File39:エネミー・シャッフル


「セネム! 奴等の居る場所は解る!?」


 闇雲に探し回っても時間を無駄にするばかりだ。こうしている間にも捕まっている女性達が殺されているかも知れないのだ。


 ローラは魔物の魔力を感知する術に長けたセネムに確認する。セネムもすぐさま霊力を集中させて索敵する。そして即座に目を見開いた。


「……3、4、5階に一体ずつだ! だがここは魔の気配が濃すぎて、魔物の種類までは特定できん!」


「……! そう、解ったわ。充分よ、ありがとう、セネム。皆とりあえず階段に向かうわよ!」



 一行は階段を駆け上りながら担当・・を決める。


「ジョンとムスタファはそれぞれ3階と4階の窓から飛び込んでいた。となると多分5階にいる奴がニックね」


「なら私が5階に行くわ。私なら〈従者〉を簡単に倒せるし」


 ゾーイが申し出る。考えている時間はない。ローラは即座に頷いた。


「そうね。頼むわ、ゾーイ。じゃあセネムは……」


「あのシャイターンは4階に飛び込んだ。なら私が4階に行こう。今度こそ奴を浄化してみせる」


 やはりセネムが即答で申し出る。ならローラは3階でジョンと対決だ。これで割り振りは決まった。いや、まだ1人……


「私はローラさんにご一緒させて頂きます。恐らくそれが一番良いかと思いますので」


 ローラが確認する前にモニカが申し出た。確かにセネムなら単身で充分シャイターン相手に勝機はあるだろうし、ゾーイは〈従者〉にとって天敵のような物らしいのでやはり心配はいらないはずだ。


 そうなると強力な吸血鬼であるジョンと単身で戦う事になるローラが最も不安要素が大きいと言える。前衛の仲間が誰もいない状態で魔物と戦う事自体初めてなのだ。


「……そうね。正直心強いわ。ありがとう、モニカ」


 ローラは素直に礼を言う。モニカが、どう致しましてという風に微笑んだ。



 そして3階の扉の前に到着した。


「よし、じゃあ私達は行くわ。皆も気を付けてね」


「うむ、君達もな!」

「ニックを倒したら私もすぐに駆け付けるわ」


 セネムとゾーイが頷いて、そのまま上の階へと駆けあがっていく。それを見送ってローラはふぅ……と大きく息を吐くと、モニカと目線で頷き合ってから一気に扉を開けて3階へと踏み込んだ。ここにジョンが待ち構えているはずだ。



 あのアンドレアの救出作戦の時に踏み込んだ5階と同じような風景で、殺風景な廊下にいくつもの鍵付きの部屋が並んでいる牢獄のような精神病棟だ。ましてや今は廃墟化した事で、増々無気味な様相を呈していた。


 暗い廊下には等間隔で燭台が取り付けられており、それに灯った蠟燭の灯りによって僅かな視界が確保されていた。見渡す限りには人の気配はない。だが……


「……!」

 フロアの奥から悲鳴が聞こえてきた。女性の物だ。囚われている人質に違いない。ローラは歯噛みして悲鳴が聞こえた奥のフロアに駆け向かう。モニカもそれに追随する。そして……



『やあ、ローラ。恐らく君がこの3階を受け持つ・・・・と考えていたが予想通りだったね』



「……っ!?」


 そこはやや広くなったロビーのようなスペースだった。そこに何人もの女性が血まみれになって倒れ伏していた。皆、鋭利な刃物で斬られたり刺し貫かれたりしていた。


 その中央で腕から直接生やした剣を女性達の血に染めて佇んでいるのは、ミイラ姿の【悪徳郷】のリーダー、ニックであった。


「ニ、ニック!? そんな……何故あなたがここに……!?」


 ニックは5階にいるはずではなかったか。混乱するローラにニックが冷笑する。


『あんな危険な力を持っているミス・ギルモアがいると解っていながら、馬鹿正直に5階で待ち構えていると思うかい? 当然君達の裏を掻くくらいの事はさせてもらうさ』


「……!」

 言われてみれば確かにその通りだ。だが気が急いていたローラは深く考える事もせずに、みすみすニックの罠に嵌ってしまったのだ。しかも急いだ挙句結局人質の女性達を救えず、むざむざニックに殺させてしまった。


