File20:本当の死

『ち……次から次へと……しかもまた人間ではないようだな。一体どうなってる……?』


「どうなってる、ってのはこっちの台詞だがな。……今度はミイラ男だと? この街は完全にどうかしちまったぜ!」


 ジェシカをローラに預けたジョンが、翼をはためかせて一気にジェイソンに突撃する! その手にはいつの間にか、どこで調達してきたのかサーベルのような剣が握られていた。


『……!』


 ミラーカの戦いを見慣れているローラでさえ目を瞠るほどの、凄まじいスピードだった。ジェイソンが咄嗟に翳した剣と、ジョンのサーベルがぶつかり合う。驚くべき事にそのパワーは拮抗しているようだった。


 ジョンは翼をはためかせながら縦横無尽に飛び回ってジェイソンを撹乱するが、ジェイソンもかなりのスピードでそれに追随する。一進一退の攻防が繰り広げられる。



 ジェシカが敵わなかったジェイソン相手に互角の戦いを演じていた。



「ジョ、ジョン……こんなに強かったの……?」


「……どうやら吸血鬼は、真祖であるヴラド以外は、第2世代も第3世代もそれ程能力の差自体は無いようなんだ」


「……ッ!?」


 呆然としたローラの呟きに答えるかのように後ろから男の声が聞こえたので、ローラはギョッとして振り返った。


「やあ、ミス・ローラ。久しぶりだね」

「……ニック?」


 それは『エーリアル』事件の際に共闘したFBIの捜査官、ニコラス・ジュリアーニであった。


「あ、あなたも……何故ここに? それにジョンがあんな強い理由を知っているの?」


「ああ。吸血鬼化した時の、素体の強さが影響するようなんだ。ミラーカはあくまで元は、蝶よ花よと育てられた中世の貴族令嬢だからね。対して彼は健康な成人男性で、かつ刑事として鍛えてもいただろうしね。大元の身体能力は、恐らく『親』であるミラーカより上なんじゃないかな?」


「な……」


 絶句するローラ。しかしニックは肩を竦めた。


「ま、だから彼がミラーカより強いって意味じゃないけどね。かつて君の相棒だったフラナガン刑事があっさり殺されたように、ミラーカには身体能力の差を補う圧倒的な技術と経験があるからね」


「…………」


「それで僕らがここにいる理由だけど……まずはあの〈従者〉を排除してしまおう。話はそれからだ。あいつを逃がしてしまうと、多分奴等に捕まってるだろうヴェロニカ嬢の身に危険が及ぶだろうからね」


「……ッ!」


 何故彼等がヴェロニカの事を知っているのか解らなかったが、確かにニックの言う通りだ。これは確実にローラの叛逆と取られても仕方がない。ジェイソンに逃げられたらヴェロニカが危ない。


「で、でも、どうやってあいつを……?」


 ローラの視線の先では2体の怪物が激しい戦いを演じている。互角ではあるが、倒せそうな気配は中々ない。



「実は……彼等を『殺す』方法は、そこにいるミス・ゾーイから聞いてはいるんだ」



「えっ!?」


 ローラはゾーイの方を振り返る。ゾーイが少し気まずげに目を逸らす。


「でもそれにはまずあいつを『倒す』必要がある。ジョンの加勢に入りたいが、正直あそこに割り込む度胸はないね」


 高速で動き回りぶつかり合うジョンとジェイソン。確かにあんな所にローラ達が割って入っても足手まといになるだけだろう。銃で援護しようにも動きが速く、ジェイソンだけに正確に当てられる自信はない。


 フレンドリファイアでジョンの邪魔をしては目も当てられない。


「グ……ウゥゥ……!!」

「……! ジェシカ!」


 その時、ジェシカが唸り声を上げて立ち上がった。傷だらけだがその目は闘志に燃えている。ニックが苦笑する。


「……本来はジョンの到着を待つはずが、あの〈従者〉が予想よりも早くミス・ゾーイを殺そうとした為に、君には貧乏くじを引かせてしまったが…………やってくれるのかい?」


「ガゥッ!!」


 ジェシカは一声吼えると、四肢を使って猛然とジョン達が戦っている場所に駆け出した。確かにあの戦いに割り込めるとしたら、ここではジェシカだけだろう。



 均衡はすぐに崩れた。ジョンの相手に集中していたジェイソンは、後ろから飛び掛かってくるジェシカに気付くのが遅れた。


「グルウゥゥゥッ!!」

『ぬう……!?』


 振りかぶってからのカギ爪の一撃は、ジェイソンの背中をザックリと切り裂いた!


