File38:分断作戦

「『ローラ』……? 『ローラ』なの?」


 ミラーカが戦闘中にも関わらず呆然とした声を上げる。だが唖然としているのは戦っているニック達も同じだったので、隙を突かれて攻撃される事はなかった。


 皆が注目する中で『ローラ』が目を開く。そして周囲の状況に一切驚く事なく、やはり呆然としているローラに振り返った。


「……!」


「ローラさん、説明は全て後でさせて頂きます。今はこの邪悪な魔物達を討伐する事に集中しましょう。私も加勢します」


 『ローラ』が喋った。というか何故か流暢な英語を喋っている。言語が違う為か、あの時修道院で話した時とは口調も変わっている。だがその声は間違いなく『ローラ』の物だ。


 そして混乱していたローラだが、『ローラ』の言葉にハッと正気を取り戻す。状況は全く把握できないが、とりあえずこの『ローラ』は味方で、こちらに協力してくれるらしい。


「……っ! 皆っ! 彼女は味方よ! 今は戦いに集中してっ!」


 リーダー・・・・たるローラの言葉に、ミラーカ始め仲間達も我に返る。異常な状況で現れた彼女が何者かは解らないが、ローラが味方だと断定するならそれを疑う理由はない。



『くそ! 何だ、アイツは!? 何者か知らないが僕達の敵に回るというならまとめて始末するまでだ! あの少女も殺せっ!』


 一方【悪徳郷】の面々も、リーダーたるニックの指示に再び魔力を昂らせて襲い掛かってくる。ニックの命令を受けたスパルナが上空から『ローラ』に向けて輪刃を放つ。同時にクリスも『ローラ』に向かって光線銃から粒子ビームを撃ち込む。


 『ローラ』が手を翳すと淡い色をした光の膜のような物が彼女を覆った。『刃』や粒子ビームがその光の膜と接触する。


「……っ!」

 光の膜が激しく明滅し『ローラ』の顔が歪む。だが敵の攻撃は彼女の身体に届く事無く消滅した。


「ギャウウゥゥゥゥッ!!」


 そこに先程弾き飛ばされたエリオットが再び飛び掛かってきた。今度はその凶悪な鉤爪を振り上げて『ローラ』の頭を叩き割らんとする。


 『ローラ』は飛び掛かってくるエリオットに向けて両手を突き出した。


「風の精霊よっ!」


 彼女の叫びに応じてその両手から衝撃波のような物が発生し、再びエリオットを弾き飛ばした。だがエリオットは弾き飛ばされながらも空中でクルッと一回転して着地した。目に見えるダメージを負っている様子はない。どうやら攻撃能力はそれ程高くないようだ。


 だが『ローラ』はそれに頓着する事無く、目を閉じて両手を広げると天を仰ぐような仕草を取った。


「大地の精霊よ、皆に活力をっ!」


 聖女の祈りに応え、大地から何らかの霊力が噴き出す。それはローラ達を優しく包み込み、その傷を癒やし魔力や霊力を回復させていく。


「こ、これは……!?」

「おぉ……霊力が、漲っていく……!」


 ローラやセネムは先の毒の治療も含めて戦いの中で消耗した霊力が見る見る内に補填されていくのを感じた。ヴェロニカも同様だ。これならまだいくらでも戦えそうだ。霊力だけでなく気力や疲労も回復していた。


