File2:迫り来る闇

「警察の方々は真犯人が解らないから、代わりに母を犯人に仕立て上げたいのでしょう? 『殺人犯』の娘に今更何の御用ですか?」


 LA市内にある高校の応接室。校長の許可を取って教員であるキンバリーとの面会を設ける事が出来たが、案の定というか彼女は警察に不信感と敵意を抱いており、非常に固く冷たい態度であった。


 敵意剥き出しの態度にリンファが少し怯む。だがローラは予想出来ていたので落ち着いたものだ。


「返す言葉もありません。全ては我々の力不足が原因です。しかし警察の人間全てが同じ考えではありません。私達はセルマ氏の事情聴取を担当しまして、その結果どうしても彼女が嘘を言っているとは思えない、という結論に達したのです」


「……!」

 キンバリーの眉がピクッと動く。


「しかし現状他に何の証拠もないのは事実。彼女の言葉が真実であるのか否か……それを調べる為に、我々はもう一度事実関係の洗い出しを行う事にしました。ミス・パターソン。セルマ氏が無実であるというなら、それを証明する為にどうかもう一度我々に協力しては頂けませんか?」


「…………」


 キンバリーはしばらくローラを睨み付けるように眺める。ローラも目を逸らさずにその視線を受け止める。やがてキンバリーが溜息を吐いた。


「はぁ……ここで意地を張っても母は喜ばないわね。解ったわ。あなたは信用できそうだし、あくまで母の無実を証明する為に協力するわ」


 彼女の声音が少し落ち着いたものになる。それを受けてローラも緊張を解いた。息を詰めて見守っていたリンファなどは露骨にホッとしていた。


「ありがとうございます、ミス・パターソン」

「キムでいいわ。こっちこそ調べ直してくれてありがとう」


 ローラはキンバリー――キムと改めて握手を交わしてから本題に入った。


「では、キム。改めて当時の状況を確認したいのですが、何があったかを話して頂けますか?」


「ええ。まあ、私も結局は母の話を聞いただけなんだけど……」


 キムが仕事から帰ると、母のセルマが半狂乱になりながら縋りついてきた。その後の話は大体セルマの供述と一致する。


「ドナルド氏が話そうとしていた『重大な話』とは一体何だったのでしょう?」


 何となくだが、そこに鍵がありそうな気がする。だがキムはかぶるを振った。


「母も聞けずじまいだったから内容は私にも……」


 ここでローラはリンファの方に視線を向ける。


「どう? あなたから見て何か疑問に思う事はある?」


 ローラ自身は次に確認したい事は決まっていたが、敢えてリンファにも意見を求める。彼女にも自分で考え質問する癖を付けさせていかねばならない。


 ローラに話を振られたリンファは一瞬焦った様子を見せてから、顎に手を当てて必死に考え込んだ。ややあって若干遠慮がちに切り出す。


「……セルマ氏の話だと、家に帰ってきた時からドナルド氏は様子がおかしかったとの事でしたよね? でも前日までは普通だったんですよね?」


「え、ええ。特に変わった様子も無かったように思うけど」


「と、言う事は次の日に出掛けて、帰ってくるまでの間に『何か』があったとは考えられませんか? ドナルド氏の重大な話というのはその事だったと……」


 概ねローラが聞きたかった事と同じ内容だ。満足したローラは質問を引き継いだ。


「そう……そこが気になる点ですね。その日、ドナルド氏に何か特別な予定があったかなどお分かりになりますか? どんな些細な事でも構いません」


「と、特別な予定、ですか……。私の知る限りは無かったと思いますが……」


 質問を受けて考え込む様子となったキムだが、しばらくして顔を上げた。


「そう言えば……関係あるかは解りませんが、その日は確か同じ市議会の議長や何人かの議員達と一緒に、市長の所へ直談判に行くのだという話を聞いた気がします」


「市長の所へ……何故?」


「どうも度々議会を無視した独断専行の政治が問題になっていたそうで、私も詳細までは知らないんですが……」


「…………」

(今の市長って確か……)



