File30:手掛かりを求めて

 リンファはローラから連絡を受けて、事情も良く解らないままに言われた通りにゾーイ・ギルモアの自宅に車を走らせていた。


(行方不明になって救出されたと思ったら、碌に話をする暇もなく休職になって、やっと連絡があったと思ったら……。一体何が起きているの!?)


 事情が解らないリンファは首を傾げる。前にFBIの捜査官達が来ていたがその影響だろうか。彼等が来てから程なくローラは保護されたので無関係という事は無いだろう。


 しかもあれだけ捜しても見つからなかったゾーイを発見しており、事もあろうに事情は彼女から直接聞けというのだ。リンファには何が何だか分からなかった。


 『身辺警護』が必要との事で銃は携行している。ゾーイは何者かに追われていたようなのでそっち絡みだろうか。


(……もう! 後で必ず説明してもらいますからね、先輩!)


 心の中でそう決めて、リンファは思い切りアクセルを踏み込んだ。





 ゾーイの家の前に車を停めて待つ事しばし……。一台の車が通りの向こうからやって来て、家の前に乗り付けた。


 念の為すぐには降りずに車の中から様子を見ていると、やってきた車から2人の女性が降り立った。1人は赤毛が特徴的なロシア系の女性。ローラが言っていたナターシャという女性か。となるともう1人は……


「……!」


 リンファは息を呑んだ。写真で見た顔……。本当にゾーイ・ギルモアであった。


 長い潜伏生活を送っていた割には血色がいい感じだった。ただ着ているグレーのジャケットとタンクトップ、ショートパンツという衣装は、相当くたびれて薄汚れてはいたが。


 リンファは車を降りた。一瞬ゾーイとナターシャは警戒したが、事前にリンファの容姿は聞いていたのかすぐに警戒を解いた。


「ゾーイ・ギルモアさんとナターシャさん……ですね? 私はツァイ・リンファ。LAPDの刑事でローラ・ギブソン刑事の相棒です」


 リンファが手を差し出すとナターシャが握手に応じてくれた。


「宜しく、ナターシャ・イリエンコフよ。リンファ、と呼んでも?」


 リンファが首肯すると、ナターシャは周囲を見渡すような動作をしてから、リンファを家の玄関に促した。ゾーイはリンファと挨拶する時間も惜しいとばかりに、家の玄関の鍵を開けていた。


「慌ただしくてごめんなさいね? 悪気がある訳じゃないのよ。ただ事は一刻を争うものだから」


「あ、あの……一体何が起きているんですか? あなたはローラ先輩とどういう関係なんですか?」


 家の中に入りながらナターシャに質問すると、彼女は肩を竦めた。


「私はLAタイムズの記者なの。そしてローラの友人でもあるわ。まあ簡単に言うと……ゾーイは『バイツァ・ダスト』事件に関する重要な『証人』なの。でも『バイツァ・ダスト』もそれを知ってて彼女を狙っているから、彼女が『証拠』を集めるまでの間、あなたに警護を頼みたいという事なの」


「は、はあ……」


 簡単にと言いつつ、やはりリンファには訳が分からなかった。ローラにFBIのみならず新聞記者の友人がいた事も驚きだ。もしかして彼女が以前にローラが仄めかしていた「伝手」なのだろうか。


「で、でもそれなら何で直接警察に保護を求めないんですか? 証人保護プログラムを使えば……」


「ええ、そう思うのは当然よね。でもそれが出来ない理由があるのよ」


「理由……?」


 リンファが聞き返すと、ナターシャはちょっと困った顔をした。


「理由は……今あなたに詳しい話が出来ない理由と同じよ。滑稽無糖すぎてまともに取り合ってもらえないでしょうし、そもそも『バイツァ・ダスト』は法で裁けるような相手じゃないの」


「な……」


 真顔でそんな事を言うナターシャにリンファは絶句する。新聞記者らしいが、陰謀論か何かの読みすぎではないだろうかとリンファは疑った。


 ただナターシャ1人ならともかく、ここにはゾーイがいて、しかもローラからも電話で指示されている。これはローラも知っている事なのだ。FBIが絡んできた事といい、単に陰謀論と一笑に付せない何かがある事はリンファも認めざるを得なかった。


 その時、先に自分の部屋に入ったゾーイの短い悲鳴が聞こえた。


「……!」

 リンファ達は話を中断して、慌ててゾーイの後を追って部屋に入った。


「ゾーイ、どうしたの!?」


「……くそっ! やられたわ!」


「……っ!」


 ゾーイが悪態を吐いている。部屋に踏み込んだリンファとナターシャも目を丸くした。


 部屋は無茶苦茶に荒らされていた。本や文献などの何か貴重な資料と思しき物も全て丹念に破壊されていたのだ。パソコンなども破壊されていた。


「こ、これは……」


「……なるほど。考えてみればこう来るのは当然ね。最初から解読の為の資料を破壊してしまえばいい」


 唖然とするリンファを余所に、ナターシャは冷静に事態を分析する。ゾーイが顔を上げた。



「……大学に行きましょう。教授の研究室なら資料があるはずよ」


「そっちにも手が回ってたら?」


「……研究棟は家と違って奴等も簡単には踏み込めないはず。パトリック達でも同じよ。死んだはずの彼等が急に現れたら大学は大騒ぎになってるはずだし」


「まあ、とりあえず行ってみない事には始まらないわね」


 ナターシャは頷く。リンファは全く事態に付いていけない。


「あ、あの……大学って? え……?」


「説明してる時間はないわ。すぐに向かうわよ! 付いてきて!」


「え、ええ!? ちょっと……!」


 ナターシャとゾーイは取るもの取りあえず急いで家を出て車に乗り込む。何が何だか分からないままリンファは、置いていかれまいと自分の車に乗り込み、急いでゾーイ達の後を追いかけていった。





