File25:葛藤と救出

「な、何とか終わったみたいね……。しかしローラ……あなたいつの間にそんな物を・・・・・?」


 クレアがローラの持つデザートイーグルを見て呟く。人間相手には明らかにオーバーキルな武器。ローラは肩を竦めた。


「……あの『エーリアル』事件のすぐ後からよ」


 『エーリアル』相手ではローラの持つ銃は豆鉄砲のような物で、何ら痛痒を与えられなかった。その結果ミラーカがあんな重傷を負う事にもなった。『ルーガルー』の時もそうだ。ローラは迫りくる脅威に対して余りにも無力だった。


 今後も怪物に狙われる可能性がある事を考えると、今のままでは駄目だと思うのは当然の帰結だ。それで出したとりあえずの答えがコレ・・だ。


 豆鉄砲が通じないなら、もっと火力を上げればいい、というある意味では単純な発想だ。それでこのデザートイーグルを購入し、その反動に負けずに扱う為の射撃訓練も密かに積んでいたのであった。


 グロックでは通じなかった〈信徒〉を無事に斃せた事からも、ローラの選択と訓練は決して無駄ではなかった事が証明された。



「さあ、思わぬ足止めを食っちゃったけど、急いでヴェロニカを探さないと…………ジェシカ?」



 今の乱闘で駆けつけてこなかったという事は、この地下には現在あの『看守役』の3人しかいなかったようだ。しかし地上階に他の仲間がいないとも限らない。ローラは2人を促そうとして、ジェシカが固まったまま呆然としているのに気付いた。


「……!」


 そしてすぐにその理由・・に思い至った。ローラは自分を殴りたい衝動に駆られた。何故この事態・・・・を予測出来なかったのか……!


「ジェシカ? どうしたの? 早く行きましょう」


 それに気付いていないクレアが訝し気にジェシカに声を掛ける。ローラはそれを制してジェシカに歩み寄る。


「……ごめんなさい、ジェシカ。あなたに……『人』を殺させてしまった」


「あ…………」

 クレアが息を呑む気配。


 そう。〈信徒〉は洗脳されているようだが、明らかに生きた「人間」であった。今まで様々な怪物達と戦ってきたジェシカだが、恐らく「人間」を……それも自身の人外の力を用いて人を殺したのは、間違いなく今回が初めてだったはずだ。


 精神的には十代の女子高生なのである。ローラは彼女の能力を便利に思うばかりでその事を半ば失念していた。


「グ……ゥ……。ロ、ローラさん……あたし……」


 半人半獣から人間の姿に戻ったジェシカは、縋るような瞳でローラを見上げた。その手は自らが殺した人間の血に濡れており、おこりのように激しく震えていた。


 殺人を犯したという精神的な衝撃は勿論、自らの力が簡単に人を殺し得るのだという事実を目の前に突き付けられた事で、二重に動揺しているようだった。


「……襲ってきたのはあいつらよ。あなたは応戦しただけ。すぐに割り切るのは難しいでしょうけど……」


 クレアが理詰めでジェシカを慰めようとしているが、問題はそこではないだろう。案の定ジェシカは青い顔のままだ。ローラは今のジェシカに無理はさせられないと感じた。


「いいのよ、ジェシカ。怖いのは当然だわ。あなたはここで少し休んでいて。クレア、悪いけどジェシカに付いていてあげて。他に敵はいないみたいだし、後は私1人で探してみるわ」