 ミラーカやジェシカ、シグリッド達も、自らの傷が癒えて体力が回復していく現象に目を丸くしていた。


「さあ、皆さん! 私が援護します! 今こそ邪悪な魔物達を討伐する時ですっ!」


「……! そうね、ありがとう、『ローラ』! 皆、一気に行くわよ!」


 聖女から鼓舞されたローラは頷いて仲間達を促す。今や敵に対する過剰な恐れや絶望は無くなっていた。今なら勝てる。それはローラだけでなく皆の共通した認識であった。


「うむ! 霊力が後から後から湧いてくるようだ。これなら勝てるぞ!」


「霊力……はちょっと分からないけど不快な感じはしないわね。何にせよ助けられた恩返しはしないとね……!」


 セネムが意気込んで攻勢を強める。ゾーイも奇襲のショックから立ち直ると、猛然と反撃を開始していた。 


「す、凄い。こんな……」

「……後で絶対に説明してもらうわよ」


 自らの身体を満たす霊力にヴェロニカが呆然とした声を上げる。ミラーカも複雑そうな視線を『ローラ』に向けた後、今は自らの役目を全うするべく戦いに集中する。


 ジェシカとシグリッドは既に眼前の相手と激しく戦っている最中だ。しかしその動きも明らかに先程までより力強くなっていた。



「おぉ……こいつら、マジか!? 何なんだよ、あの場違いな小娘はぁ!」


『ミスター・ジュリアーニ! 話が違いますぞ! このような状況になるとは聞いていませんっ!』


 一方急激に勢いを増したローラ達の攻勢に【悪徳郷】の方が明らかに劣勢となる。ジョンやムスタファらが及び腰になり始める。 


 だが流石にニックとて、いきなり光に包まれて時代がかった修道服姿の少女が現れるなど予測できるはずもない。おまけにその少女が凄まじい霊力を発揮してローラ達の態勢を瞬時に立て直してしまうなどと……


『これも……これも、ローラが持つ運命の力だと言うのか!? その力で奇跡・・を引き起こしたと……!? ふざけるなっ! そんなモノ、僕は絶対に認めないぞぉぉっ!!』


 ニックは激情のままに咆哮すると、剣でミラーカを牽制しつつ大きく飛び退った。このまま集団戦を続けるとこちらが明らかに不利だ。ならば……



プランB・・・・だっ! 奴等を分断する!』



 宣言したニックはエリオットの方に顔を向ける。



『エリオットッ! 隠れてる鼠共・・・・・・を追跡しろ! マリコやカロリーナ達を見つけ出せ! 一緒にいるだろうナターシャ達もだ! 抵抗するなら殺して構わんっ!』



「「――――――ッ!!?」」


 なりふり構わなくなったらしいニックの卑劣な指示に、特にジェシカやヴェロニカが大きく反応して驚愕に目を見開く。ローラ達もまた愕然とする。


「グルルルゥゥッ!!」


 しかしその指示に一早く反応したエリオットが、唸り声を上げて廃病院の中へと駆け戻っていく。


「ガゥゥッ!!」

「ジェシカッ!?」


 ジェシカがエリオットの後を追うように、それまで戦っていたフォルネウスに背を向けて建物へと駆け出す。ローラが止める間もなかった。


 背を向けて駆け去るジェシカに追撃しようとするフォルネウスを神聖小弾で妨害するが、その間に2体の人狼は建物の中へと消えてしまった。



『あの中にいる人質はマリコ達だけじゃないぞ! 他にも大勢の罪もない女達が囚われている。果たして君達に全員が救えるかな、正義の味方諸君!?』


「……っ!!」


 ニックの狂気混じりの哄笑と共に【悪徳郷】の面々が一斉に散開する。そして各々が別のルートを辿って廃病院の内部へと逃げ戻っていく。


 スパルナは建物の屋上へと飛び去り、ジョンやムスタファは飛び上がってそれぞれ3階と4階の窓を割って内部へと侵入していく。


 フォルネウスは建物を迂回して裏口方面へと走り去っていく。ニックはエリオット達と同じ正面玄関へと駆け向かう。


 クリスだけは6本のアームを揺らめかせながら敷地に残っていた。ローラは彼に向けてデザートイーグルを構える。


「私達相手に1人で戦う気!?」


「流石にそこまで自惚れてはおらん。だがいいのか? ここでモタモタしていると、どんどん女達が殺されていくぞ?」


「くっ……!」


 肩を竦めるクリスにローラは歯噛みする。単身でエリオットを追っていったジェシカの安否も気に掛かる。奴等の狙いは間違いなく集団戦を避けて個別の戦闘に持ち込む事だ。集団戦では分が悪いと踏んだニックの状況判断によるものだ。


 だがそれが分かっていながらローラ達には、囚人の女性達を守る為にその誘いに乗る以外に選択肢が無かった。


「ローラさん! 私達も行きましょう! カロリーナ達を助けないと……!」


 ヴェロニカが焦燥に満ちた様子でローラを促す。だが……


「因みに当然だが、ここにも誰か残していってもらうぞ? 全員で行こうとしたら背後から攻撃させてもらう」


「……!」

 クリスは純粋な戦闘能力だけで言えば恐らく【悪徳郷】で最強の存在だ。先程ゾーイが戦えていたのも、クリスが他のメンバーの援護にリソースを割いていた為だ。


 なのでその相手には出来れば最低でも2人は欲しい所だが、廃病院の内部にも何が待ち受けているか解らない状態で、ここで2人割かれるのは辛い。しかし迷っている時間はない。ローラが焦燥に駆られて逡巡すると……