 ローラは怒りと悔しさから割れんばかりに歯軋りする。


『今頃はミス・ギルモアも当てが外れて焦っているだろうねぇ。彼女のあの力は他の魔物には無意味だし、果たして1人で自力で勝つ事ができるかな?』


「……っ」

 ここにニックがいるという事は、ゾーイはジョンかムスタファのどちらかを相手にしているという事になる。どっちにしても彼女1人では危険だ。ローラはモニカと共に、急いで引き返そうとするが、


『ああ、因みに君達が入ってきた扉や非常口なんかは、もう全て〈信徒〉に塞がせてあるよ。把手を破壊した上でドアを歪ませてあるから君達だけで開けるのは困難だろうね』


「な……!?」


 エレベーターは当然動いていない。つまりローラ達はこの3階のフロアに閉じ込められたという事だ。


『種明かしをした上で君達を逃がすはずがないだろう? これは生存競争だと言ったはずだ。生き残るのは君達か僕達のどちらかだけさ』


 ニックはそう笑って魔力を高めると、ローラ達に剣を向けてきた。こうなったらやるしかない。ゾーイ達は何とか無事に切り抜けてくれる事を祈るだけだ。



 ローラもデザートイーグルを構える。


「モニカ、私達の敵はアイツよ。行けるわね?」

「はい。いつでも」


 モニカは躊躇いなく頷いて霊力を高める。


『はは、ローラ。君にだけ仲間がいるのは不公平だな。僕も持ち駒・・・は全て使わせてもらうよ』


「……!!」


 ニックの言葉を合図に、フロアの死角から次々と男達が現れた。皆、茫洋とした独特の目付きをしている。〈信徒〉だ。まだ生き残りがいたのだ。 


 人数は5人程。だが彼等はいつものように素手ではなく、全員がライフル・・・・を持っていた。それも軍で使うようなアサルトライフルだ。ローラは目を見開いた。


「……っ!! マズい! モニカ、一旦下がるわよっ!」


『はははっ! さあ、ローラ! ゲームを始めようじゃないか!』


 ニックの哄笑と共に、〈信徒〉達が一斉にライフルを構えて引き金を引いた。両チームのリーダー同士の対決は、間断ないライフル掃射の爆音と共に幕を上げた!



*****



 4階のフロアに単身踏み込んだセネムは、濃い魔力の発生源を辿ってフロアの奥にある部屋に踏み込んだ。


 元は会議室か何かだったのだろう広い部屋だ。椅子やテーブルなどが乱雑に端に寄せられて作られた広いスペースの中央には……


「……!」


 恐怖に目を見開いた見知らぬ女性と、その女性を後ろから抱きすくめて首筋に牙を立てる……吸血鬼のジョンの姿があった。


 急激に血を吸い尽くされた女性は白目を剥いて痙攣する。ジョンが手を離すと、そのまま床に倒れ伏した。セネムが止める暇も無かった。


「き、貴様……!」


「よう、遅かったな。待ちくたびれたんで、つまみ食いしちまったぜ」


 セネムの姿を認めたジョンが口の端を吊り上げて嗤う。その口や牙からは、たった今吸い殺した女性の血が滴っている。まさに魔性の吸血鬼そのものな姿だ。



「……ここにいたのは、あのシャイターンではなかったのか?」


「当てが外れたか? 残念だったなぁ。あのニックがお前らの想定通りの動きをする訳がないだろ。奴は今頃3階でローラとドンパチやってる頃だろうぜ。ローラは俺が味見をしたかったんだが、ま、こうなっちゃ仕方ねぇな。お前らが予想外に頑張り過ぎたせいだぜ?」


「……!」

 それでセネムにも自分達がまんまと嵌められた事に気付いた。ここにジョンがいて、3階にニックがいるという事は……



(ゾーイが危ない……!)


