第2話 まずは先立つものがないと
うーん。知らない天井だ…。
どうやら神様とのやり取りの後、異世界で転生したらしい。
外見や知識は元のままで、この集落の住人として目覚めたようだ。
もしかすると転移なのかもしれないが、昔からこの集落に住む『マヤ』として扱われているようだ。あまり深く追求して不自然に思われるのは得策ではない。まずは状況を把握しよう。
そして、しばらくすると母親らしき人物から声をかけられた。
「マヤ、目が覚めましたか? そろそろやりたいことが決まりましたか?」
この世界では 15才から成人で、親から独立して活動するのが普通のようだ。
神様に呼び出されたときに言われたことを思い出す………。
確か『魔王を倒したら努力を認めて元の世界に戻してあげる』だったかな?
景色を眺めると、中世ヨーロッパ風の雰囲気で文化レベルは数百年前の印象だ。
こんな電気もネットもない世界は絶対嫌っ!!!
早く元の世界へ戻ってネトゲの続きをしないと!!!
マヤの心の中で、やりたいことのイメージは確定した。
そして元の世界に戻るため、『魔王を倒すつもりだ』と宣言することにする。
「母様、それでは勇者になって、魔王を倒します!」
あまりにも突拍子のない宣言のためか開いた口が塞がらない様子だ。それでも
なんとか冗談ではないと受け取ってもらえたようで会話が再開される。
「そうですか。それでは冒険の準備に必要な資金を提供します。1000G 用意します。ここはマヤの家なのですから、辛いときはいつでも戻ってきなさい」
とりあえず、当面の冒険に必要な軍資金を得ることができたようだ。
この世界の貨幣単位は、
決して少ないとは言わないが、冒険を続けるための資金としてはかなり心許ない。
お金で全てが解決できる訳ではないが、お金がないことにはスピーディな展開は期待できないだろう。
まずは、この世界の事をいろいろ調べてどういうシステムを理解しないと!
最低限の装備を整え、集落の人に聞き込みつついろいろ試してみよう。
――――
噂では南西の最果てにある魔族の住処で魔王が復活して、それに合わせて周辺の森などで魔物の凶暴化が始まっているらしい。
今のところ実際に魔族が人間の世界に攻めてきたみたいな話はなく、現状は漠然と不安が広がっているものの喫緊でどうこうという話ではなさそうだ。
言いかえれば、じっくりクエストをこなしレベルアップをしろということだろう。
小さな集落で、商店は武器、道具屋を兼ねた『何でも屋』一つしか存在しない。
当然、大したものは扱っておらず、ここでは最低限の装備を揃えて戦闘の仕方などを覚え、さっさと最寄りの都市まで向かうのがよさそうだ。
――――
そして、転生前の世界と違いこの異世界には魔法があると情報を得た。
具体的にどうやって会得できるのかと言うと、各スキルにレベルアップ時に得られる『スキルポイント』を割り振ることで能力を使うことができるようになる。
スキルポイント割り振りで会得できるスキルには魔法だけでなく様々な技術があるが、スキルポイントは 1レベルの上昇で 1ポイントしか獲得できない。
また、スキルポイントは一つの技術に対し最大10ポイントまで振ることができる。
「つまり、スキルポイントの振り先と値の大小が個性や職業に関わってくるのね。
魔法剣士も捨てがたいし魔導士もいいわねー」
魔王を倒すのが目的と考えると、鍛冶師や治療師を目指すのは不適切だろう。
今後方針変更する可能性はあるが、攻撃中心にスキルを会得するのがよさそうだ。
ちなみに、最初から持っているスキルはないのかなと確認してみると…自分の能力を確認する『ステータス』があった。
早速スキルを使用してみる…。何だか 8ビット機のゲームみたいな感じだ。
――――――――――
名前 : マヤ
性別 : 女
年齢 : 15
LV : 1
HP : 31
MP : 6
攻撃 : 2 (2+0)
防御 : 4 (2+2)
素早さ: 4
所持金: 1000G
スキル: ステータス
武器 : (なし)
防具 : ぬのの服
頭 : (なし)
盾 : (なし)
――――――――――
なんと、この世界では魔法によって完全キャッシュレス化が実現されている。
金貨や銀貨を一切持ち歩く必要がない。ビバ魔法!!!
