File29:『黒幕』

 本来は小さな森である事。霧の結界さえ解ければ湖まで到達するのは容易だ。一行は特に妨害に遭う事も無くハリウッド公園湖……即ち『ゲート』の元に到達していた。


「……っ。これが……『ゲート』」


 今ローラの目の前には、湖上の上空に浮かぶ禍々しい『穴』が存在していた。空中の何もない空間にぽっかりと開いた『穴』……。そこから魔力とも異なる何らかの不快なエネルギーが噴き出しているのがローラにも感じられた。モニカやセネムはこのエネルギーを『邪気』と呼称していた。


 モニカ、セネム、ゾーイ以外の『ゲート』を初めて見る面々は、ローラだけでなく全員が驚愕に見開いた目でその禍々しい『穴』を見上げていた。


 特にローラ自身もそうだが、魔力と親和性の低いセネムやヴェロニカはこの邪気が極めて不快に感じるらしく、盛大に顔を顰めている。


 ローラも直に『ゲート』を見た事で、この代物が絶対にこの世界に存在していてはならないモノだと実感できた。早急に閉じて消滅させなければならない。彼女はモニカの方を振り返った。


「モニカ、これを消滅させるにはどうしたらいいの?」


「私が封印と浄化を行います。霊力を持つ皆さんは私に力を貸し与えて下さい。ミラーカやジェシカさん達は周囲の警戒をお願いします」


 魔力ではこの『ゲート』の封印には向かないという事なのだろう。彼女がそう言うからには特に異論もなく、皆がモニカの指示に従って動く。モニカのサポートにはローラの他、セネムとヴェロニカが就く。それ以外の面々は周辺の警戒だ。




「――ふむ、デュラハーンは敗れましたか。素晴らしい。素晴らしい成長ですよ。流石は『特異点』……いえ、我が娘・・・です」




「「「――――っ!!?」」」


 唐突に……全く唐突に、場違いなほど落ち着いた、それでいてどこか人を食ったような慇懃な男の声が聞こえてきた。


 ローラ達は全員がギョッとして目を見開き、慌てて声の出所を探ろうと周囲に視線を巡らせる。そして……


「あ……!」


 ミラーカが気付いて指差す。彼女が指差す先は……上空・・。より正確には『ゲート』のある辺りだ。全員の視線がそこに向き、そして一様に驚愕に固まる。


「な…………」


 絶句の呻きは誰が発したものだったか。湖上の上空に浮かぶ『ゲート』。その『ゲート』の更に上に当たる場所に、男が1人佇んでいた。いや、佇んでいるという表現はおかしいか。何故ならその男は明らかに空中に浮遊・・していたから……!


 それだけでも驚愕すべき光景だが、最初にここに到達して全員で『ゲート』を見上げた時には、確かにこんな人物はいなかった。『ゲート』の威容に目を奪われていたとは言え、これだけの人数で見上げていたのだから、こんな人物が近くにいれば誰かしら気付いたはずだ。


 つまりこの男は文字通り瞬間移動のようにこの場に現れた事になる。男はやはり慇懃な仕草で、空中に浮かんだまま一礼した。



「ようこそ、皆さん。歓迎致しますよ。私の名はアルゴル。君達が先程倒したデュラハーンの主人・・であり……君達が『黒幕』と呼んでいた人物でもあります」



「……っ!?」


 ローラ達は再度、今度はより大きく驚愕し自分の耳を疑った。『黒幕』。つまりそれは『サッカー』から始まる一連の人外の事件を裏から操っていた存在であるはずで……


 男――アルゴルは空中に浮遊している以外は、至って普通の人間に見える。ローラと同じようなややくすんだ金髪、外見的な年齢は40代後半くらいか。グレーの高級そうなスーツにフェルト帽を被っている紳士然とした姿。


「あ、あなたが……『黒幕』、ですって……? じゃあイゴールやマイヤーズ警部補もあなたが……?」


「勿論です。彼等は実に良い働きをしてくれましたよ。自分達がただの舞台装置……文字通りの噛ませ犬に過ぎないとも知らずにね。ああ、マイヤーズ君など外見からしても噛ませ犬にピッタリでしたね、くくく!」


「……っ!」


 あっさりと認めたアルゴルは、何が可笑しいのか1人で小さく吹き出す。その姿を見たローラの中に瞬間的に激情が燃え上がる。


(この男! こいつが、全ての元凶……!!)


