アンダーガールズ ー悪名高きアイドルたちー
大黒 歴史
水曜日の午後、啖呵を切られた
「あれだよ、あれ!」
きれいな金色の髪が、ふわっとなびく。その春風の流れにも似た無邪気さで、振り返ったその顔はニッコリと笑っている。
「あれ、ですか?」
「そうだよ」と言って、クロは立ち止まる。
「金髪だけど、クロ」と言っていた彼女は二年生。どことなくあどけなさを残しつつ、笑顔がとても柔らかいのだけど、まれに真顔になったときの目は鋭い。
「あれ、ですよね?」
「そうだよ」
クロはもう一度そう返すが、あおいの隣に立ち止まったままでいる。
二人の視線の先にあるのは、部室棟だった。鉄骨が錆びきって赤茶色になった二階建ての建物が二つ、手前と奥にならんでいる。
「クロ先輩?」
クロはあおいの肩にポンと手をのせた。
「じゃ、あとは頑張って」
「……え?」
「ここから先は一人でゆくのだ」
「なんで……」とあおいが問いかけ始めるよりも前に、クロは颯爽とどこかへ駆けて行ってしまった。呆気にとられつつも、その身のこなしの良さに感心する。不思議に思う気持ちもあったが、ようやく目的の場所にたどり着いたという安堵感から、あおいの足が進み出すのは早かった。
二つある内、奥側にある部室棟が目的の場所であるらしい。備え付けられた階段へ向かって、手前側の建物の前を素通りしていく。
ぽつぽつと見える先輩たちの姿を横目に、あおいの背筋がぴんと伸びる。なぜだか分からないが、緊張しているのがバレないように取り繕ってしまう。
目的だった部室棟の方には人影が見当たらなかった。何人かの先輩らしき人たちは近くを通りかかるのだけれど、外付けされた階段に近づく生徒は一人としていない。だからこそ階段を昇ると目立ってしまうのか、背後からいくつかの視線を浴びているような気がした。
クロ先輩に教えられたとおり、二階の一番奥にある部屋の前まで来た。
入り口の扉をノックしてみるが、応答はない。
「すいませーん」
引き戸になっている軽い金属の扉に手をかけてみる。
どうやら鍵も閉まったままのようだ。
「おかしいな。すいま……!」
「なに」
ビクッとあおいの体が震えた。部屋の中からではなく、突然、自分の頭上から声が降ってきたからだった。
「だれ」
震えは止まったが、今度は身動きが取れない。綺羅びやかなアクセサリーに派手なメイク。長い茶色の髪が肩までかかっている。高いところから見下ろすような目つきと言葉少なな問いかけは、あおいが歓迎されていないことを分かりやすく教えてくれていた。
「ここで何してんの」
単なる問いかけであるはずなのに、それ以上の威圧感があった。あまりの迫力に目を合わせることもできず、横にそらす。隣りに続く部室の並びが目に入った。不自然なほどに、誰もいない。手前にあった部室棟の方では人が増えてきたようで、少しずつ賑やかになる。すると余計に
「おい」
「ア、アイドル部に、用がありまして」
派手な姿にあいまって、目の前にいる先輩のそのどっしりとした佇まいは、女戦士のようなたくましさをも漂わせている。
そんな彼女の片方のまぶたが、ピクッと動いた。逆鱗に、触れたのかもしれない。
「ご、ごめんなさい。やっぱりなんでもありま……」
「ここだよ」
“女戦士”は涙目で見上げるあおいを片手で払いのけ、アルミ金属の引き戸を開けた。凄まじい薬品のような匂いが鼻を突く。香水の匂い、だろうか。
「ここで寝るなって言ってるだろ!」
突然の怒声に驚き、あおいは小さな悲鳴を上げて尻もちをついた。錆びついた柵に頭がぶつかり、鈍い音が鳴った。
「んー、おはよう」
ただの床のように見えていたところから、むくっと何かが起き上がる。タオル地の肌掛けにくるまれた人型のもの。
「おはようじゃねーよ」
怒られているのに、それを全く意に介さないようにケタケタと笑っているのは、一人の女子生徒だった。
「んー?」
肌掛けの彼女が寝ぼけ
「アイドル部に用があるんだって」
床においたバッグの中身をゴソゴソとしながら、女戦士が答えた。
「なに」
“眠り姫”の目つきが変わる。ギロっとした鋭い目には、女戦士にも勝る眼力があった。掠れかけた声が低く重く響いた。
あおいはその気迫に口をパクパク動かすのが精一杯で、声を発することすらできなくなってしまう。どうやら立ち上がることもできないようだ。腰が抜けていた。
タオルケットが宙を舞う。
「ぎゃっ!」
丸く固まったタオルケットは、ペラペラの状態よりも攻撃力が高い。瞬間的な痛みで
「じろじろ見てんじゃねえよ」
「ごめんなさい……!!」
驚きと痛みで声が出た拍子に、あおいはその場に立ち上がる。勢いのままに階段まで走り、転がるようにして駆け下りた。
涙目からおそらく何筋かの涙を流しながら、できる限りその建物から離れられるように決死の逃走を図る。春なのに向かってくる風が冷たい。
猛スピードで曲がった角のすぐ先に柱が立っていて、勢い余って肩がぶつかった。痛い。
いつの間にか吹きつける風は止んでいた。
やっとのことで校舎のところまでやってくると、今の出来事が全て嘘だったかのようにとても静かだった。あおい自身の激しい呼吸の音だけが、あれが現実だったと言っている。
ここまでくれば、もう大丈夫なはず。体力を使い切ったように、渡り廊下の小さな階段へすとんと腰を下ろした。校舎の入口に二段だけある、おまけのような段差。持っていたバッグを投げ出して、どうにか息を整えようと下を向く。
やっぱり何かがおかしい、とあおいは思った。
片手で差し出されているのは、500mlペットボトルに入ったビタミンドリンク。さっき初めて知ったばかりなのに、その姿を見るとあおいの気持ちはだいぶ安らぐ。金髪だけど、クロだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます