File28:意志と覚悟

 そしてローラ達はモニカの口から改めて、このLAで進行している恐るべき事態についての詳細を聞かされたのだった。


「ゲ、『ゲート』ですって? それがこの先の湖に?」


「……そしてそれを閉じなければ、あの悪魔――ビブロス達やそれよりももっと剣呑な奴等が無限に湧いて出てくるという訳ね」


 ローラが目を瞠って森の先に視線を向ける横で、ミラーカが事態の深刻さに低く唸る。


「は、はい。それだけではありません。『ゲート』が完全に開いてしまえば、二つの世界が混ざり合って全く新しい混沌とした世界となってしまいます。それだけは絶対に避けなければなりません」


「で、でもよ。全く新しい世界って何なんだよ? LAはどうなっちまうんだ?」


 深刻な表情で告げるモニカにジェシカが疑問を呈する。しかしモニカはかぶりを振った。


「なにぶん前例がないので私にも確実な事は解りません。しかしあのビブロス達を見れば、それが決して安定した住みやすい世界ではない事だけはお解り頂けるはずです。勿論この街も、この国も……いえ、世界全体が様相を一変させてしまうでしょう」


「…………」


 想像が付かないながら何かとんでもない事が起きるという事だけは解ったのか、ジェシカは何とも言えないような表情で黙り込む。 



「いずれにせよこのまま見過ごす事は出来ないわね……」


「はい。それに奴はこの先にルーファス様がいるような事を言っていました。私はこのまま進みます」


 こんな話を聞いた以上、その『ゲート』とやらを放置するという選択肢は無い。いつ完全に開いてしまうかも解らないとなれば尚更だ。元々ルーファスの救出という目的を持つシグリッドは即座に同意して前進に意欲を示す。というより放っておくと1人で進んでいってしまいそうだ。


 ローラとしてもデュラハーンが言っていた『父親』という言葉が気に掛かっている。彼女はこの場に集った仲間達を振り返った。



「皆、聞いて。私はこのまま湖にあるという『ゲート』を閉じる為に進んでみるつもり。でも正直何があるか解らない。もっと強い悪魔もいるみたいだし、あのデュラハーンは他にも同格の仲間がいるような口ぶりだった。もしそうだとしたら、きっと今までにない厳しい戦いが待っているかも知れない。だから皆には進むか引き返すかを自分で選んで欲しい……とは言わないわ」



「「「……?」」」


 てっきり半年前の【悪徳郷】との戦いの時のように、命の保証は出来ないから個々の選択に委ねるという話をすると思っていた仲間達は、皆意外そうに目を瞬かせた。ローラはそんな彼女達を真剣な目で見返す。


「この場にいる時点で皆には既に覚悟は出来ているでしょう。だから敢えてお願いするわ。どうか私に力を貸して頂戴。この先に待っているかもしれない戦いを勝ち抜くには……皆の力が必要なの」


 ローラは素直に仲間達に助力を請うた。ジェシカとヴェロニカが自分の意志でここまでやって来て、彼女達との共闘によってデュラハーンを倒せた事で、もうローラの意志は完全に固まっていた。


 今更仲間達を巻き込む事を厭うたりはしない。変な意地を張って戦力が足りずに敵に敗北しては本末転倒だ。特に今回のケースでは自分達が敗北すれば、この街だけでなく場合によっては世界全体が危機に陥る可能性が高い。


 ならばこれ以上ローラに迷いはない。そして彼女の要請に対して仲間達は……



「……本来は私達だけで事を収めたかったのですが、いつの間にか立場が逆になってしまいましたね。勿論私は自身の責任において必ず『ゲート』を消滅させてみせます」


 モニカが少し苦笑するようにかぶりを振ってから自身の決意を表明する。セネムもそれに同調した。


「全くだ。我等が不甲斐ないばかりに君達を巻き込んでしまった。だがせめて自らの責任は全うさせて貰おう」


 2人はローラ達よりも前から『ゲート』を閉じる為に戦っていたのだ。その決意はある意味で当然の事かも知れなかった。


「あたしらは今更聞くまでもないだろ? 勿論ローラさんに協力して『ゲート』とやらをぶっ潰すぜ!」


「ええ、私達の意志は決まっています。どんな苦難が待ち受けていようと私達はローラさんと共に行きます」


 ジェシカとヴェロニカも一切躊躇う事無く了承する。そもそも自分達でローラの力になる為にここまで来たくらいだ。彼女らが今更意見を翻す事はないだろう。


「私の意志は先程示しました。むしろ誰も行かなければ私1人でも行きます」


 シグリッドは最初から一貫した態度だ。彼女はルーファスが見つかるまで歩みを止める事は絶対にないだろう。


「ローラ、相変わらず律儀ね。聞くまでもなく皆の意志は解っているはずでしょう? 勿論私も含めてね。まあそんな律儀な所もあなたの魅力なのだけど」


 ミラーカはこの局面でも仲間達に意志を確認するローラに苦笑しつつも、肩を竦めて頷いた。



「ミラーカ、ありがとう。ゾーイ、正直あなたの力も必要なの。一緒に来てくれる?」


「あ……わ、私は……」


 ローラや他の皆の視線が集中し、ゾーイが若干怯んだ様子になる。彼女は本来戦士ではなく、今回は【悪徳郷】の時のようにメネスの置き土産が関わっている訳でもない。積極的に命がけの戦いに赴かねばならない理由や動機が薄い。