「皆さん、行ってください。ここは私が引き受けます」


「シグリッド……!」


 名乗り出たのは怜悧な女魔人のシグリッドだ。一瞬制止の声を上げようとしたローラだが、では代案があるかと言われれば無い事に気付いて押し黙る。シグリッド自身もそれを解った上で敢えて名乗り出てくれたのだろう。


「……ありがとう、恩に着るわ、シグリッド」


 ローラの代わりにミラーカが礼を言う。それは彼女にこの場を任せる事を了承したという事だ。ローラも他に選択肢が無い事を自覚してグッと唇を噛み締める。


「……死なないで。絶対に生き延びて」


「勿論です。皆様に救われた命、ルーファス様の為にもここで死ぬ気はありません」


 シグリッドはこちらを見ずにクリスの方を見据えたままそれだけを答えた。こうなれば後は彼女自身の技術と生命力に賭ける他ない。


「行こう、ローラ。ここは彼女を信じて、我等は我等の為すべき事をするのだ」


 セネムにも促され、ローラはシグリッドにこの場を任せて廃病院に向かって駆け出した。



「大丈夫です。彼女にも私の祝福が掛けてあります。必ずやあの無機質な鉄の魔人に打ち勝てるはずです」


 一行に追随してくる『ローラ』が自信に満ちた声で保証してくれる。根拠はないにも関わらず、何故かそれだけで不思議な安心感がローラ達を満たした。



「……聞きたい事は山のようにあるけど、今は悠長に話している時間は無いわ。だからこれだけ聞かせて。あなたは……あの子・・・なの?」


 ミラーカが切なげな、それでいて一切の誤魔化しを許さない視線と表情で『ローラ』を見据える。果たして『ローラ』はかぶりを振った。


「私は『ローラ』であって『ローラ』ではない。今はそれしか言えません。この戦いを終えたら必ず全て説明します」


「……約束よ?」


「ええ、勿論です。その為にもこの戦いに必ずや勝利しましょう。それとローラさんと同じ呼び名では紛らわしいでしょうし、とりあえず私の事はモニカ・・・とお呼び下さい」


「……! モニカ……。聖モニカ……確かあの子の洗礼名・・・ね」 


 ミラーカは再び戦闘形態となって翼を広げた。


「屋上の敵……スパルナは私が受け持つわ。恐らく空中戦になるでしょうからね」


「……! そうね……気を付けて、ミラーカ」


「ええ、あなたもね、ローラ。彼女を頼むわ……モニカ・・・


 ミラーカの言葉に『ローラ』……否、モニカが頷く。


「ええ、任せて、ミラーカ・・・・。あなたなら必ず勝てます」


「……っ。行くわ」


 記憶の中にある通りの姿で、記憶の中の人物と同じ呼び方をするモニカに若干動揺したミラーカは、それを振り払うように翼をはためかせると一気に建物の屋上へと舞い上がっていった。



「ローラさん! 私はあの鮫の怪物を追います! 何となくですが、あいつもカロリーナ達を追跡していると思うんです。奴を追っていけばジェシーと合流できるかも知れませんし、カロリーナ達も心配ですし……」


 ヴェロニカがそう申し出てくる。確かにその可能性は考えられる。そしてフォルネウスの毒ガスに効果的に対応できるのはヴェロニカのみだ。ローラは頷いた。


「解ったわ。あなたの力なら皆も守れるはずだしね。……任せて大丈夫ね?」


「はい! その……モニカさん、に霊力も回復させてもらいましたし、必ず勝ってみせます!」


 モニカの方に少し遠慮がちな視線を向けつつ力強く請け負うヴェロニカ。当然だが光に包まれていきなり現れた修道服姿の少女など怪しい事この上ない。或いは本当に天使か何かかと疑ってしまうような状況だ。


 だが他ならないローラやミラーカが味方だと断定している事と、実際にその力で自分達を助けてくれた事からとりあえずは信用してくれたらしい。ヴェロニカだけでなくセネムやゾーイも同じスタンスのようだ。


「気を付けてね、ヴェロニカ。それと……ナターシャ達をお願い」


「はい、任せて下さい! それじゃ行きます!」


 ヴェロニカは意気込んで頷くと、フォルネウスが駆け去った建物の裏手へと消えていった。それを見送る間もなく、正面入り口から建物内部へと侵入するローラ達。

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