File14:強制任務

「……何故こんな連続殺人を? 一体何を目論んでいるの!? 私達をどうするつもり!?」


「余がその質問に答える義理はあるまい。が、知った所でどうなる物でもなし。お主等の言う所の『殺人』は単に資金と〈信徒〉を集める為の手段だ」


「〈信徒〉を……?」


 ローラは咄嗟に後ろにいる人々を振り返った。20人ほどいる男達は、相変わらず不気味な沈黙を保っている。


「ここにいる〈信徒〉共は一部に過ぎん。既に相応の数の〈信徒〉が街に潜伏しておる。拠点もここだけではない」


「な……」


 特にエディだけが特別でない限り、〈信徒〉とやらは皆エディのような力を持っているという事になる。


(あんな連中が街にもっと沢山……!?)


 メネスが何をするつもりか知らないが、場合によってはとんでもない被害が出る事になる可能性もある。


「い、一体……何をする気なの……?」


「そこまではお主が知る必要のない事だ。お主をこうして招待・・したのは、それとは別件・・である故な……」


「……!」


 メネスが椅子から身を乗り出すようにしてローラの顔を覗き込む。


「べ、別件……? ミラーカを妃にって奴の事?」


 それこそ余りにも馬鹿げた話だ。ミラーカがこんな卑劣な殺人鬼の物になる事など、天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。ましてやこうしてローラやヴェロニカを巻き込んでいるのだ。彼等が買うのはミラーカの愛ではなく怒りだ。


 メネスが再び嗤う。


「ふ……お主が何を考えているかは解るぞ? 本人の意思など関係ない。いや、邪魔・・ですらある。あの女……ミラーカを我が物とした暁には、余の力で意思を縛り洗脳するまでよ。自由意思など反逆の元にしかならぬ」


「……ッ!」


 つまり人格も関係なく、ただ美しいという理由だけでアクセサリー感覚で狙っているという事か。ローラは猛烈な怒りを感じた。


「ふ、ふざけないで……。絶対にあなた達の思い通りになんてさせない……!」


「くく……威勢の良い事だ。ミラーカの事は勿論だが、お主を連れてきた目的はもう一つある」


「も、もう一つ……?」


「そう……。ここにいる我が〈従者〉達の素性はもう知っておるな?」


 〈従者〉……。先程出てきた〈使徒〉とは違う響きだ。となると間違いなくフィリップ達4人の事だろう。パトリックだけは居なかったが。


「ならばある程度の推測は出来ているのではないか? この者達が〈従者〉となった切欠……いや、原因となった人物・・・・・・・・についても……」


「……!」


 メネスの言う通り推測だけなら出来ていた。勿論実際の背景や詳細は、本人・・に聞いてみなければ解らないが。


「我が〈従者〉達は、その者を酷く恨んでいてな。何としても見つけ出したいのだが、かなり用心深く隠れているようで未だに発見には至っておらぬ」


「…………」


 その辺りもローラの推測が当たっていた形だ。やはり彼等はゾーイを追っていたのだ。


「そこでお主の存在に思い至った・・・・・。あのミラーカとも近しい存在で、かつ我等が追っている人物とも友人関係にある……。これ程都合の良い存在もおるまい」


「くっ……」


 ローラは歯噛みしながらも、何故メネスがローラとゾーイが友人関係なのを知っているのか疑問だった。もしかしたらゾーイが何かの拍子に学生達に話したのかも知れない。


(いや、だとしてもミラーカとの関係まで知っているのは何故?)


 疑問が表情に出ていたのだろうか。またしてもメネスが心を読んだように嗤う。



「ダンカン・フェルランドという男を知っておろう? あやつを殺し、その記憶を頂いたのだ」



「……!?」


「お主はあやつに、自分とゾーイという女が旧友だと自ら暴露していたな? その後あのミラーカが、お主を助け守る為に現れた……。ダンカンの記憶は実に興味深い事実を余に教えてくれたものだ」


「……!」


 あの『エーリアル』事件の時だ。あの時の言動が今になって尾を引くとは完全に予想外の事であった。


「お主には我が手駒となってもらうぞ。あのゾーイという女を見つけ出す為のな」


「……! い、言ったでしょう! あなた達の思い通りになんか――」


 ローラのささやかな反抗を最後まで聞かずに、メネスが掌を上にして掲げる。すると――



「ん! んんっ!? んんーーー!!」

「……!? ヴェロニカ!?」



 くぐもった悲鳴が上がり、ローラは弾かれたように視線を向ける。


 十字架に磔にされているヴェロニカの身体に纏わりつくように、微細な砂の粒子が渦を巻いていた。砂が舞う度にヴェロニカが苦し気に身をよじらせる。メネスが彼女に何らかの危害を加えている事は明白だ。


「な、何!? 何をしてるの!? お願い、やめてっ!!」


 ローラが必死に懇願すると、メネスは掲げていた手を降ろした。するとヴェロニカに纏わりついていた砂の渦が飛散した。苦痛から解放されたヴェロニカは、磔の姿勢のままガクッと首を垂れさせて荒い息をいていた。


「お主に選択の余地はない事が理解できたか?」

「く……!」


 ローラは割れんばかりに歯軋りする。メネスが脇に控えているジェイソンの方を振り向いた。ジェイソンは頷いてローラの前まで歩いてきた。


「我が〈従者〉の1人が監視に付く。お主はこのジェイソンと行動し、あの女を見つけてもらう。期限は一週間だ。それまでに見つけられなければ……解っておるな?」


 ヴェロニカを殺すという事だ。ローラは青ざめた。


「ま、待って! 今までの警察の捜査でも見つかっていないのに、一週間なんて無茶よ! せめてもう少し期間を……」


「その警察の捜査とやらである程度の的は絞れておろう? 友人としての立場を上手く使って誘き出すでも構わん。今までは必死さが足りなかったのだ。期限を明確に設けてやれば人間とは驚くほど集中力を発揮する物だ。……期間は一週間だ。一切の延長は認めん。この女の命が惜しくば死に物狂いで探すのだな」


「ぐっ……!」


 もしかしたら余り長い期間を与えると、ローラに反抗の手段を模索される事を危惧しているのかも知れない。いずれにせよローラはかつてない程に、精神的に追い込まれる事態となった。




 だが同時に心の隅では密かな疑問も抱いていた。


 メネスは何故人質を取ってまでローラを追い込んでゾーイを探そうとしているのか。フィリップ達が恨んでいるからと言っていたが、それにしては注力の度合いが大きい気がする。それにこの傲慢なメネスが下僕の為にそこまでするというのも嘘くさい話だ。


(ゾーイには何か秘密がある。或いは……何らかの秘密を知っている?)


 それもメネスにとって何か都合の悪い秘密を……。ローラの刑事としての経験が、そんな推測を立てさせるのであった……


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