File16:ニックの推理

 リンファがオフィスから退室するのを見送って、ニックがジョンの方に振り返る。


「……さて、じゃあここからが本題だね。ミラーカは何と言ってるんだい? あのモーテルの惨殺事件……彼女が犯人では勿論ないんだろう?」


「……! そうね。彼女、今ここに収監されているんでしょう? 直接話を聞く訳にはいかないかしら?」


 クレアもジョンを仰ぎ見る。だがジョンはかぶりを振った。


「ああ、いや、カー……ミラーカ、には、この事はまだ知らせていない。だから直接聞くのは勘弁して欲しい」


「知らせていないですって? 何故……?」


 訝しむクレアの横でニックが得心したように相槌を打つ。


「ああ、なるほど。確かに彼女がローラの失踪の事を知ったら、ここを脱走してでも飛び出して行ってしまう可能性が高いね」


 ジョンが苦々しく頷く。


「そうだ……。そうなったらカー……ミラーカ自身がローラの為にと我慢してきた、これまでの努力が水の泡になってしまう」


 脱走などすれば確実に指名手配になる。そうなればもうミラーカがローラと平穏な暮らしを営む事は絶望的だ。仮に大人しく戻ってきて再逮捕されたとしても確実に罪は重くなり、下手すると問答無用で刑務所行きになりかねない。


「なるほど、それで……。でもあの・・ミラーカの事だし、隠していてもその内何かで嗅ぎ付けられちゃわないかしら?」


 クレアの指摘にジョンが増々難しい顔になる。


「……その可能性は充分あり得る。だからこそそうなる前に急いでローラを見つけ出さねばならん。お前達に協力を要請したのはその為でもあるんだ」



「ふむ……そちらの事情は理解したよ。じゃあミラーカに話を聞くかわりに、君に色々教えてもらおうかな」


 ニックが納得したように、ジョンに話を進めるよう促す。


「ああ、そうしてくれると助かる。モーテルの惨殺事件の件だが、お前の言う通りカー……ミラーカではなく、先程リンファの話に出ていたフィリップとやらの仕業だそうだ。ミラーカはそいつに嵌められたらしい」


「あのミラーカが嵌められた? 俄かには信じがたいけど……」


「ミラーカの話ではそのフィリップという男、彼女に匹敵するような強さだったらしい。天井に張り付いたり、バスルームの袋小路で忽然姿を消したり、明らかに人外の怪物であったとの事だ」


「……!」


 クレアとニックの表情が険しくなる。2人共ミラーカの強さは知っている。彼女が遭遇しておいて、まんまと取り逃がした……。その事実がフィリップという男が人間でない事を物語っている。


 そしてローラが調べた残り3人の学生の存在。リンファによると、ローラは彼等もフィリップと同類・・だと確信していたらしい。更にミラーカが聞いた『マスター』なる存在……



「『マスター』、ね……。フィリップ達はメネス王の墳墓調査に赴いていて、そこで謎の失踪を遂げた。そして別人のように強く、凶悪になってこのLAに舞い戻ってきている……。これは……もしかしたら僕等は歴史の生き証人になれるかも知れないよ?」



「……! ニック、あなたまさか、その『マスター』とやらがメネス王本人・・だと……?」


 クレアは勿論、ジョンも目を見開く。


「君だってその可能性は思い浮かんだだろう? というよりこれらの状況証拠で、他に何か思い当たる原因があるなら教えて欲しいくらいだよ」


「…………」


 その推測を否定出来るだけの根拠をクレアは持ち合わせていなかった。ジョンが手を叩く。


「まあ、『マスター』の正体がなんであれ今はどうでもいい。それよりもローラだ。彼女を何としても見つけ出さねば……」


「彼女を攫ったのがその連中だとするなら、恐らく闇雲に探しても見つからないだろうね。だから僕としては……そのゾーイという女性を探す捜査を継続する事を提案するよ」


 ニックが確信ありげに提案する。


「ゾーイ・ギルモア……。フィリップ達がご執心・・・だという助教授ね。それにローラの旧友の……」


「何故彼女を? そう言うからには何か考えがあるのか?」


 ジョンの質問にニックは肩を竦めた。


「ローラの失踪に『バイツァ・ダスト』が絡んでいるという前提で話をするよ? そもそも何故このタイミングでローラが誘拐されたのか……。そこがヒントになるんじゃないかと思ってね」


「タイミング? どういう事?」


「事件の鍵をゾーイが握っている。ローラがそう確信して、ゾーイの行方を探し始めた矢先の出来事だ。連中もゾーイの行方を追っていたらしいし、警察より先にゾーイを確保したいと思ったんじゃないかな。警察の捜査を撹乱させ、かつ自分達がゾーイを早く見つけたいと思ったら君ならどうする?」


 問われてクレアは一瞬考え込む。そしてすぐにハッと顔を上げた。


「そうか……。真相・・に近付いている担当刑事を……」


「そう。担当刑事が突然失踪となれば、どうしたってそっちの方にも対処せざるを得なくなるし、真相に近付いていたローラが抜ける事で捜査は確実に遅滞する。そして自分達はそっくりそのまま担当刑事の力を利用できるって訳さ。ましてやローラが、そのゾーイと旧知の仲である事をもし連中が知っていれば、彼女は増々利用価値のある存在って事になるしね。つまりゾーイの行方を追っていけば自然とローラにも辿り着くというわけだね」


「…………」 


 クレアはこの少ない情報と僅かな時間でそこまで推測してしまえるニックの頭の回転の速さに、内心舌を巻いていた。いや、勿論現段階ではあくまで推測に過ぎないのだが、それでも何の指標も無い状態より遥かにマシだ。




「なるほど……理屈は確かに解るが……。あのローラが脅されただけで素直にそんな連中の言う事を聞くかな?」


 ジョンの疑問。言われてみると確かにその通りだ。ローラはかなり正義感が強い。脅して無理やり従わせているのであれば、非常に効率が悪いと言わざるを得ないだろう。


 だかここでもニックは軽く肩を竦める。


「これも推測だけど……人質・・がいるのかも知れないね。ローラの性格なら、親しい者ほど効果は覿面てきめんだと思うし」


「……ッ!?」

 クレアはギョッとする。


「そ、そんな……一体誰を……!?」


「心当たりは何人かいるだろう? 念の為彼等の安否も確認しておいた方が良さそうだね」


「……!」


 クレアは急いで心当たりを思い浮かべる。ローラの交友関係を全て把握している訳では無いが、条件に合致する者は限られている。クレアは急に不安になって気が急いてきた。もしクレアの推測通りなら、それは彼女にとっても親しい人物である可能性が高い。


「ニ、ニック、悪いけど、私……」


「ああ、構わないよ。すぐに彼等の安否を確認してきてくれ」


「ごめんなさい! 後は頼むわ!」


 言い置いてクレアはオフィスから飛び出していった。ニックはその姿を見送って苦笑する。


「やれやれ……彼女、一見クールぶってるけど意外と情に篤いんだよね。ま、そこが可愛い所でもあるんだけど」

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