クエスト報酬の受け取りや支払いは各個人口座で自動的に処理され、生体認証の仕組みがあるようで勝手に他人に入出金される心配はない。
そして、転生前にはなかったものとして他に『アイテムボックス』が存在する。
この世界の人は、誰でもアイテムボックスを持っている。
そして、その中に一人 20個までアイテムを収納することができる。
アイテムボックスに入れているものは、見た目では他人に存在がわからない。
そのため、仮に盗賊に襲われたり死んだとしても中身を失うことがない。
装備しているものについては、他人から存在は見た目でわかるはずだがアイテムボックス同様の取り扱いらしい。他人や魔物に装備品を奪われることはないようだ。
それならば、一人 20個などと言わずアイテムボックスに収容できる個数を増やすことはできないかと聞きまわったのだが、残念ながらこの集落で知っている人はいなかった。これは別途情報収集をすることにしよう。
そしてもう一つ。薬草やポーションなど『回復系アイテム』は先ほどの一人 20個とは別カウントで持つことができる。そして、保持できる回復系のアイテム数は種類別に255個まで持つことができるようだ。回復アイテムでアイテムボックスが塞がらないのはとても素晴らしい。
「私って異世界からの転生者よね!チートなスキルとかないのかしら?」
しかし残念ながら、マヤには転生者によくある
「転生した時の経緯から言って期待していなかったけど、そんなものはないか…」
無いものは仕方がない。とりあえず、開き直ることにする。
「逆にペナルティがないだけましね。それにしてもこれはなかなかの無理ゲーね」
――――
次は、この魔法世界の移動や戦闘システムについて確認してみよう。
『ステータス』などの仕組みはレトロゲームの雰囲気がぷんぷんと感じられたが、移動や戦闘、クエストに関しては超リアルで、走れば息があがるし、攻撃を受けたり傷を負えば痛みを感じ、当然ログアウトやセーブ・ロードの機能はない。
まず、何でも屋でナイフと薬草を買い込み、町はずれでゴブリンと戦ってみる。
レベル1だと、何とか勝てるが連戦はきついな…。何匹か倒し1レベルあがった。
しかし、少し油断したところ HP が 0 になりあっさりとマヤは死んでしまった。
――――
目を開けると、見知った自宅の天井だった。
死んだら即終了ではなく、集落を守る騎士が救助をしてくれて最寄りの宿泊先まで運んでくれる仕組みのようだ。『魔王を倒すために努力する』ことが目的だとすると、簡単に死なれても困るから救済措置として行われているのだろう。
魔王の城の中で死んでも助けに来てくれるのかは不明だが、多少の無茶はできそうで安心だ。
しかし、アイテムが減ることはなかったが、所持金が半分になっていた!
いわゆる、デスペナルティだろう。無駄死には避けようと心に誓うマヤであった。
――――
自宅に帰れば睡眠を取ることができるが、寝ただけで大怪我が治ることはない。
怪我を治療する設備として『ヒーラー』が存在していて、この集落では初級の回復効果のある『回復の泉』と呼ばれる薬湯が存在する。
回復の泉に 1分浸かることで、HP が 1づつ回復する。その代わりに 1Gづつ所持金が減っていくシステムのようだ。
しかし、所持金が全くなくなった初心者が HP を回復できないと負のスパイラルに陥るため、所持金に関係なく回復は行われ、回復の泉を出たタイミングで所持金が 0を下回っていた場合 0 に戻る救済処置がされるようだ。
こうすることで貧乏人であってもHPだけは回復でき、再起の道が用意されている。
――――
この世界のシステムは大体把握した。そして、マヤは気づいてしまったのだ!
もし、所持金をマイナスにできる回復の泉の中で死んでしまったらどういうことが起きるのかと?
さっそくマヤは所持金を使い果たし、食材として入手した『フグの肝』を食べ回復の泉に突入することにする。
「うっ。気分悪い。これはあかんやつや…マジでヤバい…」
――――
目を開けると、再び見知った自宅の天井が目の前に広がる。
どうやら回復の泉の中で死んで自宅へ戻され、デスペナルティを食らったようだ。
連れてきてくれた騎士様曰く、『回復の泉の中で死ぬとかマジ意味がわからん』と集落中で噂になっているらしい。本当にすみませんでした…。
さて、どうなったか『ステータス』を確認すると………。
――――――――――
名前 : マヤ
性別 : 女
年齢 : 15
LV : 2
HP : 34
MP : 12
攻撃 : 8 (3+5)
防御 : 5 (3+2)
素早さ: 7
所持金: 2000000000G
――――――――――
キタコレ!!
普通の取引で所持金自体がマイナスになることはないが、計算の都合上符号ありで実装されているにも関わらず、所持金を半分にする処理が、なんと論理右シフトで実装されていたのだ。
その結果、符号ビットがリセットされ所持金が大幅なプラスとなり、この世界のシステム上限値に所持金が丸められ 2000000000G となったのだろう。
チェック甘すぎるわー。
「日本円で約 2000億円ね。これで少しは楽にクエストを進められそうね!」
――――
教訓: unsigned と signed の混在には気を付けよう
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