File13:元カレと今カノ

 ウォーレンの教会。普段は静謐な空気が漂う聖堂にこの日は、怒り、憎しみ、憂慮、煩悶……。様々な負の感情が渦巻いていた。


「……それで、ローラの行方は未だに解らないという訳ね?」


 その渦巻く感情の中心にいるミラーカが、半ば睨み付けるような鋭い視線をクレアに対して向けていた。教会には他にもローラの仲間達……即ちジェシカとヴェロニカ、そしてナターシャの姿もあった。


「え、ええ……ニックも含めてFBIの総力を挙げて捜索しているけど、ローラの……そして彼女を誘拐した『シューティングスター』の行方は手掛かりすら掴めていない状況よ」


 ミラーカの視線を受けて、やや居心地が悪そうにしながらもクレアが答える。それを受けてミラーカが増々目線を険しくする。


「ミ、ミラーカさん、落ち着いて下さい。クレアさん達は精一杯やってくれているはずです」


 褐色のラテン系美女のヴェロニカが取り成すように間に入る。ミラーカもそれで自分の態度を顧みる事が出来たようで、深いため息を吐いてかぶりを振った。


「はぁ……ごめんなさい、クレア。あなた達のせいじゃないのに。少し苛立っていたようだわ」


「いえ、いいのよ。あなたの怒りは当然だわ。ローラを見つけられなくて苛立ってるのは私も同じなんだし」


 クレアも自嘲気味にかぶりを振った。



「チクショウ! 一体何だってローラさんを……。ローラさんは無事なんだろうな!?」


 ジェシカが自分の拳を打ち付けて唸る。彼女はいつも肝心な時にローラの力になれない事を憂いていた。


「わざわざ攫ったくらいだし殺されているという事はない、はずよ。でも……そもそもあいつは何故ローラを攫ったのかしら?」


 ナターシャがジェシカの疑問に答えつつ、自らも疑問を呈する。


「そう、ね。リンファによると、あいつは攫う前に何とローラの名前を呼んでいたらしいわ。まあそもそも何故宇宙人がローラの顔と名前を知っていて、尚且つあの場面で呼んだのかは分からないけど」


 クレアにも勿論答えは解らず低く唸る事しか出来ない。


「う、宇宙人にも顔と名前を覚えられてるって……ある意味ではローラらしいと言えるのかしら?」


 ナターシャは若干引き攣り気味に笑う。だがミラーカの反応は異なった。



「……『シューティングスター』はローラの事を認識していた? だとすると、やはり今回の事件にも『黒幕』が絡んでいる可能性が高いわね」



「そ、そうなんでしょうか?」


 ヴェロニカの疑問にミラーカは確信を持って頷く。


「ええ、他に無差別殺人のエイリアンが、ターゲットでもない一刑事を個別に認識していた理由が無いわ。今まで殺されたターゲットには若い美女もいたようだから、ローラの性別や外見も特に影響しているとは思えないし」


 今までの事件ではあの『死神』が度々ミラーカにローラの危機を警告していたし、前回の事件では遂にローラ本人の前にも『死神』が現れたという。『死神』と『黒幕』が繋がっているというミラーカの推測が確かならば、『黒幕』は何らかの理由でローラに着目しているのは間違いない。


 ならば『黒幕』が関わっているかも知れない今回の事件の主犯が、ローラの事を認識していたというのは、少なくともミラーカの中では納得できる話であった。



「まあ、そいつが誰と繋がってるかなんて今はどうでもいいさ。今は一刻も早くローラさんの居所を探して助け出すのが先決だ。そうだろ?」


 ジェシカが再び拳を叩いて発言する。そう。確かに今はそれが最優先事項だ。だが……


「で、でもどうやって? FBIが総力を挙げて探しているけど見つかっていないのよ?」


 ヴェロニカが途方に暮れたように質問する。ローラを助けたいのは彼女とて山々だろうが、現実的にその手段がないのだ。


 透明になって消える上に、他にもどんな未知の技術を有しているか知れない相手だ。通常の犯罪捜査的なセオリーや推理等は一切意味を為さないだろう。もしかしたらどこか海の上、いやそれどころか普段は成層圏より上の宇宙空間にいるという可能性すらあるのだ。飛行能力を持つミラーカでも流石に宇宙まで飛んでいく事は出来ない。



「ミラーカ。あなた達のその……『陰の気』とやらで感知する事は出来ない?」


 何か考え込んでいたクレアがミラーカの方を見て確認する。ミラーカはしかし難しい顔でかぶりを振った。


「とっくにやってみたけど……無理ね。そもそもあの警察署襲撃の当日でさえ何も感じなかったわ。どうやら『シューティングスター』は魔力を持った怪物のような『陰の気』を発散する事がないみたい」