 急いで踵を返そうとするセネムだが……


「おいおい、目の前にいる俺を無視するとは傷つくじゃねぇか!」

「……っ! ちぃ……!」


 ジョンが恐ろしい速さで斬り掛かってきたので、足を止めて応戦せざるを得ない。セネムは咄嗟に曲刀をクロスさせて『神霊光』を使おうとするが……


「おっと!」

「――くっ!?」


 ジョンが僅かな隙を突いてサーベルを突き入れてきたので、受けの為に不発に終わってしまう。


「はは! 雑魚共との戦いで、そいつは発動時に隙があるって事は解ってんだ! 少なくとも俺と戦いながら使える技じゃないぜ?」


「ぬぅ……!」


 前哨戦で戦いを見られていた事が今になって影響してくるとは。セネムは歯噛みした。



「くくく……ローラは手に入れ損ねたが、こうなったらお前でも構わねぇ。アラブ女は美形が多いってのは本当みてぇだな。たっぷりと味わわせてもらうぜ」


「……っ。この……下種が!」


 ジョンが欲望に濁った視線で、セネムの鎧から露出した素肌を舐め回す。彼女はおぞましさから全身に鳥肌が立つ。


 こうなれば一刻も早くこの下種な魔物を討伐して、他の皆の助けに回らなければならない。セネムはおぞましさを堪えて、目の前の敵を倒すべく戦いに意識を集中させた。



*****



 ゾーイは最上階の5階に踏み込んだ途端、違和感を覚えた。そして咄嗟に振り向いて驚愕した。


「い、入り口が……ない!?」


 たった今自分が昇ってきた階段とこのフロアを結ぶ出入り口が消失し、無機質な壁だけがそこにあった。慌てて手を触れてみるが、実際に壁に当たってしまう。幻覚などではなさそうだ。


(ど、どういう事? 〈従者〉にこんな能力はないはず。という事は……)


 ゾーイの中で急速に嫌な予感が膨れ上がる。そしてそれを肯定するように……



『く、くくく……ようこそ、私の結界内へ。美しいお嬢さん』



「……っ!」

 後ろから聞こえてきた耳障りな音声に、ゾーイはゆっくりと向き直った。そこには蝿と人間が融合したような、見るからにおぞましい醜悪な怪物が佇んでいた。



 霊魔シャイターンのムスタファだ。



「そ、そんな……何で……」


 ゾーイは思わず後ずさって壁に背中を張り付けながら呻く。


『当然でしょう? ミスター・ジュリアーニはあなたを大層警戒……いや、怖れてすらいるようでした。ならあなたのお相手をする事は徹底的に避けようとするに決まっています』


「……!!」


 自分に恐怖と嫌悪感を抱くゾーイの反応にムスタファが愉快そうに嗤う。


『まあ私としてはミス・ヴェロニカに来て頂けなかったのは残念ではありますが、あなたも彼女とは違った美しさがお有りだ。私の汚辱欲・・・を満たすのはあなたでも全く問題ありませんとも』


「ひっ……」


 ゾーイの顔が泣きそうに歪められ、一気に青ざめる。仲間が誰もおらず自分1人である事を意識した。

 咄嗟に逃げようと横方向に走り出そうとして……


「う……!」


 いつの間にか周囲を、あの霊鬼ジャーンとかいう怪物達が取り囲んでいる事に気付いて足が止まる。数は7、8体程度だが、こいつらだけならともかく今はムスタファがいる。


『ふぁはは、どこにも逃がしはしませんぞ? 尤も私の結界内からはどの道出られませんがねぇ』


 ムスタファが哄笑しながら、こちらを嬲るようにジワジワ迫ってくる。ゾーイは泣きそうになりながらも、防衛本能から砂の槍と盾を作り出して応戦の態勢を取る。


 そして欲望のままに襲い来る者と、それに抗う者の『闘い』が始まった……


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