こより3
三人とメリュジーヌはこよりの案内をすることにしたが、〈竜海の森〉をのぞき、北高にそれほど特徴的なスポットはない。〈竜海の森〉も神社と木があるだけでそれほど案内すべきものもなく、また生徒の森への立ち入りは禁止されている。
そういうわけなので二年生の教室や特別教室、体育館や武道場、プールなどを案内してすぐに転校生への学校案内は終わってしまった。
「案内してくれてありがとう。明日にはこの学校の制服が来るはずだから、来週の初登校の時にはみんなと同じ制服だよ」
「それはそれで惜しい気がするなあ」
そんなやりとりの後こよりと別れ、本題である迷宮探索を行うことにした。
「予定よりちょっと遅くなったけど、まだ昼前だ。じゅうぶん時間はあるな」
一行は少し遅くなったが、いつものほこらの入り口から迷宮へと潜っていった。
迷宮に入った最初の部屋。徹の出した明かりを手がかりにこれまでのマップを皆でのぞき込んで、これからの計画を立てる。
「まずは昨日の小部屋を目指そう。そこで昼食だ。いいよな、メリュジーヌ」
『うむ。結希奈のお手製弁当が楽しみでたまらん』
「あはは……。本当にそればっかりなのね」
慎一郎、徹、結希奈の順で地下を進む。途中、何度かモンスターと遭遇したが、問題なくこれを撃破、昨日よりも速いペースで蛾のモンスターが巣くう部屋の制圧まで成功した。
「それじゃ、動物よけの結界を張るぞ」
徹が鞄からプラスチックの杭を取り出し、部屋の周辺に刺していく。キャンプなどでも使われる、動物よけの結界だ。動物や弱いモンスターが近寄らないようにしてくれる、ドラッグストアなどでも売っている便利なアイテムだ。
杭を何本か刺すとそこに囲まれた範囲が淡く光り出す。これで力の弱いモンスターはこの中に入ってこられなくなる。
『弁当じゃ、弁当じゃ! さあ、早う弁当を出すのじゃ!』
メリュジーヌが待ちきれないとばかりに結希奈の鞄の中を覗く。
『待ってました!』
結希奈は部屋の地面にレジャーシートを敷き、大きめのバスケットから弁当箱を四個、取り出した。
「さあ、召し上がれ!」
言いつつ、弁当箱の蓋を開けると、それを見ていた竜王と男性陣から歓声が上がる。
唐揚げやコロッケなどのフライ、ゆで卵やだし巻き卵。サラダは色合いを考えて盛り付けられている。炒め物などは取り分けがしやすいように小分けになっているなど、気遣いもバッチリだ。別のバスケットにはいなり寿司やおむすび、色とりどりの具材を挟み込んだサンドウィッチ。
「これは……すごい……思ったよりも……」
慎一郎が生唾を飲み込むのも不思議はないだろう。
「お水もあるわよ」
そう言って、水筒を取り出し、中の水を紙コップに注ぐ。水には少し色がついていて、ただの水ではなく、何かの味付けがしてあるようだ。
『は、早く弁当にしよう。わしはもう我慢ができん!』
メリュジーヌがよだれを垂らして結希奈お手製の弁当をのぞき込む。メリュジーヌの姿は〈念話〉を通しての立体映像なのに芸が細かい。
「いただきます!」
バスケットを取り囲んだ慎一郎と徹がそれぞれおかずに手を伸ばす。
『待て……』
「どうしたジーヌ? 手ならちゃんと拭いたぞ」
と、軽口を叩いた徹だったが、メリュジーヌの真剣な表情に口をつぐんだ。
『聞こえぬか……?』
「聞こえる? 何が……?」
「……!!」
ずん、ずんと腹の底に響く重低音。よく見てみると地面が小刻みに揺れ、紙コップの中の水に波紋が出来ている。
周期は一定していないが、その音は確実に大きく――近くなっている。
慎一郎はすかさず立ち上がった。周囲を見渡していつでも動けるように中腰の姿勢になり、両手は左右の腰にぶら下げている剣の柄に添えている。徹は先ほど張った結界が機能しているかどうか確かめている。結希奈は今出したばかりのバスケットを鞄の中に片付けた。
音は部屋を回り込みながら、しかし確実に動いている。何か重いものが重いものにぶつかっている音。それと同時にモンスターの悲鳴とおぼしき声が聞こえてくる。
『近いぞ……!』
その音はどんどん大きくなり、部屋の揺れは気を抜くと倒れてしまうほどにまで大きくなっている。音の主は周囲のモンスターを蹴散らしながら、確実にこの部屋へと向かっているようだ。
徹が呪文の詠唱を始めた。〈副脳〉を使ったスクリプトではなく、呪文詠唱による魔法。相手にどんな魔法が効くかわからないが、しないよりはマシだろう。
剣を構えて臨戦態勢の慎一郎の身体が淡く光る。結希奈が〈
『来る……!』
その声と同時に何かの影がちらりと見えた。鞘から剣を抜き、その影に斬りかかる。が――
「……!!」
人影が見えた。とっさに振り上げる剣を止める。