「そう……。ならジェシカ、あなたはどう? 前にヴェロニカを見つけた時の要領でローラを探せないかしら?」


 今度はジェシカに確認するが彼女は情けなさそうな、それでいて悔しそうな表情で俯いた。


「私の方も駄目だ。大量の硝煙や血の匂いと混ざっちまっててローラさんの匂いを特定できなかった。おまけに今ミラーカさんが言ったように『陰の気』も感じられないから、それを辿ってって事も出来ねぇし」


「そ、う……」


 クレアも溜息と共に黙り込んでしまう。FBIの組織的な捜査でも無理、ミラーカ達の人外の探査力でも無理となれば正直打つ手がない。


 勿論ナターシャやヴェロニカにも妙案は浮かばず、早くも八方ふさがりになり掛けた時……




「あー……皆、話し合いの最中に済まないが、お客さんが来ている。君達に話があるそうだ」


 席を外していたこの教会の主のウォーレン神父が姿を現した。


「客? 私達に?」



「ああ、何でもNRO?とかいう所の役人で、クリストファーという男性だ。ローラの知り合い・・・・だと言うんだが……」



「……! クリスがここに!?」


 クレアが目を剥いた。ここで友人達・・・と私的に会う事については誰にも報告していない。だがわざわざ話があるなどと言って乗り込んでくるからには、クリスはミラーカ達の正体・・についても知っている可能性がある。


(一体NROは……いや、政府はどこまで把握しているの?)


 あるいはクリスが個人的にローラの身の回りを調べていたという線もある。彼はローラに妙な執着を見せていたし可能性としては考えられる。


 一方ナターシャはその名前を聞いて何故か若干動揺していた。いや、理由はなんとなく推測できる。


「クリストファーですって? NROって確かこの国の諜報機関よね? それがローラの知り合い? クレア、どういう事?」


 ミラーカが顔に疑問符を浮かべながらクレアに説明を求める。クレアは少し焦った。どうやらローラはクリスの事を全く説明していなかったらしい。当然その過去の交際関係・・・・についても同様だろう。


「あ、あー……それは――」



「――それについては俺から直接話そう」



「……っ」


 低い男の声がすぐ後ろから聞こえてクレアは慌てて振り返った。いつの間にか聖堂の入り口にスーツ姿の男性が立っていた。クリスだ。


 そこにいる全員が呆気に取られて注目する中、彼は堂々と聖堂に入って来た。女性達の視線が一斉に彼に集中する。


 クリスは逆にそこに集う女性陣を見渡し、「ほぅ……」と感心したように目を細めた。大方、皆タイプの異なる美女揃いなので目を奪われたのだろう。



「おほん! それであなたの話ってなんなの? それにここに来たって事はミラーカ達の事もご存知って訳?」


 それを見て取ったのか、ナターシャが面白くなさそうな表情でわざとらしく咳払いして話を進めようとする。


「ふ……その通りだ。ローラ・・・の遭遇した事件の事を調べていれば自ずと、彼女を助け共に戦う存在にも気付くというもの」


 クリスの視線は真っ直ぐにミラーカへと向けられる。ミラーカは腕組みしたままピクッと眉を吊り上げる。


「ローラ……ですって? 随分馴れ馴れしいのね? 彼女の知り合いらしいけど、どんな――」


「――彼女とは交際・・していた。勿論お前が彼女と出会うよりずっと前にな」


「……っ!?」

 ミラーカが目を瞠った。勿論横で聞いていたジェシカとヴェロニカも同様だ。だがクリスはミラーカから視線を外さず、挑発的に口の端を吊り上げる。


「ふ……高校時代の彼女は輝いていたぞ? まるで世界が自分を祝福しているとでも思っているような自信に満ち溢れていた。今の、社会の荒波に揉まれ怪物に付け狙われて疲れ果てた彼女しか知らんのは哀れな事だな」


「……!」


 挑発されたミラーカの目が吊り上がる。500年も生きてきた彼女である。大抵の事には達観していてこんな挑発に乗る事などまず無いだろうが、事がローラに関する物となると話は別のようだ。


「……出会いの早さがそんなに重要? つまりそれしか誇れる物がない訳よね? 昔の事なんて知らないわ。私は今の成熟したローラが好きなの。彼女がベッドの上でどんな声を上げるか知ってる? お互いの弱い所を知り尽くした女同士でしか得られない快感もあるのよ? それを永遠に知れないあなたの方が憐れね」


「……!」


 挑発を返されてクリスも若干眉を上げる。いきなり険悪な睨み合いになり掛けるが、早くこの話題を終わらせたいらしいナターシャが再び割り込んだ。


「もう充分よ! 本題に入りましょう! あなたがここに来た理由は何なの!?」


 大声で仲裁された事で我に返ったらしいクリスが、バツの悪そうな表情になってネクタイを緩める。同様にミラーカもあからさまな挑発に乗ってしまった事を恥じるように顔を背けていた。

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