 マイケル・ジョフレイ。かつてあの『バイツァ・ダスト』によって殺害されたヴァンサント州議員と上院議員の椅子を争っていたという対立候補。



 ヴァンサントに押され気味だったらしいという事で、一度は容疑者候補にリストアップされた事もある人物だ。しかし実行犯・・・であるメネスが封印された事で、他に証拠も上がらず結局真相は闇の中となってしまった。


 その後ジョフレイは上院議員への出馬を取り下げ、市長選に立候補した。そしてそのジョフレイに直談判しにいった市議が、同じ日に尋常でない様子で帰宅し、何か秘密を話そうとした瞬間にベースボールカードになった。


 勿論セルマの言う通り、あのカードが本当にドナルドのなれ果てだと仮定しての話だが、ジョフレイ市長は2件の疑惑の死に間接的にだが関わっているという事になる。


 しかもそのどちらにも人外の力が関与している。果たしてこれは偶然なのだろうか。


「……なるほど。解りました、キム。本当にありがとうございます。大変参考になりました」


 キムからこれ以上の話は聞けないと判断したローラは、一度考えを整理したかった事もあって、聞き込みを終える事にした。立ち上がって手を差し出す。


「余りお役に立てなくてごめんなさい。でも……どうか母の無実を証明して父の死の真相を突き止めて頂戴」


 キムも立ち上がって2人と握手を交わす。


「ええ、お約束します。他にも何か思い出した事があったら、いつでもいいのでこちらに連絡をください」


 キムに名刺を渡して部屋を後にした。



****



「先輩……ジョフレイ市長が何か関わってるって考えてます? 前の『バイツァ・ダスト』も人外絡みでしたよね?」


 応接室を出て廊下を歩いているとリンファが尋ねてきた。因みに彼女にも既に人外の存在に関しては説明済みだ。前回の事件で敵と直接戦った経験から、打ち明けても問題なさそうだという結論になったのだ。




「人間が素手であの〈信徒〉を倒すなんて大したものじゃない? いざという時に頼りになりそうだし、抱き込んでおいて損はないと思うわ」


 というミラーカの後押しもあって、差し支えない範囲で事情を打ち明けた。最初は目を丸くしていたリンファだが、同行してくれたミラーカが吸血鬼としての本性・・を少し覗かせると、顔を青くしながら信じてくれた。ナターシャの時と似たようなパターンだ。


 自分は人外の怪物に狙われる事が多く、もしかしたらあなたも巻き込まれるかも知れないので、相棒を降りるなら止めはしないというローラの言葉に、


「もうあの事件で充分巻き込まれましたよ。それに明日にだって車に轢かれたり、誰かに銃で撃たれて死ぬ可能性だってあるんです。それなら怪物に殺されるのだって何も違いはありませんよ。私の先輩に対する憧れはそんな事くらいで無くなったりしません」


 と朗らかに笑って相棒でいる事を継続してくれた。そして現在に至る。




「そうなのよね……。でも今回の状況証拠だけじゃちょっとね……」


 容疑者とするには弱い。相手は市長だ。確証が無ければ迂闊に事情を聞くのも難しいだろう。まずはドナルドと共に直談判に出向いたという議長を始めとした人物達に話を聞くべきだろうか。


 そんな事を考えながら車まで戻ってきた時だった。



「あら、やっぱりここに来たのね? まあ、あなたなら必ず疑問を抱いて再捜査すると思ってたわ」


 ローラに声を掛けて近付いてくる者がいた。白い肌に鮮やかな赤毛……。それはローラの友人でもあるLAタイムズの新聞記者ナターシャであった。


「ナターシャ……。何故ここに……なんて聞くのは今更ね。相変わらず耳聡いわね。言っておくけど話せるような事は何もないわよ?」


 ローラが先手を打って釘を刺すと、ナターシャは肩を竦めた。


「解ってるわよ。警察はセルマの言い分を信じずに彼女を犯人として逮捕。でもあなたはセルマと直接話して、彼女が本当の事を言ってるのかも、と疑問を抱いて再捜査に乗り出したばかりって所でしょう?」


