女子高生が本日正午、未成年者誘拐容疑で逮捕された。

泉 真之介

第1話


7日。



 れーちゃんにストーリーとるの断られた。もー何回目かわかんないけどれーちゃんってほんとマジメ



「ネットに顔をあげるのはあぶないよ」



 あーはいはいまじめまじめ。さすがせーとかいちょーさま


 あたしがふくれたら、れーちゃんはふふふと笑った。れーちゃんは育ちがよろしーから、笑うときは上品に笑う。あたしにはできない



「アップしないって約束してくれるなら、一緒に撮ってもいいよ」

「しない!」



 あたしはれーちゃんと写真をとった。れーちゃんはあいかわらず小顔だしかわいい

 でもとった写真をよく見たら、れーちゃんのウデとかにばんそーこが見えた。こけたんかな?



「ねえれーちゃん──」

「あ、今日は用事あるから先帰るね」



 れーちゃんはニコって笑った


 用事あるから。最近いっつもそう言ってれーちゃんは先に帰る。カレシでもできたのかとさぐってみたがコウカなし。れーちゃんにはかなわん



「あー、うん、わかった」

「スネてる?」

「スネてません。用事ならしかたないし」

菜乃花なのかはかわいいなあ」



 よしよしと頭をなでられた。こーいうとこ、ほんともー、好きだけどきらい





6日。



 鷺ノ宮 れいは優等生で、理想的な生徒会長である。その手腕は前代と比べても圧倒的に優れていて、彼女のおかげで学校自体が良い方向に向かっているのを肌で感じる。


 鷺ノ宮は服飾デザイナーと官僚という異質の夫婦から生まれた子である。父親は現在都心で単身赴任、母親はショーのため海外出張がほとんど。


 つまり女子高生には有り余るほどの豪邸に一人で住んでいるのだが、それを悪用して非行に走ることはない。むしろ学業における態度はすばらしい。生活力もあるようだ。


 意志が強く、謙虚で慎ましい。教師として彼女のような生徒を持つことは、これっきりないだろうと思われる。担任として鷺ノ宮を誇りに思う。



 しかしひとつ、揚げ足をとるような真似だが、鷺ノ宮に関して心配なことがある。


 彼女は人一倍善意が強い。これは大きな長所でもあるし、危うさを秘めた諸刃の剣でもある。


 善意は悪意よりも厄介だ。本人に罪の意識がないのだから。



 鷺ノ宮を鷺ノ宮たらしめるその善意を、彼女自身がしっかりとセーブしてくれることを願う。



記、高校3年4組担任、立花りっか





5日。



 鷺ノ宮はみんなが思うほど高嶺の花ではない。話しかければフランクに応答してくれるし、嫌味なところがない。あとふつーに美人。


 ていうのは全部、俺が鷺ノ宮に惚れてるからの贔屓目かもしれないけど。



「はー今日も美人だよなー鷺ノ宮って」



 せんせーと話す鷺ノ宮を友人が頬杖ついて見ている。気恥ずかしさもあり、何と返したものかと迷って、結局「そうだな」と肯定だけ告げた。



「反応うっす。モテモテの一鹿いっかサマは鷺ノ宮なんて目じゃねーってわけ?」

「そんなんじゃねーよ」

「どうだか」



 友人はヘッと嘲笑を吐き捨てて、スマホに目線を戻した。




 放課後忘れ物を取りに行ったら、誰もいない教室に鷺ノ宮だけが一人いた。寝ていたらしくボンヤリと黒板の方を見つめている。生気がない顔。


 俺はその顔に少し戸惑った。夕暮れだから知らないが、何だか今日の鷺ノ宮は変に見える。目元が薄暗い。



「何してんの鷺ノ宮」

「え? あ……一鹿くんか。びっくりした」



 鷺ノ宮は作り笑いをした。俺がわかるレベルの作り笑いだ。話しかけちゃまずかったかなーと思ったが、もう引けない。言葉を続ける。



「最近寝れてねーの?」

「うん、ちょっとお世話が大変で」

「ああ犬とか?」

