさん!」
斉彬がコウモリに襲われている女子勢の所に突っ込んだ。そのままこよりと結希奈に覆い被さる。コウモリはこれ幸いと斉彬の背に襲いかかる。
「斉彬さん、そのまま少し持ちこたえて。ジーヌ、撤退のタイミングを」
結希奈のその一言でメリュジーヌはすべてを察する。
『わかった。任せておけ』
「あらかじめインストールしてきた魔法じゃないけど……!」
そして結希奈は斉彬の身体の下で呪文を唱える。〈副脳〉にインストールしていない魔法でも、呪文を覚えており、なおかつ十分な精神力があれば使うことができる。
呪文の完成と同時に斉彬の影からまろび出て、魔法を完成させる。
「光よ!」
次の瞬間、結希奈の身体全体がまばゆく光り、あたりを光りの奔流で埋め尽くす。仲間は全員目を押さえているか、誰かの影になっていたが、元々光の少ないところの生き物であるコウモリにこの光量はたまったものではない。多くが自律神経に異常を来し、バタバタと地面に落ちていく。
ただ光るだけの魔法だが、効果はてきめんだ。
『今じゃ! 全員、退却せよ』
メリュジーヌの合図と共に全員が元来た道を引き返していく。
「こっちよ!」
結希奈が先頭に立って逃げ道を確保し、こよりのゴーレムがしんがりを務めた。
「はぁ、はぁ……」
「とりあえず、追っては来なさそうね」
しばらく走った先の広間まで来てひと息ついた。ここは来るときにモンスターを一掃させたので安全だ。普段から取り敢えずのセーフポイントとして使用している場所でもある。
「竜海の森を守る竜よ……」
結希奈がダメージの大きい慎一郎の所に駆け寄り、治療を施していく。
「ありがとう」
結希奈の回復魔法により、身体全体が淡く光る。それに伴って全身を襲っていた痛みが少しずつ解消されていくのを感じた。
『情けない!』
全力疾走して疲労困憊の一行に追い打ちを掛けるようにメリュジーヌの怒りが炸裂した。
『何じゃ今の戦いは! ちょっと数が増えたくらいでうろたえおってからに!』
メリュジーヌの頭からは怒りで蒸気が出そうな勢いだ。
「いや、そうは言ってもあんなに一斉に襲いかかられちゃ……」
何とか息を整えた慎一郎が息も絶え絶えに反論するが、メリュジーヌには全く通じない。
『お主がその体たらくじゃからこのような醜態をさらすのじゃ!』
「しゅ、醜態……」
あまりの言いように情けなくなってくる。
「けどさ、じゃああのときどうすりゃ良かったんだ? 途中でコウモリが増えてくるのは予想外だったしな……」
それはメリュジーヌの望んでいたリアクションだったのだろう。満足そうに薄い胸を張って大きく頷いた。
『うむ。コウモリが増えるのは確かに予想外じゃったかもしれん。そのことを予想していなかった責任はある。トオル、ユキナ、コヨリは目の前の敵だけでなく、全体を見渡す目が必要じゃ』
「確かに、それはそうかもしれないな。後ろにいる俺たちの方が広く戦場が見えるから、それだけ敵の増援に早く対応できる。次からは気をつけるよ」
徹の素直な反応にメリュジーヌは満足そうににやりと笑った。
『次にナリアキラじゃ』
「オレ!?」
『お主は先ほどもわしが申したように、この中で一番のパワーを持つ、一番の戦士じゃ』
「そ、そりゃどうも……」
斉彬は何だか照れくさそうだ。しかしそこにメリュジーヌの雷が落ちる。
『なのにさっきのあれは何事じゃ! 戦士が戦わんでどうする!』
メリュジーヌは斉彬がさっきこよりと結希奈のことを身を挺して庇ったことについて言っているのだろう。斉彬本人は英雄的行動だったと思っているだけに、その反発は大きい。
「何でだよ! 女の子を守るのが男の役割だろう!」
『心がけは立派じゃが、お主の行動は勇猛ではなく蛮勇と言わざるをえんな。お主が身を挺して二人を守ったまでは良いが、ではその後どうする? コウモリは減らず、お主はなぶり殺しにされたかもしれん。そうするとその後は結局コウモリの矛先はユキナとコヨリに向かうぞ』
「た、確かにそうだ……オレが軽率だった」
斉彬は先ほどの自らの行為を反省してうなだれた。