「む……」

 正確に状況を言い当てられたローラが小さく唸る。ナターシャが苦笑する。


「まあ、今まで人外の怪物達と接してきたあなただからこそ疑問を抱けたんでしょうけどね」


「おほん! ……ナターシャ。私達は今勤務中なの。世間話がしたいだけなら時と場所を選んでくれないかしら?」


 するとナターシャは両手を上げて降参のポーズを取った。


「オーケー、前置きはこの辺にしておきましょう。今日は何かを聞きたいんじゃなくて、逆にあなたに情報を伝えに来たのよ」


「情報?」


「ええ。ドナルド・パターソンは本人の姿が映ったベースボールカードに変わってしまった、という事なのよね?」


「……ええ。セルマによるとね」


 ナターシャは既にその辺は把握済みのようなので、隠しても無駄と判断したローラは首肯する。



「……実は似たようなケースが以前にもあった事は知ってる?」



「……え?」

 初耳である。ローラは思わずナターシャの顔をまじまじ見つめた。手応えを感じたナターシャが頷く。


「あの『バイツァ・ダスト』のテロ事件の最中の事らしいんだけど……LA自然史博物館の館長であったウィリアム・ワインバーグが突如行方不明となったの」


「……!」

 それ自体はローラも知っていた。警察に捜索願も出ていたはずだ。だがローラは担当ではなかったし、当時はあのテロ事件の後始末に大忙しの時期で、他にも捜索願が大量に出されていた事もあって、殆ど関心を抱いていなかった。


「その時は他の行方不明者と同じく、例のテロに巻き込まれたんだろうって事で処理されたのはあなたも知ってるだろうけど、実は一点だけ警察には知らされなかった事があるのよ」


「何ですって?」


「……館長が失踪した日、博物館のホールに職員の見覚えのない陶人形・・・が転がっていたの」


「……!」


「奇妙な事にその人形はまるで館長の姿を戯画化したような造形だったらしいわ。そしてその人形を発見した日と、館長が失踪した日は重なる……。ねぇ、これってどこかで聞いたような話じゃない?」


「…………」


 ローラは胸の動悸が激しくなるのを自覚した。間違いなくドナルドのケースと同じだ。一件だけならともかく、二件続いたとなるとそれはもう偶然ではなく人為的・・・な物だ。


 そしてそんな現象を人為的に起こせる存在……それは人間ではあり得ない。



(また……来たの? また新たな怪物が、私の前に現れるの……?)



 しかも魔法のような不可思議な力を操る未知の存在という事になる。今までにないタイプだ。


「……っ」

 ローラは顔を青ざめさせて、動悸のする胸を押さえながら呻く。リンファとナターシャは、そんな彼女を痛まし気に見やる。


「せ、先輩……」


「ローラ……ごめんなさい。でも現実から目を背けても状況は良くならないわ。だから解っている事実だけでも早めに伝えておこうと思ったのよ」


 そうだ。ローラがどれだけ逃避しようとしても、奴等は向こうからやって来るのだ。ならば彼女に出来る事は、全力でそれに抗う事だけ。その為には確かに必要な情報は早く知っておいた方が良い。


 ローラは大きく深呼吸すると気持ちを落ち着けた。


「ええ、そうね。確かにその通りだわ。ありがとう、ナターシャ。私は逃げない。何が現れても精一杯立ち向かうだけよ」


 そう宣言するローラの目には力が戻っていた。リンファもナターシャもそれを認めてホッと胸を撫で下ろした。


「それでこそローラだわ」

「せ、先輩……かっこいい……」


 それぞれ異なった反応を見せる2人。ローラは即、今後の方針を定める。


「リンファ。まずは自然史博物館に行くわよ。館長の件が今回のドナルドの件と同一犯・・・の仕業なのかの確証を得る必要があるわ」


「は、はい!」


 急いで運転席に滑り込むリンファ。ローラはナターシャに視線を向ける。ナターシャは解っているという風に頷いた。


「私は私で情報を集めてみるわ。何か新しい事実が解ったら報せるわ。あなたも可能な範囲でいいから教えてよね?」


「立場上、確約はできないけどね。でも考えておくわ」


 ローラは苦笑しながら車に乗り込んだ。そして高校の駐車場を飛び出し、一路LA自然史博物館を目指すのだった。

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