 カリフォルニア大学ロサンゼルス校。研究棟にある考古学部の研究室には、部屋にも周囲にも人の気配が無かった。今のゾーイ達には好都合だ。ここに来るまでに行き交った人々は皆ゾーイの汚れた格好に目を丸くしていたが、今は構っている暇は無いので驚かせておくに任せる。


 フェルランド教授の研究室まで来たゾーイは、鍵を取り出してドアを開ける。


「良かった……。まだここには連中の手が及んでなかったみたい……!」


 貴重なのかそうでないのかリンファには判別が付かない物品やファイル、本などが乱雑に積み重なったりしているその部屋の中を見て、ゾーイがホッとした様子なる。


 乱雑ではあるが、荒らされている訳ではないらしい。大学……それも考古学部の研究室になど入った事もないリンファは呆けたように部屋の中を見渡していた。


 間抜け面を晒しているリンファを余所に、ゾーイは部屋に入って手早く乱雑に積み重なった資料の山を掻き分けていく。ナターシャが声を掛ける。


「ゾーイ、手伝える事は?」


「とにかくヒエログリフ関連の資料を探して! 見つけたらどんどんそこの机の上に積んでいって!」


「解ったわ!」


 ナターシャも即座に作業に入る。ヒエログリフと言われてもリンファにはどれがそうなのかも解らなかったが、ナターシャはその辺は問題ないらしい。それだけでもリンファにはびっくりだ。


「あ、あの、私は……?」


「とにかく部屋の外を警戒していて! 怪しい奴を近づけないで!」


 情けなさそうなリンファの問いに、ナターシャは作業から顔も上げずに怒鳴った。


(な、何なのよ、一体……! こっちは碌に説明もされずに振り回されてるってのに! 怪しい奴って言われたって解らないわよ!)


 心の中で毒づくリンファだが、鬼気迫る2人の様子に、それを口に出す度胸はなかった。クサクサしながらも、とりあえずドアから顔を出すような位置で周囲の廊下を見張る。



 そうして20分ほど経ったくらいだろうか。ゾーイはスマホを取り出し、そこに表示した画像と手元の資料を交互に睨めっこしながら唸ったり、何かをノートに書き留めたりしている。ナターシャはその助手といった所で、どんどん新しい資料を見つけたり、ゾーイに指示された資料をすぐに選り分けて彼女に渡したりしていた。


「く……同じヒエログリフでも、年代によって微妙に文法や用法に差異がある……。メネス王の時代……古王朝最初のファラオの時代の文字なんて、どうやって参照すればいいのよ……!」


 ゾーイが物凄い形相で頭を掻き毟る。


「それでも時間さえ掛ければ解読は出来るだろうけど……今は、とにかく急がないと……!」


「落ち着いて、ゾーイ……! 焦ったら余計にドツボに嵌るわ。……とりあえず年代の近いナルメル王の資料から参照してみてはどうかしら? ナルメルの墓は既に発見されてるから、それなりに文献や論文は揃ってるし」


「……っ!!」


 ナターシャが提案すると、ゾーイはガバッ! と顔を上げた。


「そ、そうだわ……私とした事が……! 完全に冷静さを欠いていたようね……。ありがとう、ナターシャ。すぐにナルメル王の資料を探して貰える?」


「ふふ、どう致しまして。もう粗方探してここに積んであるわ」


 ナターシャは笑ってすぐ横に積まれた資料の束を指し示す。


「……あなた、研究の道に進む気はない? 考古学ウチなら歓迎するわよ?」


 割と真剣な口調のゾーイに、ナターシャは苦笑して肩を竦める。


「前にローラから刑事も勧められたわ。でも私は記者が性に合ってるのよ」


「そう、それは残念ね。気が変わったらいつでも言って頂戴」


「ふふ、考えとくわ。さあ、それより解読の方を進めましょう」


「ええ、気合入れて行くわよ!」



 そして2人は先程までにも増して、集中的に作業に取り組んでいく。蚊帳の外に置かれたリンファは、TVドラマでも見ているような気持ちで、何とはなしにその光景を眺めていた。


(……私、ここで何してるんだろう?)


 そんな気持ちも芽生えてきた。これではただ振り回されて雑に扱われる為に来たようなものだ。自分など居なくとも何も問題無いではないか……。そんな風に思った。


 居たたまれなくなって部屋から目を逸らすように廊下に視線を戻すと、何か資料のようなファイルの束を両手で抱えながら歩いている男性が目に入った。


 4、50代くらいの白人男性だ。ここの職員か教員だろうか。重そうな資料を抱えながら忙しそうにリンファ達のいる研究室の前を通り過ぎる。リンファは軽く会釈だけしてやり過ごし、通り過ぎる男性に背を向けた。



 ――ドサッ! ドサッ!



 ファイルの束が床に落ちるような音がリンファの耳に入った。今の男性が落としたのかと振り向いた彼女の視界一杯に、その男性がこちらに向かって手を突き出してきている姿が映った。


「――ッ!?」


 リンファはほぼ何も考えずに、反射的に後ろに飛び退る。男の手が一瞬前までリンファのいた空間を薙ぎ払う。その手に青白い光・・・・のような物が発生した気がして彼女は目を疑った。



 ――ドゴォッ!!!



「な……!?」


 そしてその直後に更に目を疑う光景が……。青白い光に包まれた男の手が壁に触れると、壁がまるで巨大な土木用ハンマーで思い切り殴ったかのように凹み、ひしゃげた!


「何!?」

 ゾーイのギョッとしたような声。


「クソ! 〈信徒〉って奴だわ! 監視されていた!」


 ナターシャが毒づく。彼女にはこいつの正体が解っているようだ。

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