北高竜王部2

「お待たせしました。天丼とシチューハンバーグ、山盛りポテトフライになります。ドリンクバーはあちらになりますので、ご自由にどうぞ」


『お待ちかねの時間じゃ! シンイチロウよ、早う食え! まずは天丼からじゃ!』

 いつものファミレスでウェイトレスが注文した品を持ってくると、メリュジーヌは自分の欲望を早く満たせと慎一郎の脳内で騒ぎ立てる。


「はいはい、わかりましたよ」

 そう言いつつも迷宮探索で腹を空かせていた慎一郎はメリュジーヌに指示されるままぱくぱくと料理を口に入れていく。


『給仕よ、おかわりじゃ! おかわりをもってまいれ! それとこの、チョコレートパフェなるものも追加じゃ!』


 メリュジーヌの声はウェイトレスは聞こえない。仕方なく慎一郎が代わりに追加注文をした。しかし、予算の都合上おかわりはなし、パフェはアイスクリームだ。それ以降はドリンクバーで我慢してもらう。こちらも切実だ。


『むふーっ! うまい! アイスとやらもじつにうまい!』

 とはいえ、アイスでも十分気に入ったようだ。




「では、今日の反省会を執り行うとしよう」


 メリュジーヌの食欲――実際食べているのは慎一郎だが――が一服したところで徹が切り出した。


『それじゃ! 反省じゃ! わしは情けないぞ。かような雑魚モンスターにあそこまで大騒ぎするとは! 竜王の従者たる自覚がなっておらん!』

「いや……いつおれがお前の従者になったんだよ……」


『特にシンイチロウ! あれは何じゃ! あんなネズミを前に腰を抜かすなど!』

「ぬ、抜かしてないっ……!」


『お主達にはまずモンスターと戦うための心構えからじゃな……』


 二人にとって初めてのモンスターとの戦いは万物の頂点に立つ竜王にとって憤懣やるかたないものであった――当然のことだろうが――であるらしく、アイスが溶けるのにも気づかず、やれ気構えだのやれ根性だのと高説を垂れている。


「で、今日の反省だけど……」

 あっちの世界に行ってしまったメリュジーヌの演説そっちのけで徹が話を進める。


「まずは準備不足だな。まあ、これは迷宮探索なんてするつもりもなかったから仕方がない面もある。明日行くときは魔法とアイテムの準備を事前に――」


「ちょ、ちょっと待てよ!」

「ん、どうした慎一郎?」


「明日って……明日も行くつもりなのか?」

「いや、当然行くだろ? お前、行かないの?」


「えぇ!?」

「だってお前、あの迷宮、まだ全部制覇してないぞ。奥にどんなものがあるかもわからないのに諦めるのか? 途中でやめるの?」


「いや、しかし……モンスターだっているし」

「そうだな。モンスターは厄介だ。けど、何の準備もしていなかった今日でもモンスターは倒せたんだし、ちゃんと準備をしていけば問題ないだろ?」


「けどなぁ……」

「とりあえず、明日の準備として……。1、いくつかの攻撃、回復魔法を用意しておくこと。2、念のために防具を用意しておくこと。3、ドラッグストアで使えそうなアイテムを買っておくこと。これくらいかな?」


