File4:共同戦線
「パズス……。確か古代バビロニアの邪神ですね。なるほど、確かに今回の邪気と性質は近いかも知れません」
モニカは得心したように頷いている。セネムは怪訝な表情となる。
「ん? 君はこの邪気に心当たりがあるのか?」
「勿論確証はありません。しかし恐らくという予想なら出来ます。この邪気は恐らく……
「な……ま、魔界だと?」
セネムは唖然とした声を上げるが、モニカは至極真面目な表情のままだ。
「そう……この世界とは別に存在する異界。人間からは
「……! あ、悪魔だと……」
「どこかに……この街のどこかに、魔界へと通じる『ゲート』が開きかかっているのではないか……。そんな予感がするのです」
憂いに満ちたモニカの言葉に、セネムは無意識にゴクッと喉を鳴らした。
「ち、因みに……その『ゲート』とやらが完全に開くとどうなるんだ?」
「……対流という現象はご存知ですよね? あれと
「……っ!」
セネムはギョッとして目を見開いた。モニカはやはり至って真剣な表情だ。短い付き合いだが、それでも彼女がこんな事で冗談を言う性格ではないと知っていた。
「半分魔界……? それは……一体、どういう状態なんだ?」
「前例が無いので勿論解りません。ただ少なくとも……今のこの人間社会は根底から崩れ去って、全く新しい世界が誕生する事だけは確かです。これまで人間が築き上げてきた歴史も、文化も、秩序も、思想も……全てが消え去って歪な物に変化するのは間違いありません。新しい秩序がどんな物かは解りませんが、悪魔が溢れかえる世界の秩序が人間にとって良い物であるはずがありません」
「そ、それは……大変な事ではないか!」
セネムは思わず大声を上げて立ち上がっていた。周囲の客や通行人の目線が集中する。我に返ったセネムはこほんと咳払いして座り直す。
「す、済まない。少々取り乱してしまった」
「いえ、突然こんな話を聞かされたら誰だって取り乱します。私自身、この予測が外れてくれたらどんなに良い事かと思っています」
それはつまり、ほぼその予測が当たっている確信があるという事だ。
「まだ『ゲート』は完全には開いていないようですが、開きかけの状態でも何らかの影響が既に現れているはずです。私の推測では……この街を中心に発生している連続失踪事件は、この開きかけの『ゲート』に関係していると思われます」
「……!」
セネムは表情を引き締めた。この話の
「そこで完全に開く前の『ゲート』を見つけ出して、それを閉じる必要があります。しかし既に失踪事件が起きている事からも明らかなように、開きかけでもかなりの危険が伴うでしょう。しかし今――」
「――皆まで言うな。解っている。私にその『ゲート』の探索と封印を手伝ってもらいたいという事だな? 喜んで協力させてもらおう」
セネムが先んじて協力を申し出ると、モニカは一瞬虚を突かれたように目を瞬かせたが、やがて柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます、セネムさん。確かにそうお願いするつもりでした。このような事に巻き込んで申し訳なく思うのですが……」
「気にするな。あんな話を聞かされた以上、むしろこちらの方から協力を申し出たいくらいだ。それに私達は
「……っ! セ、セネムさん……。ふふ、そうですね。では、お願いできますか?」
モニカは少し目尻を拭いながら改めてセネムに協力を要請する。セネムは自分の胸を叩いて請け負った。
「うむ、任せておけ。……しかしそういう事なら戦力は多い方が良いのではないか? ローラやミラーカ達にこの事は話してあるのか? 彼女らが今の話を聞いて黙っているとは思えんが……」
セネムが疑問を呈すると、モニカは少し気まずそうに目を逸らした。
「それは……すみません。ローラさん達にはこの話はしていないのです」
「話していない? それはまた何故?」
「まさに今あなたが言った理由からです。『ゲート』の事を知れば……ローラさんやミラーカはきっとまた戦いに
「……!」
「彼女達はこれまで充分に過酷な戦いを生き抜いてきました。もう、休ませてあげたいんです。人間としての生活を、そして恋人同士での穏やかな日々を送らせてあげたいんです。ジェシカさん達も同様です。皆、人として自分の生活を送り夢に向かって進んでいます。叶う事なら……これ以上闇の世界に関わらない生活を送って欲しいんです」
「モニカ……」
彼女の心を慮ったセネムは言葉に詰まる。モニカに言われてセネムもその事実に思い至ったのだ。
ローラの本職は刑事だ。人間相手の犯罪捜査が仕事だが……その中に魔物退治は含まれていない。本来の彼女は魔物ハンターでもなんでもないのだ。ミラーカはまた事情が異なるが、彼女とて別に魔物退治を生業としている訳ではない。
ジェシカやヴェロニカに至っては普通の学生なのだ。ローラと関係がある為に、彼女を魔物の被害から守るという目的でこれまで戦っていたが、セネムのように魔物相手に戦う事を生業とする戦士でもなんでもない。ましてやそんな彼女達が、前回の戦いでは一度完全に
あくまで本職は魔物退治ではなく人間としての生活があるという意味では、ゾーイやシグリッドとて同様だ。
彼女らを巻き込まずに事態を解決する事が出来るなら、本来それに越した事はないのだ。
その点セネムは他の仲間達と立場が異なっている。彼女の本職はあくまで魔物退治を生業とする戦士であり、街での生活は表向きの物に過ぎない。まさに今モニカが相談してきたような事態に対処する事を生業としているのだ。
モニカがセネムにのみ事情を打ち明けて協力を仰いできたのも、それが理由だろう。
「モニカ……君の考えはよく分かった。私も君に賛成だ。この邪気を発する『ゲート』とやら……必ず私達で見つけ出して封じ込めよう。ローラ達が気付いてしまう前にな」
「セネムさん……ありがとうございます。宜しくお願いします!」
理解を示してくれたセネムに、モニカはホッとしたように息を吐いてから彼女に手を差し出した。セネムもまた自身の決意を示すように頷いて、その手をしっかりと握り返すのだった……
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