 今のジェシカを1人にしない方がいいと判断したローラは、クレアに目線で合図をする。クレアは神妙な表情で頷いた。


「ご、ごめん、ローラさん……。あたし、こんな……」


「いいのよ、何も言わないで。あなたのその感情はむしろ人として正しい事なの。あなたは父親とは違う。今そうしてショックを受けて悩んでいる事が何よりの証拠よ」


「……ッ!」

 父親とは違う。ある意味でそれが一番ジェシカの言って欲しかった言葉なのかも知れない。ほんの少しだが弱っていたその目に光が戻るのをローラは感じた。


「さあ、ジェシカ。あそこに椅子があるわ。少し座って休んでいましょう。とりあえずこれを羽織っていなさい」


 クレアが自分のジャケットを脱いでジェシカの肩に羽織らせながら、少し離れた場所にあった長椅子に彼女を誘導する。それを見届けてローラはヴェロニカの探索を再開した。



 〈信徒〉達の死体を探ると1人が鍵束のような物を所持していたので、それを抜き取っておく。そしてデザートイーグルを構えて暗い廊下を進んでいく。


 いくつもの殺風景な金属の扉が並んでいる。通路も途中で鉄格子のような物で遮られていた。まるっきり刑務所のような作りだ。以前は精神病棟か何かだったらしい。


(……ヴェロニカはこんな所に監禁されてるの? 正直かなりキツいわね)


 こんな所に長期間監禁されていたら、頭がおかしくなりそうだ。色々な意味で早く彼女を救出しなければならない。


 途中の鉄格子は持っていた鍵束の中にあった鍵で開いた。奥にも更に厳重そうな鉄製の扉が並んでいる。その内の一つに歩み寄って中を覗いてみる。暗くてよく見えないが独房のような部屋だ。


 廊下に視線を戻して周囲を見渡してみると、一つだけ淡い照明の光が漏れている独房があった。地下にあるこの通路の……最も奥に位置する独房のようだ。


「……!」


 ローラは急いでその独房の前まで駆け付けた。そして狭い格子窓からそっと中を覗いてみる。


 淡い照明が付いていたので中の様子が良く見えた。粗末な寝台とトイレ、水道のみの極めて殺風景な部屋だ。そして……


「……ッ!!」


 その寝台に腰掛けてうなだれている、1人の女性の姿……。黒い長髪の褐色の肌。その身体を包む赤いワンピース水着はこの色褪せた独房の中で一際浮き立って見えた。もはや間違い様がない。


「ヴェロニカッ!」

「…………え?」


 寝台に座ってうなだれていた女性――ヴェロニカが顔を上げる。そして格子越しにローラと目が合うと、その瞳が信じられない物を見るように見開かれる。


「ロ、ローラ、さん……?」

「そうよ! 私よ! ヴェロニカ、しっかりして! 今助けるわ!」


 すると彼女の目が増々大きく見開かれる。


「う、嘘……ゆ、夢じゃ、ないんです、ね……?」


「勿論、現実よ。待ってて。今、鍵を開けるから」


 ヴェロニカが大人しくこの独房に捕まっている事からも、恐らく何らかの方法で『力』を封じられているのだろう。ローラは急いで色々な鍵を差し込んでみる。すると何本目かでガチャンッ! と鍵の回る感触と音が響いた。


 扉を開けて中に入り込む。


「ヴェロニカ、無事で良かった……!」

「ロ、ローラさん……ローラさん!」


 ヴェロニカは目に涙を浮かべたかと思うと、徐に立ち上がってローラの胸に飛び込んできた! 凄い勢いで、ローラは慌てて踏ん張ってそれを受け止める。


「ヴェ、ヴェロニカ!?」



「ローラさん! ローラさん! ローラさぁぁん! う、う、うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 ローラの胸に取り縋って激しく泣きじゃくるヴェロニカ。これまでの恐怖や不安が、救出に来たローラの顔を見た事で安心感から一気に溢れ出たかのようだ。それを悟ったローラは優しくヴェロニカを抱きしめてその頭を撫でてやった。


「もう大丈夫よ……。怖い思いをさせちゃって本当にごめんなさい。さあ、一緒に帰りましょう」


「う、うぅ……ひぐっ! グスッ……。す、済みません……私、こんな……」


 ローラに撫でられて落ち着いたのか、泣き止んだヴェロニカは急に恥ずかしくなって顔を赤らめた。ローラは優しく微笑んだ。


「いいのよ。元はと言えば私のせいなんだから、何をさておいても助けるのは当然の事だわ。さあ、ジェシカとクレアも来てるのよ。早く合流しましょう」


「あ……は、はい」


 ローラはヴェロニカの手を引いて促す。ローラに手を握られた形のヴェロニカは、何故かほんのりと赤面する。それは先程の泣き顔を見られた照れとはまた異なる感情・・・・・による物だったが、幸か不幸か(?)気が急いていたローラはそれに気付かなかった……

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