File32:業炎魔

「やった……!」


 見ていたジェシカとヴェロニカが思わず歓声を上げるが、


「いえ、まだよ」


 ミラーカ達の表情はまだ厳しいままだ。よく見ると刎ね飛ばされたジョフレイの身体からは、血が一滴も流れ落ちていなかった。いや、血の替わりに強烈な炎がその身体から噴き出す。



『おぉ……やってくれたねぇ……下等な虫けら共が……! 君達は楽には殺さないよ。地獄の業火で永遠に焼かれる苦しみを味わわせてやる』



「……!」

 一塊になった炎の中からジョフレイの声が響いた。いや、口調からするとジョフレイなのだろうが、それは元の声からはかけ離れた人外の音声であった。


 炎の塊を割るようにして、中から燃え盛る人型が床に降り立った。体長は7フィート(2メートル以上)は優にあり、体重も600ポンド(250キロ以上)はありそうな巨体。その身体ははち切れんばかりの筋肉と赤銅色の肌に覆われており、まるで髪や体毛のように全身に炎を纏わせていた。



「それが……貴様の正体・・か。霊魔シャイターンではないな……?」


 現れた炎の魔人に対して油断なく曲刀を構えながらセネムが問い掛ける。



『当然。僕はシャイターンの上……霊王イフリートだ。これが強さを願った僕が契約と共にマリードから貰った力の正体さ!』



霊王イフリート……!! どおりで手強い訳だ」


 セネムが表情を歪める。彼女には炎の魔人の正体が分かっているようだ。口ぶりやセネムの言葉から判断すると、シャイターンよりも上位の魔神という事のようだ。やはりジョフレイは完全に人間を辞めていたのだ。


『ここまで力を解放するのは初めてだ。存分に楽しませてもらおうか。ああ、安心していいよ。この部屋はマリードの結界に覆われていて、僕の炎で燃焼したり酸欠になったりする心配はないから』


 そう笑った炎の魔人は両手を前に突き出す。すると炎の塊が形成され、それがまるで爆ぜるようにして拡散放射された!


「……っ!」

 さながら炎のショットガンという所か。高速で迫る無数の炎の散弾にローラは思わず硬直してしまう。


「危ない!」


 ミラーカが身体ごとローラを押し倒して庇ってくれた事で辛うじて難を逃れた。しかし代わりにミラーカが背中に炎を受けてしまう。


「うっ!」

 ミラーカの美しい顔が苦痛に歪む。セネムは何とか自力でやり過ごしたようだ。


「ミラーカ! くそ……!」


 ローラは炎の魔人に向けてデザートイーグルを発砲する。着弾し炎の魔人がよろめくがそれだけだった。


「……!」


『ははは、無駄だ! イフリートである僕にそんな物は効かないよ』


 炎の魔人は哄笑すると今度は片手を頭上に掲げた。その手の先に巨大な火球が形成された。炎の魔人が手を振り下ろすのに合わせて火球が轟音を上げてローラ達に迫る。


「く……!」


 ミラーカはローラを抱えて再び跳ぶ。直後に背後で爆発。着弾した火球が破裂し熱波と衝撃を撒き散らす。


「うぅぅ……!」

 再びローラを庇って熱に炙られたミラーカが苦鳴を上げる。


「ミラーカ、大丈夫!?」


「う……へ、平気よ。これくらい……償い・・には丁度良いわ」


「……!」

 ローラが言葉に詰まる。その間にもセネムが果敢に炎の魔人に攻め掛かっていたが、奴は手を薙ぎ払うだけで強大な炎を発生させ、迂闊に近付く事ができない。


 炎で視界を遮られて一瞬隙が出来る。そこに爆炎を割るようにして炎の魔人が突進してきた。


「何……!?」

 セネムは咄嗟に曲刀をクロスさせて閃光を発するが、同時に炎の魔人も燃え盛る拳を撃ち込んできた。


「あぐぅ……!!」


 閃光で多少怯ませたものの、それは攻撃の威力を僅かに軽減させたに過ぎない。ガードの上から炎の拳を叩きつけられてセネムが吹き飛ぶ。


 彼女はそのままローラ達の横まで吹っ飛んできた。



「セネム!」

「ぐ……くそ……歯が立たん」


 セネムが身を起こすが、その両腕は惨たらしく火傷を負っていた。

 

『ははは、無様だねぇ。さっきまでの勢いはどこへ行ったのかな?』


「くっ……」

 盛大な嘲笑にローラは唇を噛み締める事しかできない。奴の炎の力は強大だ。接近戦では手が出せない。デザートイーグルも通じない以上攻撃する手段がない。


(いや……)


 一つだけもしかしたらと思う手段がある。しかしまだ試してもいない事で、本当に出来るかすら解らない。だがそれでも状況を打破する為には賭けてみるしかない。


(『ローラ』……私もあなたを信じるわ。お願い、私達に力を貸して)

