File24:ニューウェポン

 場合によっては中は真っ暗だと予想していたのだが、ロビーや廊下の壁の所々に……砂を固めて作られたような燭台が等間隔で並んでおり、その上で蝋燭の火が揺らめき暗闇をほんのりと照らし出していた。


 ここが紛れもなく『バイツァ・ダスト』の拠点の一つである事を物語っている。お陰で真っ暗闇を手探りで探索する羽目になる事は免れたが、同時に敵からも発見されやすくなる。


 3人はジェシカが先頭に立って先導し、その後ろを銃を構えたローラが付いていき、最後尾をクレアが背後を警戒するという布陣で、廃病院の廊下を慎重に進んでいく。


 ジェシカの先導に沿って薄暗い廊下を進んでいくと、やがて非常階段と思しき場所に差し掛かった。階段は当然上に続いているのだが、よく見ると下へ降りる・・・・・降り階段も口を開けていた。


 そしてジェシカは下り階段の方を指差した。


「……!」


 ローラの喉も鳴る。ここは一階……。つまりこの下り階段は……地下・・へ繋がっているという事だ。


 この状況で地下に降りる事は心理的に抵抗があったが、恐らくヴェロニカがそこに囚われている以上、行かないという選択肢はない。ローラは覚悟を決めて、他の2人を見やって頷く。彼女らも神妙に頷き返した。


 そして……地下への階段を下りていく3人。暗い降り口はまるで地獄の底へ続ているかのような不気味さであった。いや、生者ではないミイラ男の根城と考えれば、それはあながち間違いではないのかも知れない。


 やがて階段を下りきると、そこは大きな非常扉で仕切られていた。ジェシカが取っ手を引いてみると、特に施錠されている訳ではないようでゆっくりと開いた。


「…………」


 ジェシカは僅かに開けた扉から顔を覗かせて先の様子を確認すると、一旦顔を引っ込めてローラ達の方を振り向いた。


「……駄目だ。『陰の気』が充満してやがる。これじゃ先輩の居場所は勿論、敵がどこに潜んでいるかも解んないぜ」


 小声でそう言いながらかぶりを振るジェシカ。ローラは、かつてミラーカも『ルーガルー』を探す際に、『陰の気』が強すぎて感覚を狂わされて場所を特定できなかったと言っていた事を思い出した。


 強力な『陰の気』は、それよりも弱い人外の怪物の感覚を狂わせるようだ。だとするとここから先はジェシカの嗅覚も当てにならないと思った方がいい。完全に手探りでの探索になる。


「……解ったわ、ありがとう。じゃあここから先は何があっても対処できるように慎重に進むわよ」


 ローラの言葉に2人は再び頷いた。そしてジェシカが開けた非常扉から3人は、地下フロアへと滑り込む。


「……!」


 地下にもやはり壁に等間隔で砂の燭台が並んでいて、完全なる暗闇ではなかった。地上階よりは狭いようだが、廊下がいくつか伸びていて、殺風景な金属の扉が並んでいる。このどれかにヴェロニカは閉じ込められているのだろうか。



 非常扉から入ってすぐは少し広めのホールのような空間になっていた。そしてそこでローラは気付いた。いや、ローラだけでなくジェシカもクレアも気付いた。


 奥の廊下からヒタヒタと歩いてくる足音。それも……複数だ。身を隠す場所も時間も無かった。


 現れたのは人種も年齢もバラバラな3人の男性であった。ただ共通している特徴として、3人とも目が正気の様子ではなかった。ローラはこの目に覚えがあった。ヴァンサント邸で遭遇したエディ・ホーソン、そしてあの拠点で見た大勢の〈信徒〉達……。彼等もこのような目をしていた。つまりこの3人は……


「……ッ!」

 ローラは一切の躊躇なく、彼等に向かって発砲した。地下のフロアに連続して銃声が木霊する。


「な……」


 クレアの唖然とした声。それは警告もなくいきなり発砲したローラに対してでは無かった。ローラは歯噛みした。目の前の光景はある意味予想通りであった。


 まともに銃弾を浴びた3人の男は、しかし微動だにしていなかった。防弾ベストなどでない事は明らかだ。何故なら……銃弾が当たる寸前、彼等を青白い膜・・・・が包み込み保護したのだ。クレアが唖然としたのはその現象に対してであった。


