File29:王の余興

 どうにか修羅場(?)を収めて、地上階のロビーへと出てきたローラ達。既に時刻はすっかり深夜を回っており、周囲にも表の支道にも全く人の気配がなかった。


 だがそれでもどこで誰に行き会うか解らないので、とりあえずジェシカとヴェロニカの格好を何とかしなくてはならない。


 ヴェロニカは薄汚れたワンピース水着姿。ジェシカに至っては、自分が破いた服の切れ端を胸と腰に巻き付けているだけの原始人ルックだ。


 夜中とはいえ到底街を歩ける格好ではない。


「さっきクレアが言ってたように、シーツか何か身体を覆える物を探しましょうか」


 ローラの指示によって皆が動こうとした時だった。




 ――風が吹いた……ような気がした。




 同時にローラ達の背後で何か途轍もない存在感のような物が膨れ上がり、4人は弾かれたように一斉に振り向いた。


「……ッ!?」

 そして一様に目を見開いて息を呑んだ。



「……我が〈従者〉の反応が消えたので様子を見に来てみれば……。俄かには信じられぬが、お前達がやったのか?」



 そこに佇んでいたのは、時代がかった白いローブのような衣装に身を包んだ、恐ろしく整った容貌のエジプト系の男性……メネス王その人であった。


「メ、メネス……!!」

「ッ!?」


 呻くようなローラの言葉にクレアがギョッとしたように目を剥いた。一度相対しているヴェロニカは勿論、ジェシカも顔を真っ青にしながら冷や汗を垂らしていた。


 人外の力を操る2人には感じられるのだ。その圧倒的なまでの『陰の気』が。そして解ってしまうのだ。自分達が何をどう足掻いても、目の前の存在には絶対に勝てないという事が。


 それは以前エンジェルス国立公園で『エーリアル』本体に遭遇した時と同じ絶望感であった。あの時は怪物にとって致命傷となる薬の存在とアンドレアの自己犠牲によって、自分達は事なきを得た。


 だが今は……?


 メネスを倒す為の手がかりはゾーイ達が必死に解読している最中のはずだ。つまり……今この場では一切の攻略手段がないという事だ。



「ふむ……何故お前がこの場に居る? お前にはあの女の捜索を命じていたはずだが。監視に付けた〈従者〉はどうした? 反応が消えておらぬが……ただの人間が我が〈従者〉から逃げられるはずもなし」


「……!」


 メネスがローラの方を見て首を傾げる。ローラは銃を構えてメネスから目を逸らさずにクレアに声を掛ける。


「……クレア、隙を見て2人を連れて逃げて。私が奴を引き付ける」


「……ッ! 無茶だ! ローラさんを残して逃げるなんて絶対にしないからな!」


 クレアが何か言う前にジェシカが抗議して、むしろ皆を庇うように前に出た。


「ローラさん……勿論私も戦います。やれるだけやってみましょう!」


 ヴェロニカも『力』を高めて臨戦態勢になる。


「ジェシカ……ヴェロニカ……」


「ローラ。あなたを置いて逃げる者なんてここには居ないわ。それにどの道アイツから逃げられるとは思えないしね」


「クレア……!」


 クレアも銃を構えて気丈に微笑む。ローラはこんな時ながら言葉に詰まる。



「ふむ、まあ、事情はお前達から聞き出せば済む話か。それに新顔・・が2人ほどいるな。よく見ればタイプは違うが皆中々の美貌揃いだ。気に入ったぞ。お前達には全員、余の愛妾・・として側に侍る栄誉を与えよう」



「……ッ!!」

 メネスの、こちらの都合や人格など一切無視した態度に全員の顔が引き攣る。奴にとって自分達はただ好きに甚振ったり愛玩したりするだけのペット以下の存在という事か。


「……ふざけないで頂戴。あんたみたいな下衆の思い通りになんか絶対ならないわ!」


 その屈辱を怒りに変えて、戦いの原動力とする。そして4人は一斉に動いた!



 まずクレアが牽制の銃撃を加える。その全てがメネスに着弾したが、当然というかメネスは一切表情を変えず……いや、それどころか若干面白そうな表情にすらなっていた。


「はぁぁぁっ!!」


 そしてその間に『力』を高めたヴェロニカの『衝撃』が波動となってメネスに迫る。だが……


「……!?」


 メネスが手を翳すと『衝撃』は消え去り、ただのそよ風となってメネスを扇いだだけに終わった。


「グルルゥゥゥッ!!!」


 素早く変身したジェシカが側面から飛び掛かる。そして振りかぶった鉤爪がメネスの身体を引き裂いた!