「そう。また自分でご飯も食べてくれなくって」



 鷺ノ宮はふわああ、とひとつ大きなあくび。

 俺は無理すんなよと言って、用事が済み次第さっさと教室を出た。ひとりにしてやるべきだと思ったから。



「教室に鷺ノ宮いたわ」



 玄関で待ってた友人に言うと、マジかとちょっとびっくりしてた。まあそりゃ意外だわな。



「犬の世話が大変で寝不足らしい」

「は? 犬?」

「なんだよ、動物の世話ってけっこう大変だろ」

「そうじゃなくてさ」

「なに」

「鷺ノ宮って犬アレルギーじゃなかったっけ」



 俺は首を傾げた。そんなの聞いたことないけど。



「気のせいじゃねーの」

「んー、そうかも」

「うわさを鵜呑みにすんのよくない」

「はいはいわかってるよ」



 それっきり話は変わったが、帰ってよく考えてみたら合宿の時、鷺ノ宮が犬アレルギーだからって言って、なんかのオリエンテーションに参加しなかったような気もする。


 まー気のせいだろうけど。





4日。



 鷺ノ宮先輩に呼び出された理由がわからなくって、私はとまどった。確かにバレー部では劣等生の部類に入るかもしれないし、練習態度も模範的ってワケじゃない。

 けど先輩、ましてや部長に呼び出されるほどひどくはなかったはず。他の要件も考えてみたけど、それらしい考えは浮かばなかった。


 このあいだの練習で、うちのペットショップの手伝いがあるからって言って早退したのがいけなかったのかもしれない。でもそれで呼び出されるのってちょっとリフジンすぎたよね。



 もやもやして待っていたら、時間通りに鷺ノ宮先輩はあらわた。今日も相変わらずきれい。でもなんだか元気なさそうだな。



「ごめんね呼び出して」

「い、いえ。あの、私何かしちゃいましたか?」

「ああ大丈夫。そんなのじゃないよ」



 鷺ノ宮先輩はあのねと話を切り出した。



「最近ペットを飼い始めたんだけど、中々懐いてくれないの。だから佳冢よつかちゃんにアドバイスもらいたくって。佳冢ちゃんのおうちってペットショップなんだよね?」

「はい、小さいお店ですけど……」

「大きさは関係ないよ! 良ければしつけの方法教えてくれない?」



 これは意外。まさかそんな用件だとは思ってもみなかった。


 でも、ううん。しつけるのと懐くのとは別モノなんだけどなあ。鷺ノ宮先輩ってまっすぐすぎて盲目なとこあるから、気づいてないのかも。



「それってわんちゃんですか? ネコちゃんですか?」

「えーっと、ネコかな」



 ネコちゃんか。確かに性格によっては本当に懐いてくれなくって問題児なことあるよね。



「その子の性格によって対応はまちまちになると思うんですけど……どの子にも有用なのはオペラント条件づけですね」



 古典的条件付けとも言うけど、オペラント条件づけの方が耳なじみがある人も多いと思う。


 これはすごく単純だけど有用な方法で、悪いことをしたら怒る、良いことをしたら褒める、を徹底的にするだけ。



「ご褒美を減らすことと増やすこと、罰を減らすことと増やすことのバランスでしつけるんです。でも懐かせたいなら、ご褒美で制御してあげる方が良いと思います」

「ご褒美って例えば?」

「猫砂にトイレできたらごはんを増やすとか、噛んだら撫でるのをやめるとか」



 鷺ノ宮先輩は納得したらしく何度も首を振った。なるほどねと笑うその顔はとても明るくて、私まで幸せになってしまう。先輩って不思議な人だな。



「それにしても先輩がネコちゃん飼ってるなんて意外です。どんな子ですか?」

「ええとね、その子はお金を払って買ったとかじゃなくて、飼い主に虐待されていたのを私が助けてあげたんだ。だからいつもツンツンしてるしよく泣くけど、でもとってもかわいいよ!」