 彼女の脳裏にここ数年の魔物達との死闘の日々が甦る。同時にマイヤーズやダリオも含めて、その事件の裏で犠牲になった人々の事も。



 反射的にデザートイーグルの銃口を向けようとするローラだが、その前に…… 


「ガルルルルゥゥッ!!!」


「ジェシカッ!?」「ジェシーッ!」


 誰が止める暇も無かった。怒りと憎悪の咆哮を上げた彼女は弾丸のように飛び出し、近くにあった大きめの岩を足場にして全身の力で跳躍した。


 憤怒の力に後押しされた凄まじい跳躍で、彼女は一気にアルゴルが浮遊している地点まで到達した。そしてその鋭い鉤爪を振りかぶってアルゴル目掛けて叩きつける――


「ギャンッ!!」


 ――寸前で、見えない何かに弾き飛ばされたように仰け反って、悲鳴を上げながら墜落した。そして派手な水音と共に湖面に落下する。


「ジェシカ、大丈夫!?」「ジェシカさん!」


 ミラーカとシグリッドが慌てて駆け付ける。まだ水深が浅い場所だったのもあって、ジェシカは苦し気に喘ぎながらも水面から這い上がってくる。



「やれやれ、躾のなっていないケダモノですね。父親の影響でしょうか。人の話の腰を途中で折るなと教わらなかったようですねぇ」


「くっ……」


 ローラは歯噛みする。一瞬の激情は彼女よりも激昂して飛び出したジェシカの存在が冷ましてくれた。それに奴がどうやってジェシカの攻撃を防いだのか解らない状態で闇雲に攻撃しても恐らく無駄だろう。


 アルゴルはこうして堂々とローラ達の前に姿を現したからには、彼女達の攻撃を絶対に受けないという自信があるのだ。



 アルゴルは空中で楽し気に両手を広げた。


「彼等だけではありませんよ? 妄執に支配された孤独な老人であるエルンスト・ローゼンフェルトが、『ディープ・ワン』を生み出すだけの研究を行う資金をどこから得ていたと思いますか? あのダンカン・フェルランドがメネス王の墳墓や『エーリアル』の化石の場所を知り得たのは、ただの偶然だと本当に思いますか?」


「……!!」


 因縁のある名前にヴェロニカやゾーイが反応して目を瞠る。


「当時のLA自然史博物館の館長が『アラジンの魔法のランプ』に目を付けたのが偶然だとでも? 『監視業務』中の異星人の注意が、この広い地球で偶々・・LAに向いたのは本当に偶然だと思いますか?」


「……ッ!!」


 セネムもシグリッドも自らが関わった事件に言及されて身体を硬直させる。



「う、嘘よ……。それが全てあなたの仕業だと言うの? そんなの……あり得ないわ! 何なのよ! 一体何が目的なのよ!?」


 そう。それが根本的な疑問だ。それだけの事件で裏から暗躍していた事もそうだが、そもそも何の目的でこんな事をしているのか。到底理解も納得もできる話ではない。


「目的? 目的は勿論この『ゲート』を完成させる事ですよ? その為にはどうしても『蟲毒』が必要なのです。魔物同士を競わせて殺し合わせ……より『毒性』を強め昇華させた『蟲毒』を作り出す必要があったのですよ」


「……!」


 アルゴルの返答に今度はミラーカが目を見開いた。彼女は奴の言っている内容にある程度の心当たりがあったのだ。


「まさか……あの『死神』が言っていた毒というのは……」


「当然。まさにあなた・・・の事ですよ、女吸血鬼。これまで私達が用意・・・・・した全ての魔物と戦い、結果としてそれらを打ち倒す事でより毒性を強め、『蟲毒』として遂に完成したのです。あなたこそがこの『ゲート』を完成させる為の最後のパーツなのですよ!」


 アルゴルがミラーカを指差すと、皆の彼女の方に視線が集中する。ミラーカは何となく予想出来ていたのか厳しい表情を崩さない。

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