第35話 不敗神話の窮地

 アンダーゲート要塞に侵入したスピーディ一行は、なるべく目立たないようにしながら情報収集に着手する。


 もともと、人が住んでいた要塞を魔族が占拠した状況だ。

元の住人達は労働力や生産者として要塞内で働いていて普通に見かける。

そのため、警戒レベルが高いエリアでなければ人がいても特に不自然ではない。


 要塞化により、要塞から境界をまたいでの移動には大きな制約が課せられているが、要塞内部で活動する限りにおいては厳しい監視はされていない。

つまり、が、要塞内部同士のやり取りは安全と考え監査をしない設計のようだ。


 それならば、目立つ格好や行動をしなければ労働者と区別がつかない。侵入したことが魔族に発覚するまである程度時間が稼げそうだ。


「要塞内には魔王に仕える幹部クラスが二人いるけど、他は魔族兵だけのようね。

 それでも、正面からの直接対決は避けた方がよさそうな感じかな?」


 いくら要塞内に侵入できたとはいえ、正面からの直接対決は避けるべきだろう。


「何とか要塞機能を無力化して、幹部達の隙を突いてねじ伏せないとダメね」


 引き続き魔族の情報収集を進めつつ、絶好のタイミングを待つこととする。


――――


 視点を魔王軍へ移そう。魔王軍側はまだ、スピーディ一行が要塞内に侵入していることには気づいていないようだ。ナイフ腹心の部下から定時報告が入る。


「勇者パーティからの散発的な攻撃は落ち着いたようです。

 その他、おかしな動きは今のところ見られません」


「そうですね。許可した出入りの記録ルールについては元に戻しておきましょう」


 ナイフは、要塞への攻撃が落ち着いたのを見計らい、記録ルールを元に戻す。


「ふん。勇者とは名ばかりで軟弱な奴らめ。少しは楽しませて欲しいところだな」


 この好戦的な男が魔王四天王、序列第三位のカールだ。魔王には従順だが立身出世欲が高く、さらなる高みを目指している。


 特に戦闘面において活躍の場を見出し、隙あらばバールやナイフを蹴落とそうと考えるほどの野心を持ち合わせている。


 魔族と人族の大規模衝突はついこの間まで 50年以上起きていなかったが、種族内の権力闘争はたびたび起きていた。

そこで功績をあげ、『不敗神話』と呼ばれるほどの立場を手に入れている。


 ここまで勝ち抜いて来た理由の一つに、権力闘争のさなかに入手した『ルーの槍』の効果もあるだろうが…油断できない相手でかなりの強敵だろう。


「このまま待ちぼうけは耐えられんな。人質を取って煽ってやるのもよいかもな!」


 魔王軍内ではまだ今後の戦術について意思統一が取れてないようだ。


――――


 話をスピーディ視点に戻そう。要塞内の人から情報収集を行った結果、カールを見かけることはよくあるが、ナイフを見かけることはほとんどないらしい。おそらく、要塞奥にある作戦室にこもっているのだろう。


 逆にカールは時間を持て余しており、いろいろといざこざを起こしているようだ。

それであれば、二人を分断しておき各個撃破が望ましいと対応方針を決める。


 そして、なるべくこちらの被害を少なくするためにまずはカールに奇襲をかけ討伐するのがよさそうだと考えをまとめた。


 そして、ついにそのタイミングがやってきた。


――――


「おい、お前達何者だ! 不敗神話のカールと知っての狼藉か?」


 スピーディ一行は、魔王四天王の一人であるカールと対峙する。

右手には『ルーの槍』が握られている。必殺の槍と名高いこれを使われてはまずい。


『不敗神話』と呼ばれるほどの男だ。油断している今がチャンスな気がする。


「とにかく先制攻撃よ。いきなり『カミカゼ』!」


 マヤの『カミカゼ』による先制攻撃で、ルーの槍ごとカールの右腕を切り落とす。


 よし、この勢いで連続攻撃だとスピーディ一行がたたみ掛けようとしたその瞬間、信じられないことが起きた。


「あれ、戦っていたはずのカールがいつの間にかいなくなっている!」


 このまま戦いを続けるのは不利だと悟ったためか、目にも止まらぬ速さで逃げ出しスピーディ一行は取り残される状況となった。


のカールじゃなかったの?。いったいどうしろと…」


――――


 カールは、スピーディ一行が行動を予測できないほどの速さで逃げ出していた。

そして、落ち着いたところで現状の分析を始める。


 切り落とされた右腕は魔力を使い再生が開始されているが、さすがにルーの槍は勇者達に奪われてしまったので返ってこない。


「いきなり捨て身の攻撃魔法をぶっ放すとは…あいつら頭大丈夫か?」


 カールは、ではあったがではなかった。


 大半の相手には特に問題なく勝利してきたが、歴戦の中で自分より強いもの、相性が悪いものがいない訳ではなかった。


 そんな時には、フェードアウトして、自分の負けにならないよう切り抜けることを得意技としていた。『』の由来はここからきている。

いわゆる、意図してを引き起こし他人に押し付けまくるクズ野郎であった。


「奇襲に驚いて思わず逃げてしまったではないか。それでも、逃げたことにされてはたまらんな。そうだ、ナイフをうまく呼び出していつも通り押し付けてしまえば俺の負けにはならない。よし、この作戦で行こう!」


 カールは、アンダーゲート要塞のためではなく自分の保身のため行動を再開する。


――――


 カールに想定外の速さで逃げられたスピーディ一行は、頭を抱えながら作戦変更を余儀なくされる。


「いきなり逃げまくりよって、どこ行ったかわからんとかありえへん」

「こげなこすい奴、見たことないじゃ」

「どえらいおおちゃくい人がいるから、私の計画プロジェクトがわやだでかんわ」


 普段は冷静なフランソワーズが、いつになく激おこ状態だ。過去、無責任な人にあたっていろいろと苦労してきたのだろう。


 マヤは、少し悩み一つ妙案を思いつく。


「いいことを思いついた!トレイン野郎を引きずりだして、動きを止めてみせるわ。みてらっしゃい!」


――――


 そう、マヤは気づいてしまった。この世界のシステムは少し古いがネトゲみたいなものだ。ステータス画面が存在して、様々なパラメータが数値化されている。


 ということは、

つまり、該当エリア内のメンバーに一斉通知を行う仕組みが存在すると推測する。


 具体的には、UNIX でいうところの wall コマンド、Windows でいうところの msg コマンド、ネトゲのシステムだと緊急メンテナンス連絡の仕組みが実装されていた。


 これをうまく使ってやれば、逃げ回っているカールをおびき出すことができるのではと考えた。


 マヤは、操作を行い以下のメッセージをブロードキャストする。



「【緊急】四天王第三位のカールが宝具を持ち出して人間側に寝返った」



 マヤの操作によって、アンダーゲート要塞内のメンバー全員にプッシュ通知が飛ぶ。


 ちなみに、今回メッセージの送信に利用した仕組みは脆弱性を突いた訳ではない。標準でこの異世界システムに実装されている機能だ。


 もっとも、こんな使い方ができると知っているのはこの世界の神様くらいで、一般ユーザが存在に気づいて利用することは全くの想定外だ。


 しかし、このメッセージのおかげで魔王軍は大混乱に陥ることとなる。

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