「……………………」
剣は相手の額を切り裂く直前で止まっていた。彼女の前髪が一房、はらりと落ちる。
慎一郎の目の前には岩のかたまり。こちらも目の前数センチのところで静止していた。その岩は相手の女子生徒の拳全体を覆っている岩だ。
「……………………み」
「み?」
「みんなぁ、探したんだよぉ……!」
お互いの武器を目の前に突きつけ合っているという状況で、驚くほど脳天気な声を上げるセーラー服の少女。その一声でその場に居合わせた生徒達の緊張が一気にほぐれる。
「こよりさんじゃない? どうしたの? 何でこんな所に……?」
発動直前の魔法を破棄した徹が部屋に突然現れた闖入者に目を丸くしている。
そう、轟音を撒き散らせながら地下迷宮をこの部屋までやってきたのは先ほどまで一緒にいて学校の案内をしていた細川こよりであった。
「何でじゃないわよー。辻先生に挨拶をして帰ろうと思ったのに職員室の場所がわからないから聞いておこうと思ったら、こんな所に入っちゃうんだもん。わたし、びっくりしちゃったわよ」
「いや、びっくりしたのはこっちですよ……」
げんなりした様子の慎一郎。慎一郎達が間違ってこんな所に入ってしまったと思い込んだこよりは後を追いかけ、地下迷宮に入ったらしい。
「間違えてって……」
天然気味な年上の女子生徒に呆れながらも、こよりの手にくるまれた岩に気づく。
「あっ、これ付けたままだった。どうりで肩が凝ると思った。えへへ」
そう言って腕を振ると両腕に着いていた岩は粉々に砕け散った。それを見る下級生達の視線に気づく。
「あ、これ? うふふ、錬金術なの。わたしの前の学校、錬金術科ってのがあってね、そこで習ったのよー」
錬金術。それは物質の“相”を変える魔術のひとつである。産業革命以降、黒魔術の隆盛により影を潜めていた魔術だったが、二十世紀前半、世紀の大発明である〈副脳〉の開発により一躍市民権を得、今日では黒魔術、白魔術と並ぶ現代魔術を支える学問となっている。
「こんなこともできるんだから。えい」
こよりはそう言うと地面に手を当てた。するとその部分がまばゆく輝く。こよりが手を離すとその部分がムクムクと膨れ上がる。膨れ上がった土のかたまりはまるで見えざる手でこねくり回されているように次々と形を変え、やがてずんぐりむっくりの小人に変化した。
「ゴーレムのレムちゃんでーす。はい、レムちゃん、ご挨拶」
こよりがまるで指揮者のように手を振ると、それに併せてゴーレムがぺこりとお辞儀をする。
『ほう……!』
「かわいい……!」
結希奈とメリュジーヌ、女性陣がざわつく。
「それじゃ、取り敢えず……一旦戻る? こよりさんを外までおくらないと」
しかし徹のその提案にこよりの表情は暗い。
「それが、実は……」
「あちゃー。こりゃ、完全に塞がってるな」
一行はこよりがやってきた道を逆向きに進み、入り口付近までやってきた。ちなみに、ここへ来るまでにメリュジーヌについての諸々は説明済みである。
『ふうむ……。わしの本体であればため息のひとつでこんな岩、すぐに吹き飛ばせるが、お主らの力では無理そうじゃのぉ』
入り口の小部屋に通じる道は大きな岩で完全に塞がれている。こよりがここに来る途中、モンスターと戦った際に崩れて――崩してしまったらしい。
「細川さんのあの……ゴーレム? あれじゃダメなんですか?」
慎一郎の問いにこよりは首を振る。
「なら、仕方ない。当初の予定通り、先に進もうぜ。別の出口があるかもしれない」
『まあ、それしかあるまいな……』
「わたしのドジのせいで……ごめんね?」
これまで結構派手に戦っていてもびくともしなかった地下迷宮を一部とは言え崩してしまったのが果たしてドジという範疇に収まるのかと思ったが、ここでそれを指摘しても仕方がない。〈竜王部〉は新たな同行者を得て、迷宮探索を続行することになった。
「わかった。それじゃ、先に進もう」
慎一郎の号令のもと歩き出した。その時――
くぅ~。
腹の鳴る音。
『わ、わしではないぞ! わしは食うのは好きじゃが腹は空かん!』
皆の視線が一斉にメリュジーヌの方へ向き、メリュジーヌは抗議の声を上げる。顔が赤くなっているのは芸が細かい。
「あれ? えへへ……。お昼、まだだったから」
とは、こよりである。
「そういえば、おれ達も昼飯、食ってなかったな」
「お弁当、ありますよ。こよりさんも一緒にいかがです?」
『うおー! 待ってました!』
結希奈が鞄からバスケットを取り出す。中断していた昼食をここで再開することと相成った。
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