 徹が指を一本ずつ立てながら明日の計画を提示していると、そこに割り込む声があった。


『ええい、わしの話を聞けー!』

 ひとり戦いの心得について高説を垂れていたメリュジーヌだ。

「あ、戻ってきた」


『まずは武器が必要じゃ。魔法だけの戦いなどソースのないハンバーグに等しい。トオルよ、お主の家から剣を持ってまいれ。そうじゃな……取り敢えず三本あれば良かろう』

「いや、その例えはどうかと思うが……剣についてはわかった。用意しておこう」


『と、いうわけで……ハンバーグセット追加じゃ! この和風ソースとやらを試してみたい!』

「却下だ!」


 なし崩し的に明日も迷宮に行くことになってしまったが、メリュジーヌのおかわりの主導権だけは取り戻すことができた。




「んじゃ、反省会はここまでって事で……。ここからが本題」

 仕切り直すように徹が話し始めた。

「今のが本題じゃなかったのか?」

「まあね。今日の迷宮探索でちょっと思いついたことがあるんだ」

『ほう、聞こうではないか』


「今後、迷宮探索を進めていく上で――」

「やっぱり迷宮探索は決定事項なんだな」

 ため息をつくが、もう半分諦めている。こうなった徹にはもう何を言っても無駄だとは短い付き合いだがよくわかっている。


「迷宮探索をする上で、拠点が何よりも必要だと思うんだ」

『ほう、拠点』

 メリュジーヌが感心したように頷いている。


「そう、拠点。道具屋防具を用意するにしても、ジーヌの言うように剣を持ってくるにしても、それらの置き場所や、今日みたいに対策を考えたりする場所が必要となるわけだ」

「確かに毎回ファミレスじゃ迷宮攻略の前におれの財布が死滅するからな」

 慎一郎にとってはメリュジーヌの食欲は死活問題だ。


『わしはファミレスでも一向に構わんぞ』

「メリュジーヌ、おまえには『働かざる者、食うべからず』という言葉を教えてやる」

 頭を抱えたくなる慎一郎だが、当のメリュジーヌには全く響いていない。


「で、だ。校内で活動する拠点を構えるために部室を確保しなければならない、というわけだ!」

 徹が言い放つ。


『部室……つまり、わしらの城というわけじゃな。よい、実によい。男子たるもの、一国一城の主を目指さねばなるまい。さすがは我が従者じゃ』


「部室……あっ!」

 言われて思い出した。


「そういえば本来なら部活見学をするはずだったじゃないか! どうするんだよ、見学は明日までだぞ。明日一日で全部見学できるのか?」


「いや、もう部活は見学しない」

「……は? どういうことだ?」

 徹の言に慎一郎が疑問を呈する。


「ふっふっふ……。ここからが本題だ」

「お前、さっきも本題だって言ってなかったっけ?」

『トオルよ、そなたは話が長いのが欠点じゃな。早う話せ。わしは腹が減ってきたぞ』


 今まで食いまくっていたのはどこのどいつだ……と言いそうになり、食べていたのは自分だと思い出して慎一郎は少し悲しくなる。


「聞いて驚くなよ。俺たちの新しい部を立ち上げる!」

 ばばーん! という効果音が鳴りそうなほどの表情でそう言った徹だったが、聞いている二人にはそれほど響かなかったようだ。


「はぁ? 何だそのひと昔前のライトノベルみたいな展開?」

『ライトノベルとは何じゃ? うまいのか?』

 ……今のは聞かなかったことにしよう。


「まあ聞け。俺たちの目的は迷宮探索だ。そのための拠点がいる。しかし、既存の部に入部したのではその部の活動を行わなければならないという、大問題が発生する」

「まあ、部活動だからな。活動するのは当然だ」


『ライトノベルとやらを食わせろ!』

 相変わらず食欲に直結するメリュジーヌは取り敢えず放置。


「そこで、迷宮探索を主目的とする部活動を立ち上げればいいという結論に達したというわけだ!」


「いやいや……学校に迷宮のことを言うのか? 立ち入り禁止にされちゃうんじゃないのか?」

 もっともな慎一郎の疑問。しかし徹はそのことに対する答えも用意していた。


「そこはダミーの目的を掲げておけばいいんだよ。例えばだな……そう、メリュジーヌとともに中世ヨーロッパの文化を研究する部というのはどうだ? 名付けて〈竜王部〉!」


『〈竜王部〉! 騎士団のようなものか? 竜王の名を冠する騎士団と城……。ふっふっふ。トオルよ、そなた、なかなかにわかっておるではないか』


 そう言われてみると悪くない。名前はともかく、放課後に自分たちだけの秘密基地が存在するというのは男子ならば誰でも夢見る事柄ではある。しかし――


「けどさ、部員はどうするんだ? 二人じゃいくら何でも部とは……」

『わしもおるぞ!』

「ふっふっふ。これを見ろ」

 そう言って徹が前のめりで差しだしてきたのは生徒手帳。その後半のページをパラパラとめくり、慎一郎に見せる。


「校則のここによると、部の申請は一人からでも行うことができるとある。つまり――」


『わしらだけでも〈竜王部〉の設立は可能、というわけじゃな!』

「そういうことだ、ジーヌ!」


「はぁ……わかったよ。じゃあ、明日は迷宮に行く前に部の設立申請だな」

「おうよ! さすが慎一郎。物分かりがいい!」

 それは物分かりがいいのではなく、諦めがいいというのだと、慎一郎は心の中で嘆息した。




「それじゃ、申請書類は明日の放課後までに俺が用意しておくからな」

「わかった。頼んだぞ、徹」

 ファミレスの前。辺りはすっかり暗くなっている。それもそうだ。下校時間を過ぎてからファミレスに来て、1時間も話し込んでいたのだ。

 徹にはずっと家から〈念話〉で早く帰ってこいのコールが鳴っていたらしい。ずっと無視していたのだが、もう限界だということで足早に帰って行った。


「今日はいろんな事がありすぎた……」

『そうじゃな……。ゆえにわしは腹が減ったぞ!』

「お前、すっかり腹ぺこキャラになってるな……」


『ドラゴンの巨体を維持するためには食事が必要なのじゃ。食え。さすれば成長せん!』

「精神だけ召喚されたって言ったのはお前じゃないか……まあいいや、帰るぞ」


『今日の夕食はビーフシチューとポテトサラダじゃ。楽しみじゃのぉ』

「な、なんで知ってるんだよ!?」

『昼間のうちに母上に〈念話〉してリクエストしておいた。母上も夕食のリクエストがあった方が良いと喜んでおったぞ。シンイチロウよ、そなたもたまには親孝行せい!』

「お前……そういうことを勝手に……。まあいいや。帰るか」


 どうも最近、ため息が増えたように思う慎一郎だったが、こんなものは序の口でしかないことに彼はまだ気づいていなかった。

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