『とはいえ、それを責めても仕方あるまい。ナリアキラ、お主はただひたすら前を向いて戦うのが向いておる。自分ひとりの判断で動くな』
「悔しいが、その通りだ。野球部時代にも同じ事を言われた」
斉彬は腕を組んでうんうんと頷いた。
「なるほど、わかってきたぞ」
徹があぐらをかき、腕を組んだ。
「つまり、俺たちに欠けてるのは全体を見渡して的確に指示を出せる指揮官、というわけだな?」
『そのとおりじゃ。よくわかったな』
「まあ、あそこまでヒントを出されたら誰だってわかるさ」
「じゃあ、指揮官はメリュジーヌってことでいいな?」
慎一郎が提案した。皆、それに同意したようで頷く。
『いや、わしは指揮官にはならぬ』
「どうして?」と、こより。
『理由はいくつかある。まず、わしは身体を持たぬ。自由に動かせる身体がないのはいざというとき不利になることはあっても有利に働くことはないだろう』
「なるほど。一理ある」
厳密にいえばメリュジーヌは召喚したての時のように慎一郎の身体を動かすことができる。しかし慎一郎が自分の身体を勝手に動かされることに難色を示して以降、慎一郎の身体をメリュジーヌが動かしたことはない。
『二つめはわしが“王”であるということじゃ。これは人間だけでなく竜人にも言えることなのじゃが、王の命令があるという時点で多くの者はそれに満足してしまい、思考停止に陥ってしまう。じゃからわしは竜の軍勢を率いる場合でも直接の命令は下さず、必ず司令官をおいておった』
「へぇ、そんなもんか……」
「王様なんて今まで身の回りにいたことないから、よくわからないわ」
慎一郎と結希奈はお互い見合わせながらそんな感想を漏らしている。
『最後に、これが最も重要なのじゃが、わしは厳密にはこの〈竜王部〉の部員ではない。この学校の生徒ではないからな。やはりこの一行の指揮権は部員に持たせるべきで、わしはあくまで助言の役割を持つべきであると考える』
「なるほどね。そうすると指揮官は……」
「おれはお前がいいと思うぞ、徹」
慎一郎の推薦に徹は首を振った。
「俺? 俺はダメだ。いや、俺に限らず後衛陣は魔法を使うことに集中しなきゃいけないから、ここ一番の判断には向いてない。せいぜい注意を喚起するくらいだ」
『うむ。わしもそう思う。古来よりパーティの司令塔といえば前衛と相場が決まっておる。自ら先頭に立つものにこそ人々はついて行くでの』
「となると……」
徹を始め、部員達の視線が一斉に慎一郎へと向く。
「え……おれ?」
驚いた様子で自分を指さす慎一郎。
「まあ、部長だしな」
「結構適役だと思うわよ」
「わたしもそれでいいと思うわ」
「頼んだぜ、
部員達はメリュジーヌの提案に乗ったようだ。しかしそれで慎一郎にははいそうですかと受けるわけにはいかない。
「いや、ちょっと待ってくれよ。おれも斉彬先輩と同じく戦士だぞ? 今メリュジーヌは先輩に戦うことだけを集中しろって言っただけじゃないか」
『ナリアキラは司令塔には向いておらんでのぉ。一目でわかるわい』
「ああ。オレもそう思う。我ながら人の上に立つのは向いてない」
がはは、と自分のことなのに豪快に笑う。
「いや、しかし……」
慎一郎は自分も司令塔には向いてないと思った。あまり積極的に動くタイプではない。この地下迷宮にこうしているのも成り行きと徹に引っ張られてのことだ。
『大丈夫じゃ。お主ならできる。それにわしがついておる。お主と同じ視野で、お主の助けとなるよう助言しよう』
メリュジーヌの瞳は真剣だった。それは〈念話〉の映像越しでもわかる。メリュジーヌの期待を裏切りたくない。そう強く感じた。
「……わかったよ。これからはおれが指示を出す。けど、間違っていると思ったときは遠慮なく言ってくれ」
「ああ、任せておけよ、相棒」
徹が慎一郎の肩を叩いた。その他の部員達も優しい目で慎一郎を見ている。
できる限りやるしかない。慎一郎は責任感と共に決意を新たにした。
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