 勿論血が出る事もなく、傷口からは乾いた砂が漏れ出ただけだったが、それでもジェイソンの動きを一瞬止めて、その意識を後方のジェシカに向けさせる効果はあった。


「おお……りゃあっ!!」

『……ッ!!』


 その隙を逃すジョンではなく、手に持ったサーベルの切っ先が正確にジェイソンの額部分に突き刺さり、後頭部まで抜けた!


 ジョンはそのまま勢いを緩める事無くジェイソンの身体を押し倒すようにして、貫いたサーベルの切っ先を地面に突き刺して、ジェイソンの頭を地面に縫い止めた。


「やった……!」

「いや、まだだ……!」


 思わず歓声を上げるローラだが、それを遮ってニックが急いでその場に駆け寄る。


「いいぞ、ジョン! そのまま押さえていてくれ!」


 そして躊躇う事なく、倒れているジェイソンの干からびた胴体に自らの手を突っ込んだ!


「な、何をしてるの……!?」


「……メネスの〈従者〉には、身体のどこかに【コア】があるはずなの。【コア】は身体のどこにでも自由に移動させられるから、戦闘中にそれを狙うのは至難の業よ。でもああやって一時的にでも「意識」を失わせれば……」


「……ゾーイ? あなた……」


 ローラは訝しむようにゾーイを見る。ゾーイは力ない微笑みを浮かべる。


「ローラ……私の事、軽蔑してるわよね? 今も自分の身を守る為に、あの学生達を再び殺そうとしている……」


「ゾーイ……」


「――あったぞ!!」


 その時ニックの興奮した声が上がり、ローラはハッとしてそちらに注意を向けた。


 ニックの手の中に丁度握り拳大の真っ黒い石のような物が握られていた。恐らくあれがその【コア】なのだろう。それを抜き取られたジェイソンは……


「あ……!」


 ビクンッ! と大きく痙攣したかと思うと、その身体がボロボロと崩れていき、やがて塵となって完全に風化してしまった。それは吸血鬼やグール達の死に様を連想させた。



 ……本来エジプトで死んでいたジェイソン・ロックウェルという学生は、今ここに本当の死を迎えたのであった……





「ローラ! ジェシカ! 大丈夫!?」


 戦闘が終わったのを見越してか、ダンカンの家のドアが開き、新たに駆け寄ってくる足音と女性の声。見やると2人の女性・・・・・が駆け寄ってくる所だった。ローラは何度目になるか解らない驚きを以って目を見開いた。



「クレア……。それに、え……ナ、ナターシャ!?」



 それはFBI捜査官にしてローラの友人クレア・アッカーマンと、LAタイムズの女性記者ナターシャ・イリエンコフの2人であった。


「え、ど、どうして……」


 ニックがいたのだから、その相棒のクレアがいる事は別に不思議ではない。だが何故ナターシャまでここにいるのかが解らなかった。クレアが苦笑する。ナターシャは持ってきていた大きなシーツのような布をジェシカに被せていた。


「……実はあなた達に先んじてゾーイの行方を突き止められたのは、彼女……ナターシャの協力に依る所が大きいのよ。彼女、とにかくアンテナが広いみたいでね。それとも怪しい事件を嗅ぎ付ける嗅覚とでも言うのか……。正直、超常犯罪課ウチで契約したいくらいの人材だわ」


「は、はは……それ、解るわ……」


 ローラは緊張感から解放された反動も手伝って、虚脱してその場にへたり込んでしまった。とりあえず話を聞かなければならない事柄が双方共に沢山ありそうだ。


 ヴェロニカはまだ捕まったままであり、予断を許さない状況だ。へたり込んでいる場合ではないと、ローラは自分に活を入れて再び立ち上がるのであった…………

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