「ガゥ!?」


 と思ったのも束の間、引き裂かれた箇所が服まで砂の粒子に変わりあっという間に修復する。身体だけでなく、服まで砂で構成した物だったらしい。慌てたジェシカが今度はその頭を砕こうと鉤爪を上段から振り下ろす。すると信じられない光景が展開した。


 一部どころか頭を含むメネスの身体全体・・が、砂の粒子となって飛散したのだ。そして一瞬の後には、ジェシカのすぐ背後に砂が集まり再構成・・・されたメネスの姿が出現していた!


 標的を見失って戸惑うジェシカの背中にメネスが手を翳す。


「……っ! ジェシカ!」


 ローラがデザートイーグルの引き金を絞る。側頭部にマグナム弾をぶち込まれたメネスの頭が丸ごと吹き飛んで砂の粒子に変わった。そしてやはり一瞬の後に、再び砂が集まって何事も無かったように頭が再生・・していた。


「……!」


 常識外れの光景にローラは絶句する。ジェシカはその間に難を逃れて距離を取る事に成功していた。だが状況は全く好転していなかった。


 先程は身体全体が砂の粒子に変わって瞬間移動した。その能力もさる事ながら、それはつまりメネスには【コア】のような弱点が存在していないという事になる。


(こんな奴……どうやって倒せっていうのよ……)


 それはローラだけでなく、他の3人にも共通する思いであった。絶望から動きが止まったローラ達を見て、メネスが再び首を傾げる。



「ふむ……余興・・は終わりか? では我が拠点へ連れ帰る故、しばらく眠っていてもらおうか」


(……! 来るっ!)


 4人は緊張に身構える。メネスが片手を前に突き出す。するとその手が砂の塊に変化し、4つに分かれて・・・・・・・恐ろしいスピードでローラ達4人それぞれに迫ってきた。


「な……!?」


 ローラとクレアは碌に反応も出来ずに捕捉され、その砂の触手・・・・が首に巻き付いた!


「がはっ!?」


 必死に振り解こうとするが、その砂はまるで鉄の塊であるかのような硬度と化しておりビクともしなかった。為す術もなく足が床から離れ、宙吊りに持ち上げられる2人。



 ジェシカとヴェロニカは、それに気付いていながら助けに向かう余裕が無かった。



 ジェシカは最初の一撃は辛うじて身体が反応し躱す事が出来たものの、砂の触手は鞭のようにしなりジェシカを追跡する。


「ガゥッ!!」


 迫る触手に鉤爪を叩きつけようとすると、何と砂の触手は更に2つに割れてジェシカの爪撃を空かした。思わぬ空振りに体勢を崩したジェシカの身体に、2つに割れた触手が巻き付いた。


「グァッ!? ガゥゥゥ……ッ! あ、ああぁ……!?」


 猛然と暴れて触手を振り解こうとするジェシカだが、急激に力を吸い取られる感覚を覚え、そして強制的・・・に人間状態に戻されてしまった。力が抜けて立っている事も出来なくなる。砂の触手はジェシカの首にも巻き付き、やはり宙吊りに持ち上げる。



 ヴェロニカは最初の奇襲を『障壁』で弾く事に成功したが、するとこちらも砂の触手が2つに割れたかと思うと、一方がヴェロニカの『障壁』を正面から攻撃。そしてもう一方が更に長く伸びて、回り込むような軌道で彼女の背後から迫る。


「くぅ……!」


 ヴェロニカはやむを得ずに後方にも『障壁』を展開させるが、前面からも攻撃されている状態なので、180度カバーするとなると『障壁』を薄く引き延ばさざるを得ない。そしてそんな薄い『障壁』ではメネスの攻撃を防げるはずもなく……


「ああぁっ!!」


 容易く破壊される『障壁』。砂の触手は、ショックで硬直した彼女の首に易々と巻き付いた。


「あ……あぁぁ……」


 そしてやはり力を吸収されてしまう。脱力したヴェロニカも宙吊りに持ち上げられた。



「が……は……」「うぐぅ……」「あ……ぅ……」



 ただ片手を前に出しただけの姿勢で悠々と佇むメネス。そして彼の眼前では、その腕から繋がった砂の触手によって宙吊りにされて苦しむばかりの4人の美女、美少女の姿……


 メネスがその光景に目を細める。


「……中々の絶景よな。5000年もの時を経て甦った甲斐があったというものだ」


 屈辱的な言葉に、しかしローラ達は誰一人反駁する気力も余裕も失っていた。皆、何とか宙吊りから逃れようと砂の触手を両手で掴んで無駄な抵抗を続けるのみだった。


 しかしその抵抗も徐々に弱くなっていく。ジェシカ達だけでなく、ローラやクレアも触手から急激に力を吸い取られていくような感触を覚えていた。同時に意識も遠のいていく。


(あぁ……もう駄目……。ミラーカ……ごめんな、さ、い……)


 闇に閉ざされていく意識の中で愛しい恋人の姿を幻想する。そして……完全に意識を失った。


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