File29:万魔殿、突入

 一行を乗せたマイクロバスは夜のLAを駆け抜けていく。ローラは街の風景や月明りの方角からバスが北、それも北西方向に向かって進んでいる事を悟った。


 ブリジットに行き先を聞いても行けば解るとしか答えてくれなかったので、ローラは自分で少ない情報から行き先を判断しようとしていた。そして一つ気付いた事があった。


「な、なあ、ローラさん。この道、前にも一緒に通った事あるよな?」


 同じ事に気付いたらしいジェシカが話しかけてくる。ローラは頷いた。


「ええ、そうね。あれは確か『エーリアル』事件の時だったわね」


 今は亡きアンドレアを保護する為に、彼女が監禁されていた精神病院に向かう時に通った道だ。あの時はヴェロニカとナターシャも共にいた。


 その間にもバスは見覚えのある道を通って北上していく。そしてどんどん人気のない山林部に入り込んで進んでいく。ローラの予感は確信に変わった。



「……着いたわ。ここよ」

「……!」


 バスが停まりブリジットが降車を促す。言われた通りバスを降りたローラ達は揃って、視線の先に聳える建物を見上げる。周辺は夜の闇に包まれた森が広がるばかりで、人や車が通る気配は一切ない。


「ここは……病院、か?」


「ええ。かつてラムジェン社という製薬会社が所有していた病院よ。『エーリアル』事件の後に閉鎖されたけどね」


 セネムの呟きに答えるローラ。ラムジェン社と聞いてミラーカはすぐに察したようだ。またかつて自分の恩師・・が関わっていた会社の所業とその末路はゾーイも聞いていたらしく顔を顰めていた。



「ここからどうするかはあなた達の自由よ。ただあの建物の中のどこかに客人・・がいる事を忘れないで、との事よ」


 バスからは降りずにブリジットが窓から顔だけを出して伝えてくる。恐らくニックからの伝言か。施設の内部やその周辺には、彼等【悪徳郷カコトピア】の連中が手ぐすね引いて待ち構えている事だろう。  


 だがそれが解っていてもローラ達に退くという選択肢はない。問題はどのようにしてこの戦いに臨むかという作戦・・だが……


「じゃ、確かに伝えたわよ」


 ブリジットが窓から顔を引っ込めると、バスはそのまま廃病院の裏手の方に走り去ってしまった。



「…………」


 それを見送ってローラは仲間達を振り返る。


「奴等が向こうから襲ってくる気配はないわ。どうやら完全に待ち構える態勢でいるようね。でも向こうには人質がいる以上私達には突入する以外に選択肢はない。正直どんな罠があるか解らない。皆、覚悟はいい?」


 ここまで来て今更怖じ気づく者はいない。ゾーイですら覚悟を決めている様子で頷いた。


「皆、ありがとう。じゃあ行くわよ。ミラーカとジェシカは前衛をお願い。ジェシカはヴェロニカの匂いを追跡する役目も頼むわ。セネムとシグリッドは殿しんがりとして後方からの襲撃を警戒して頂戴。ゾーイは私と一緒に間に入って皆の援護よ」


 ローラの指示に全員が頷く。この辺はルーファス邸で待機している時に打ち合わせ済みだ。ローラもデザートイーグルの予備のマガジンはありったけ携行している。


 ついでにサブウェポンとしてグロックも所持している。怪物相手に単体では余り役に立たないが、こちらも『ローラ』の力と組み合わせる事が出来れば、デザートイーグルの神聖弾ホーリー・ブラストほどではないが予備戦力くらいにはなるはずだ。


 前衛の4人が戦闘準備・・・・に入る。ミラーカはコートを脱ぎ去っていつもの黒のボンテージ姿になると、愛用の刀を抜き放つ。因みにここでは戦闘形態にはならない。集団で動く際には翼などが邪魔になるし、いざという時は一瞬で変身できるからだ。


 一方変身にやや時間の掛かるジェシカとシグリッドは、もうこの場で予め変身しておく。ジェシカは唸り声と共に、体毛の生えた半人半獣の姿に。シグリッドは額から太い2本の角が生え並んだ怜悧なトロールハーフの姿にそれぞれ変わった。因みにシグリッドは最初からあの露出の多いプロテクター姿である。


「ほぅ……」

 シグリッドの魔人姿を初めて見たセネムが、その強い魔力も感じ取って感心したように息を吐く。同じく初見のゾーイは驚きで目を丸くしていたが。


 セネム自身もイスラム女性らしいシックな衣装を脱ぎ捨てて例の紫色の露出鎧姿になると、二振りの曲刀をそれぞれの手に握る。


「な、何だかファンタジーっぽいと言うか……凄くセクシーでかっこいいわね、それ」


 その著しいギャップにゾーイがそんな感想を漏らす。シグリッドも僅かに目を瞠っていた。


「……誉め言葉と受け取っておく。私も皆が女性で本当に良かった」


 やや複雑そうな表情で呟くセネム。彼女の所属している秘密結社では、女性の聖戦士は身内以外の男性に素肌を晒したら、その男性を殺さなければならないという掟があるらしい……。