 ついでに言うなら世界を救う為に戦うなどという正義感もそれ程ある訳ではない。そもそもモニカは世界が変わる・・・と言っただけで、滅びる・・・とは言っていなかった。


 ナターシャに頼まれてやって来たは良いものの、最初はただ彼女の調査の護衛くらいの認識だったのに、どんどん話のスケールが大きくなっていき、挙句にはあのデュラハーンのような想定外の化け物まで出現して、あわや死にかける羽目になった。


 こんな話は聞いていないというのが彼女の正直な気持ちだった。出来ればこれ以上、この件に関わりたくなかった。ローラはどんな選択も尊重すると言っていたし、ここは思い切って辞退させて貰おうと決めた。


 勿論協力したい気持ちもあるが、あんな化け物がまだ控えているかと思うと、友情よりは自分の命が大事なゾーイであった。



「あー……ローラ。それなんだけど……私は――――」


 辞退の台詞を口にしようとしたその時……頭の中で、何かが、弾けた・・・



 ――『魔界の力か。興味深い』

 ――『あの力を我が物に出来れば、は更なる超越者として甦る事ができる』

 ――『いずれにせよ、余の世界を脅かすモノを放置はしておけぬな』

 ――『命令だ。その女共に同行せよ。そして余の力を振るうのだ』



「……ゾーイ? どうしたの?」


 何か言い掛けて固まったゾーイの姿を訝しんだローラが声を掛けると、彼女はハッとしたように正気・・を取り戻した。


「あ……? あ、いえ、何でもないわ。何か頭の中で声が聞こえたような気がして……」


「そ、そうなの? それで……どうかしら? 一緒に来てもらえる?」


 ローラの再度の問いかけにゾーイはニッコリと笑って頷いた。


「ええ、勿論よ、ローラ。友達のたっての頼みを断るほど私は薄情な女じゃないわよ。絶対にあの『ゲート』を閉じましょう」


「ゾーイ……そう言ってくれて嬉しいわ。ありがとう」


 ゾーイの変化・・に気付かないまま、ローラは胸を撫で下ろして微笑んだ。これで万全の状態で『ゲート』に挑む事が出来る。あの【悪徳郷】にさえ打ち勝った最強チームだ。このメンバーが全員揃っていれば勝てぬものは無いように思われた。



 そして……全員の視線が最後の1人・・・・・に集中する。だがその人物……ナターシャは、ローラが何か言う前に肩を竦めて自嘲気味に苦笑した。


「みなまで言わなくても解ってるわよ。私はこれ以上一緒にいても足手まといにしかならないわね。残念だけどここは大人しく家に帰ってるわ」


「ナターシャ……ありがとう。またさっきのような危険な目に遭うかも知れないから……」


「解ってるって言ったでしょ。それに私自身、あんな目に遭うのはもう懲り懲りだって自分で言ったばかりだしね。気にしなくていいわよ」


 露骨に足手まとい扱いせざるを得ない事にローラが申し訳なさそうに弁解するが、ナターシャはもう一度微苦笑した。


「顛末を直接見届けられないのは残念だけど……その代わり、終わったら全部詳細に聞かせて貰うわよ? だから……必ず無事に帰ってきなさいよね? 約束よ」


「ええ、勿論よ。約束する。絶対に帰ってきて、あなたの取材を受けるわ」


 ローラはナターシャと固く握手を交わす。ナターシャは他の仲間達とも一人一人握手を交わし、そして手を振りながら街へ戻っていった。デュラハーンの結界が解けている今なら、普通に歩いているだけで住宅街に出られるはずだ。携帯も既に通じるようになっている。



 ナターシャの後ろ姿を見送ると、ローラは改めて残った仲間達を見渡した。


「……よし。それじゃ公園湖まで行くわよ。この先は何があるか解らない。最初から戦闘態勢で進むわ」


 ミラーカ達は勿論誰も異存なく神妙な表情で頷く。変身にやや時間のかかるジェシカは予め再び変身しておく。


 そして準備を整えた一行は、改めて『ゲート』を目指して森の中を進んでいった……


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