 ジェシカもそれを見て表情を厳しくする。


「気を付けて! こいつら、〈信徒〉よ……!」

「……!」


 ローラの警告を受けて2人共臨戦態勢となる。男達が進み出てくる。


「侵入者は……排除せよとの〈王〉からのご命令だ……」


 そのどこか茫洋とした口調での言葉を合図に……〈信徒〉達が一斉に飛び掛かってきた! 3人にそれぞれ1人ずつが襲い掛かってくる。


「手からも青白い光が出るわ! 絶対に当たっては駄目よ!」

「……ッ!」


 ローラは以前のエディとの戦闘を思い出して咄嗟に2人に警告する。クレア達がきちんと認識したかどうかを確認している余裕は無い。その時には既にローラの目の前に〈信徒〉の1人が迫って来ていたのだ。


 50歳絡みの頭頂部が寂しい髪型の白人男性であった。突き出してきた手の先に青白い光が発生する。


「く……!」


 ローラは大仰に後ろに飛び退りながら銃を発砲して牽制する。だがやはり銃弾は青白い膜に弾かれてしまう。


 駄目だ。やはり警察支給のグロックではあの膜を破る事が出来ない。火力の問題なのかは解らないが……試してみる・・・・・価値はある。


 ローラは持っているグロックを手放して・・・・、スーツの懐に手を潜り込ませる。と、その時〈信徒〉が再び手に青白い光を放ちながら飛び掛かってきた。


「……!」

 首の骨を砕かれて死んでいたコートニーの姿が脳裏を過る。ローラは咄嗟に身を横に投げ出して飛びつきを回避した。


「死ね、咎人め!」


 〈信徒〉が間髪を入れずに、床に転がっているローラに追撃してくる。ローラはうつ伏せの体勢から上体だけを捻るようにして振り向かせ、懐に潜り込ませていた手を抜き放つ。そして――




 ――ドウゥゥンッ!!!




 物凄く重い射撃音・・・が地下フロア全体に響き渡った。ローラは手首ごと持っていかれそうな反動・・を、両手で支える事で耐えた。


「お…………」


 〈信徒〉が信じられない物を見るような目で、胴体に風穴を開けた・・・・・・・・・自らの身体を見下ろし……そのまま白目を剥いて仰向けに倒れた。即死だった。


(あの膜を貫通した……? いける……!!)


 予想以上の戦果にローラは逸った。


 その手にはシルバーの大きく武骨な銃身が特徴的な大口径の拳銃が握られていた。



 MRI製、50口径デザートイーグルである。最大口径のマグナム弾を用いた、一般に入手できる拳銃としては最高火力を誇る組み合わせの自動式拳銃だ。



 ヒグマやスイギュウなどの大型獣を容易く仕留め、防弾ベストも紙のように貫通する、一種の携帯型兵器・・だ。そしてどうやら〈信徒〉を保護する青白い膜すらも突き破ったようだ。


 ローラは素早く状況を確認する。ジェシカは人間のままでも高い身体能力がある為、〈信徒〉とも互角の挙動で渡り合っている。しかしクレアはそうも行かずに厳しい状況に追い込まれていた。


 クレアの持っている銃もFBI支給のやはりグロックであった為〈信徒〉の膜に弾かれてしまい、一方的に部屋の角の部分に追い詰められていたのだ。もう逃げ場がない。


「クレア!」


 ローラは急いで身を起こし、デザートイーグルの照準をクレアに襲い掛かろうとしている〈信徒〉に合わせた。


 再びの大銃声。大口径マグナム弾をまともに受けた〈信徒〉が横向きに吹っ飛ぶ。その脇腹には巨大な銃創が穿たれていた。


「ロ、ローラ。あなた、それ……」


 クレアが呆然として何か言い掛けるのを手で制して、ジェシカの方に視線を向ける。人間のままでは攻撃が通じなかったらしく、丁度〈信徒〉の攻撃を躱して飛び退ったタイミングで変身・・した。


「悪魔めっ!」


 〈信徒〉が喚きながら手を突き出してくるが、ジェシカは今までとは比較にならない文字通りの人間離れした挙動でそれを躱すと、


「グルルゥゥゥッ!!」


 その鉤爪の付いた手を振り下ろした。青白い膜と接触した鉤爪はしかし、それを紙のように切り裂くとそのまま〈信徒〉の身体を引き裂いた!


 〈信徒〉は切り裂かれた腹から臓物を飛び出させて即死した。

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