「おほん! 皆、準備は出来たわね? それじゃ……行くわよ」


 ローラは咳払いして皆の注意を集めると、廃病院の建物の方を指し示した。いよいよ突入だ。




 先程ローラからも指示した予め決められたフォーメーションを組んで、全員で廃病院の敷地へと侵入した。夜の廃墟は静まり返って、周囲の深い森とも相まって非常に不気味な雰囲気を醸し出している。しかし……


「グゥ……!」

「……!」


 先導していたジェシカが警戒したような唸り声を上げて止まる。その時にはローラとゾーイ以外の全員が気付いた。


「……いるわね」

「ああ、小手調べという所か」

「…………」


 ミラーカとセネムが視線を鋭くして周囲を睥睨する。シグリッドも黙したまま戦闘態勢を取る。仲間達の只ならぬ様子に、ローラとゾーイも遅ればせながら異常に気付いた。


 病院へと続く敷地は雑草が伸び放題となっていて、周囲の森の木々も浸食を始めている。そんな草木の陰や建物の裏手、そして倉庫や放置された車の陰から次々と湧いて出てくるモノ・・……


「……! こいつら……」


 ローラも視線を厳しくしてデザートイーグルを構え直す。程なくして彼女達は周囲をぐるりと怪物達に取り囲まれていた。


 鉤爪に生えた節くれだった手足が異常に長い蜘蛛じみた印象の怪物……霊鬼ジャーン達が優に20体ほどはいる。


 更に同じくらいの数の人間達。殆どが男だが女も数人混じっている。彼等は一様に白目が消失した黒一色の不気味な目に、口からは牙が生えて意味不明な唸り声を上げている。グール達だ。やはりジョンはグールを作り出していたのだ。


 それだけではない。濁って黒く淀んだ貯水池から何体もの半魚半獣が出現していた。あのサンタカタリナ島の研究室で戦った実験動物達に近い、犬猫と硬骨魚類を掛け合わせたような奇怪な怪物達だ。


 更に上空からは月明りを遮って5体ほどの鳥人間が現れ、周囲の木々や鉄塔、倉庫の屋根などに止まってこちらを見下ろしている。『子供』達だ。ナターシャから聞いていたが、どうやら奴等は成体になると独自に生殖能力・・・・を持つようになるらしい。こいつらは皆スパルナとやらの『子供』だろう。


 そして更に病院の正面入り口が開くと、中から10人以上の男達が出てきて包囲に加わった。生きた人間達だが、誰もが感情の欠落した表情で茫洋とした独特の目付きをしている。〈信徒〉達だ。今はニックの手先のはずだ。


「……っ」

 怪物達の包囲網を見たゾーイが僅かに青ざめる。彼女は魔物達との実戦らしい実戦は初めてのはずで、その初めてがコレ・・というのは確かにキツいかも知れない。



「ち……雑魚とはいえ、これだけ数がいると流石に厄介だな」


「……グールや〈信徒〉もこれほどの数を。いえ、恐らく中にもまだいるでしょうね。奴等一体どれだけの人々を手に掛けているの?」


 舌打ちするセネムにミラーカが頷きつつも憂慮する。『サッカー』の時もそうだったが、グールの数だけ人が殺されているという事なのだ。


(ジョン、あなたは……!)


 グールを作れるのはジョンだけである以上、これは全て彼の犯行・・という事になる。ミラーカからジョンが裏切ったと話だけは聞いていてもまだどこか実感の薄かったローラだが、実際に証拠・・を見せられた事で否応なしにその現実を突きつけられた。



「気を付けて下さい。恐らく敵はどこかから我々を……そしてこの前哨戦・・・の様子を観戦しているはずです」



「……こちらの手の内を曝け出すのが目的の威力偵察という訳か。姑息な奴等め」


 シグリッドの警告にセネムが顔を顰める。恐らくセネムやシグリッド、そしてゾーイなど、ほぼ初見・・・・といっていいメンバーが何人かいる事を警戒したのだろう。間違いなくニックの発案であるはずだ。


 しかし雑魚とはいえこれだけの数となると、手の内を隠したまま戦っている余裕はないだろう。つまりここを切り抜けても実際の【悪徳郷】との戦いでは、事前に全てを偵察され分析された状態での戦いを余儀なくされる事になる。


 最初から厳しい状況にローラは歯噛みする。だがだからといって退く事は出来ない。

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