 虐待されていたネコちゃんを! やっぱり先輩っていい人だなあ。そんな先輩に飼われているネコちゃんは幸せものだな。



「ふふ」

「どうしたの、佳冢ちゃん」

「いや、先輩ってステキだなって思って」

「ステキ……?」

「はい。やっぱり先輩は正しくてまっすぐですね。憧れます」



 鷺ノ宮先輩はふにゃっと顔を崩した。口では謙遜を言ったが、褒められて嬉しそうなのが顔に出ている。



「じゃあ早速帰って実践してみるね。ありがとう!」

「はい、頑張ってください!」





3日。



 鷺ノ宮れいは私みたいなチンケなつまらないモブ女にも優しくする。イヤイヤ勿論嬉しいですよ?鷺ノ宮さんは美人だし例え見下されていたとしても気に掛けて貰えるのは大変嬉しゅう御座いますのだけれどね?唯ちょーっと最近鷺ノ宮さんの様子が可笑しいから心配するのはそういう訳では無くって、て言うのはツンデレちっくか知らん。



「え、えっと、鷺ノ宮さん大丈夫?なんか元気ないっぽいから私心配です!なんちって」



 勇気振り絞って話しかけてみたら鷺ノ宮さんはフッと顔を上げた。うわかわいい今日もまつげバッサバサのつるつるお肌にえっろいふいんき。あれふいんきって変換できんぞ。

 鷺ノ宮さんは直ぐに弱々しい笑顔を見せた。



「ありがとう。ちょっとしんどいだけ」

「えっえっ風邪じゃない?いける?」

「うん……えっと、アレの日で」



 あーはいはいはい合点承知アレの日ねアレ。湯たんぽとかカイロとかバファリンとかのアレねはいハイ。



「は、話しかけちゃってごめんねおだいじに」

「うん、その言葉だけでも嬉しいよ」



 鷺ノ宮さんはそういって又突っ伏した。あーコレ放っといてってヤツねはいはい。了解ですモブは黙りますよ〜。



「……」



 心配、だ。鷺ノ宮さんが休憩時間に誰とも話していないのなんて初めて見たから。





2日。



 れいちゃんが消しカスをゴミ箱に捨てずに、床にほおった。


 れいちゃんの指に貼られたばんそうこうの端がはがれていた。


 れいちゃんが授業中に居眠りしていた。


 れいちゃんが爪を噛んでいた。


 れいちゃんがお弁当を持ってきてなかった。


 れいちゃんが歯をぎりぎりと鳴らしていた。


 れいちゃんが用事があると部活を休んだ。


 れいちゃんからラインが返ってこない。


 れいちゃんが電話に出ない。


 れいちゃんのSNSがどれも更新されない。


 れいちゃん、どうしたんだろう。





1日。



「やっぱヘンだよ」



 最初にそう言いだしたのは菜乃花だ。今までみんなも思ってはいたが口に出さなかったのを、菜乃花が言った。そりゃそうだ。部長が1週間も部活を休んでいるなんて異例中の異例。



「……ですよね」



 次に頷いたのは佳冢ちゃん。佳冢ちゃんも先輩っ子だしね。心配するのも無理ない。



「何かあったのかも。ほら、れいちゃんの家ってアレだし」



 冬柄ふつかはこういうとき遠慮なくモノを言うからすごい。でもそれってれいのことをよく見ているからだと思う。冬柄もれいが大好きだから。



「ひとひはどう思う」

「れいの家に行こう」



 間髪入れずに答えた。それが今の私が思いつく最善の方法だったから。


 3人はたじろんだ。でも反対を言うものは誰もいなかった。



「あたしれーちゃんの家しってる」

「なら話が早いね」

「わ、私も一緒に行っていいですか?」

「佳冢もバレー部員じゃん。遠慮しないで」



 満場一致、行くことが決まった。それとさすがに今日はいきなりすぎるので明日にした。日曜だし都合がいいだろう。



「プレゼントも買ってこう」

「いいね! れーちゃんのおうち行ったことなかったら楽しみだなあ!」

「そうですね。それよりも、何事もなければいいんですけれど……」

「変なこと言わないで。きっとれいちゃんは大丈夫だよ」








おわり。

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女子高生が本日正午、未成年者誘拐容疑で逮捕された。 泉 真之介 @izumi_shinnosuke

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