「……2人とも聞いて。もう一度だけ、何とか奴の隙を作って欲しいの。私と……『ローラ』を信じて」


「……! 解った。あなた達・・・・を信じるわ」


 ミラーカが即座に反応した。


「ロ、『ローラ』……? 何か解らんが、解った。私も君を信じてみよう」


 セネムも若干戸惑いつつも、ローラを信じて立ち向かう決意を固める。


『作戦会議は終わったかな? なにをしようと無駄だ。君達は僕に勝てないのさ!』


 炎の魔人が口を大きく開くと、火炎放射を吐き出してきた。ローラは距離を取って後ろに飛び退る。ミラーカとセネムはそれぞれ左右に回避して、挟み撃ちをするように斬りかかる。


『馬鹿めっ!』


 だが炎の魔人は自らを取り巻くように球状の炎の膜を発生させる。全方位を覆っていて隙が無い。


「く……!」


 ミラーカもセネムも悔し気に唸って足を止めざるを得ない。そこに炎の魔人が両手を左右に広げて突き出すと、それぞれの掌から小型の火球が何発も発射されて2人に撃ち込まれる。


 ミラーカもセネムも逃げ回る事しか出来ない。正面に位置しているローラもまた悔し気に顔を歪める。これでは隙にならない。


 彼女がやろうとしている攻撃には、『ローラ』の力を再び引き出す必要がある。今の状況でそれをやると確実に炎の魔人に気付かれて警戒される。そうなったら万事休すだ。


 だがミラーカとセネムだけでは炎の魔人の注意を完全に引き付ける事が出来ない。しかし悠長にしている暇は無い。このままではミラーカ達はすぐに限界を迎えてしまう。


(くそ……どうすれば……!)


 内心で焦るローラ。だが彼女は……いや、彼女だけでなくミラーカもセネムも、激しい闘いの中で、この部屋には他にも味方・・がいる事を半ば失念していた。




****




(ロ、ローラさん、すげぇ……いつの間にあんな力を……。て、感心してる場合じゃねぇ! 何かヤバそうだ。それに……このままじゃアタシ達も格好が付かないぜ!)


 炎の魔人と戦うローラ達を見つめるだけだったジェシカが内心で唸った。ローラやミラーカを助けるつもりで乗り込んできたのに、無様に敵に敗北して捕らわれの身となり、肝心のローラ達が必死で戦っているのをただ見ているだけの状態となっていた。


 納得できるはずがない。このままで良いはずがない。


 幸いというか、自分達を捕らえているシャイターン達も戦いに夢中になっているので、その隙を突けば脱出する事は出来そうだった。だがあの炎の魔人の力からしてジェシカとは相性が悪い。接近できない以上、ジェシカが加わっても殆ど何も出来ない。


 デザートイーグルの銃撃すら効かない相手では怪力で物を投げつけた所で無意味だろう。だが……


(先輩の力だったら……)


 ジェシカは目の怪物の触手に囚われているヴェロニカの方にチラッと視線を向けた。ヴェロニカの力なら炎の魔人とも比較的相性が良さそうな気がする。直接は斃せなくともその動きを束縛して隙を作るだけなら、少なくとも他のメンバーに比べたらかなりやりやすそうだ。


 この時点でジェシカの方針が決まった。彼女が向かうべきは炎の魔人ではなく……



 彼女は自分を押さえつけているフランシスに気付かれないように、少しずつ力を溜めていた。そして、


「グルルルルゥゥッ!!」

『何……こいつ!?』


 フランシスが気付いた時には既に変身を完了させていたジェシカは、一気に力を解放して背中を押さえつける犬の足を跳ね除けて飛び出していた。狙うは目の怪物の触手だ。


 ヴェロニカを拘束している触手に狙いを定めて鉤爪を振るう。


『いぎゃッ!?』


 目の怪物が怯んで拘束が弱まる。その隙を逃さずに引っ掻きや噛み付きを繰り返して、ヴェロニカを解放する事に成功した。


「ジェ、ジェシカ……」

「ガルルルルゥゥゥッ!!」

「……!」


 呆然としているヴェロニカに炎の魔人の方を指し示し、自らはシャイターン達からヴェロニカを庇うような姿勢と位置取りで意思表示を行う。


 変身すると声帯も変化して言葉が喋れなくなるのが難点だが、付き合いの長いヴェロニカにはそれだけで充分伝わったようだ。彼女の美しい顔が引き締まった。


 立ち上がると炎の魔人に向けて力を集中し始める。


『この、くたばり損ないが! もう容赦はせんぞ!』

『横槍を入れる気かい!? そうはさせないよ!』


 2体のシャイターンがヴェロニカを阻止せんと襲い掛かってくる。ジェシカは彼女を守るように両手を広げて真っ向から敵を迎え撃った!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る