File47:鋼体の悪魔

「……! 来るぞ!!」


 セネムの警告と同時に……大気が振動した。赤銅色の巨人が残像を引く程のスピードで一直線に突進してきたのだ。途轍もない迫力だ。カーミラ達に出来たのは、辛うじてその場から散開する事だけだった。


 直後――地面が爆発・・した。そう形容する外ない凄まじい衝撃。オーガが直前までカーミラ達が居た地点に拳を撃ち込んだのだ。


 ただそれだけで地面が大きく陥没し、発生した衝撃波が全方向に爆散する。



「く……!!」


 カーミラは翼をはためかせて上空に逃れる事で、何とか衝撃波をやり過ごした。だがセネムとジェシカはそうはいかない。


 2人は両腕や武器を掲げて交叉させ、全身で踏ん張って衝撃波に耐える。だが全身を打ち付ける衝撃と苦痛に体勢が大きく乱れてしまう。そこに間髪入れずオーガの巨体が迫撃してくる。まず狙われたのはジェシカだ。


「ギャウッ!?」


 迫ってくるオーガに気付いたジェシカは慌てて体勢を整えようとする。そこにオーガがその巨大な腕を横薙ぎに振るう。冗談抜きに丸太のような質量が唸りを上げて横から迫る。


 ジェシカは地面に顎が着くくらい極端に身を屈めて、オーガの薙ぎ払いを躱す事に成功した。


「ガゥゥッ!!」


 ジェシカはそのまま低い姿勢からオーガの脛の部分を狙って鉤爪で反撃する。オーガは回避行動を一切取らず、ジェシカの爪撃が脛に直撃する。が……


「グッ!?」


 攻撃を当てたはずのジェシカの方が苦痛に呻いて体勢を崩す。オーガの肉体の余りの硬さに、ジェシカの爪撃の方が弾かれてしまったのだ。曲がりなりにも人狼の爪撃が、だ。


 再び空気の振動と共に轟音。体勢を崩したジェシカの身体に、オーガが下から打ち上げるように放った拳が命中した。


「ギャフッ!!」


 ジェシカが血反吐を吐きながら吹き飛ばされる。そのまま弾丸のように吹き飛んで、近くの岩塊に背中から衝突する。衝突した岩塊に大きな陥没と亀裂が入る。



「ジェシカッ!?」

「くそ……!」


 オーガがそのままジェシカに追撃を掛けようとする気配があったので、それを妨害する為にカーミラが上空からオーガの頭上目掛けて斬り掛かる。また地上からも体勢を立て直したセネムが二刀を振りかざして攻撃に加わる。上下からの挟撃だ。 


『―――』


 セネムが神霊光を使うが、デュラハーンにも効かなかったようにオーガも全く怯む様子が無かった。だが接近するまでの僅かな時間の目くらましが出来れば充分だ。


 セネムは霊力を纏わせた二刀を連続して煌めかせ、オーガの肉体を所構わず斬りまくる。そして勿論その間に上から急降下したカーミラが、落下の勢いに体重も加味した刀の一撃をオーガの頭に叩きつける。


 ――そしてその全ての斬撃が、鋼鉄の肉体に虚しく弾かれて終わった。


「そ、そんな……!」

「馬鹿な……!!」


『残念だったな。お前らに俺は倒せん。俺の口の中を攻撃するのは難しいぞ?』


 呻くカーミラ達をオーガが嗤う。恐らくあの鉱物ワニとの戦いも見ていたのだ。



 そしてオーガの反撃。頭上を飛ぶカーミラを煩い蝿でも追い払うように牽制すると、まずはセネムにターゲットを絞る。


 巨大な拳によるストレートが撃ち込まれる。轟音を上げて迫る砲弾のようなそれをセネムは辛うじて回避。次いで横殴りの殴打が迫るが、それも身を屈める事で回避した。


 そして反撃に二刀を合わせて、身体ごと反動を使って突き入れる。しかしやはりオーガの肉体を傷つける事は出来ずに攻撃を弾かれてしまう。


 オーガは両手を組み合わせると頭上まで振り上げてから一気に打ち下ろした。いわゆるハンマーナックルだ。まともに当たったらセネムは原型を留めない肉塊に変わるだろう。


 セネムは必死に飛び退って回避する。しかし構わずに地面に接触したハンマーナックルは、最初の一撃と同様、地面を大きく陥没させつつ凄まじい衝撃波を発生させた。


「……っ!」


 セネムの身体が衝撃と震動に抗えずに大きく体勢を崩す。そこにオーガがその巨体ごとショルダータックルを仕掛けてくる。まるで巨大な岩の塊がそのまま迫ってくるような迫力。セネムに出来たのは辛うじて武器を交叉させて盾にする事だけ。


「がはっ……!!」


 巨大な質量によるタックルをまともに喰らったセネムも、血を吐きながらゴムボールのように吹き飛ばされてジェシカとは別の岩山に衝突する。



「セネム! く……」


 1人になったカーミラが呻く。ジェシカもセネムも死んではいないがダメージは大きく、すぐには戦線復帰できる状態ではない。


 カーミラは咄嗟に上空に飛び上がって退避する。幸いこの空間は天井がかなり高く、飛び回るスペースは充分にある。オーガは見たところ近接戦闘特化型で飛行能力なども持っていないようなので、オーガの手が届かない空中にいればとりあえずは安全だ。……そのはずだった。


『……甘い。甘いぞ、ミラーカ。確かに俺にはデュラハーンやサリエルのような遠距離攻撃の能力は無い。だが……別にそんな物は必要ないんだよ』


 オーガは再び嗤うと、戦闘の余波で散乱した岩の欠片をいくつか掴み取った。


「……っ!!」


 カーミラはオーガの狙いを悟った。顔が青ざめる。慌ててより高度を上げようとするが、その前にオーガの剛腕が恐ろしい速さで振り抜かれた。



 そしてその手から……大きな岩の欠片が、文字通りの砲弾となって撃ち出された!



 大きな岩の塊がカーミラの動体視力を以てしても殆ど視認出来ない程の速度で迫る。カーミラは必死で空中機動を行い岩の砲弾を躱す事に成功するが、そこに間髪入れず次弾・・が撃ち込まれた。


 一発目を躱した直後で体勢が整っていない所を狙われ、身体への命中は辛うじて避けたが皮膜翼を撃ち抜かれてしまう。


「ぐ……!!」


 カーミラの顔が苦痛に歪む。片翼をもがれた蝙蝠はあえなく地面に墜落する。地に落ちたカーミラが必死に身体を起こした時には、既にオーガの巨体が自分を見下ろす位置にいた。


「――っぁ!!」


 巨大で極太の足による踏みつけ。喰らったら地面には衝撃を逃がせないので、彼女の身体は車に轢かれた蛙のように潰れるだろう。カーミラは半ば本能的な反射によって身体を横に逸らせる。


 直後にオーガの踏みつけによって一瞬前までカーミラが倒れていた場所の地面が陥没し、蜘蛛の巣のように亀裂が縦横に走る。


「くそっ!」


 カーミラは悪態を吐きながらも、横転した体勢からそのまま刀を振るってオーガの脚に斬り付ける。しかしやはり無情にもかすり傷一つ付けられずに弾かれる。そこにオーガがもう一方の足を蹴り入れてくる。


「げふっ!!」


 まるでサッカーボールのように足蹴にされ高速で吹き飛んだカーミラは、岩塊には衝突する事なく、その代わりに何回か硬い地面の上をバウンドして転がった。



「ぐ……げはっ……!」


 血反吐を吐きながらも起き上がろうとするカーミラだが、たった一回足蹴にされただけで相当のダメージを負ってしまった。


 ジェシカやセネムも未だに立ち直れていない。殆どあっという間に『全滅』してしまった。こちらは一応3人おり、充分に臨戦態勢も整えていたにも関わらずだ。先に戦ったデュラハーンに勝るとも劣らない恐るべき強さであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る