File2:新しい相棒

「まあ、そんな訳で……カーミラ様にもまだ正体は掴めていない相手だ。お前も充分用心しておけよ。何せ怪物絡みとくると……なぁ?」


 ジョンは言葉を濁したが、何を言いたいかは充分理解している。何故かは解らないがローラには人外の怪物達を引き寄せる性質があるらしい。もしかしたら物凄く運が悪いだけかも知れないが……


 どっちにしても『バイツァ・ダスト』に人外の怪物が絡んでいるとしたら、ローラの前に何らかの形で姿を現す可能性は充分考えられる。尤もそれがいつ、どんな形になるのか全く分からないので対策の立てようも無いのだが。


 だからと言ってローラには、ただ家に籠って震えているなどという選択肢は無かった。相手が人知の及ばぬ怪物だとするなら、どうせどこで何をしていても必ずローラの前に現れるだろう。


 それならばいっその事こちらから積極的に捜査に加わって、一刻も早くその正体を暴いてやる事。その方が余程建設的というものだ。攻撃は最大の防御というヤツである。


 ミラーカとも、そしてジョンとも散々に議論した上で、ローラはこうして捜査に加わる事となったのであった。



「……俺はこうして警部補なんて立場になっちまったから、今までのようにお前の傍に付いてやる事は出来ん。勿論、事情を知ってる身として可能な限りのバックアップはさせて貰うがな」


 警部補となった事で捜査を指揮する立場となってしまったジョンは、当然ローラの相棒ではいられなくなる。それは既に解っている事であった。


「ありがとう、ジョン。それだけで充分よ。でも……それなら私はソロって事になるのかしら?」


 怪物の事を考えるとそれならそれでローラは構わなかったが、ジョンはかぶりを振った。


「いや、流石にそれは無理だ。お前さんには新しい相棒と組んでもらう事になる。……そろそろ来る頃なんだが」



 そんな話をしていると、丁度オフィスのドアがノックされた。



「お、噂をすればだな。入ってこい!」


「はい! 失礼します、警部補殿!」


 やけに元気の良い声と共にオフィスに入ってきたのは……



(……東洋人? 中国……それとも日本かしら?)



 白人であるローラにはパッと見では判別が付かなかったが、東洋系なのは確かだ。東洋系の……若い女性であった。美人というより可愛らしいという感じの顔立ちだ。少なくともよく映画などで見る、典型的な吊り目の東洋系という感じではなかった。


 女性はローラの前まで歩いてくると手を差し出した。



「ギブソン刑事ですね!? お噂・・はかねがね伺ってます! 今年から殺人課に配属になったツァイ 凛風リンファです! 宜しくお願いします!」


「ツァイ リンファ?」


 とりあえず握手に応じる。どうやら中国人のようだが、名前からして中国系アメリカ人という訳ではなさそうだ。ジョンが補足する。


「リンファは中国本土からの移民一世だ。子供の頃は普通に中国で暮らしていたらしい」


「へ、へぇ、そうなの? 移民一世でLAの刑事になるなんて凄いわね」


 ましてや潜在的に差別の対象になりやすく、マイノリティでもある東洋人。しかも女性だ。見た目はかなり若く見えるが刑事になっているという事は、最低でも4年以上の巡査期間を経ているはずだ。どんな苦労があったのかと思っていると、リンファはあっけらかんと笑った。


「いえいえ! メキシコ系の刑事さんなんかがスペイン語が話せるからギャングや移民の犯罪捜査で重宝されるのと同じで、英語と中国語が両方流暢に話せる人間って割とここでは希少らしくて結構重宝がられてましたから」


 ロサンゼルスは全米で3番目に大きいチャイナタウンを擁しており、中国系絡みの事件にも事欠かない。チャイナタウンで暮らす中国系の中には、アメリカに住んでいながら英語を全く話せない人間も一定数存在しているので、『通訳』の需要は存外大きい。


「そ、そうなの? でもそれじゃあなたを独占しちゃうのはマズいんじゃ……?」


「大丈夫です! あくまで希少ってだけで他に居ない訳じゃないですし。それにこれは私自身の希望でもあるんです」


「希望? 私の相棒になる事が?」


 リンファは大きく頷く。


「ギブソン刑事はこのLAPDの女性職員の間では結構有名人……というか半ば憧れの人扱いなんですよ? 私も勿論憧れてました! だから今回の話が出た時すぐに立候補したんです」


「そ、そうなんだ? ありがとう……と言うべきかしら? でも……女性2人のペアって大丈夫なの?」


 聞き込み相手や容疑者連中に嘗められたりして、トラブルの元になったりする可能性もありそうだ。だがジョンは肩を竦める。


「ま、お前さんの心配は尤もだが、他に適任がいなかったってのもある。トミーもダリオも死んで、俺も一度死んだ・・・からな。好んでお前の相棒になろうって物好きはそういないようだ」


「…………」


 短期間の内に立て続けに相棒が殉職している……。しかもトミーもダリオも不可解な状況での殉職であり、尚且つ次の相棒のジョン自身も生死の境を彷徨った。


 ローラの相棒になれば次は自分かと思うのは至極当然である。ローラ自身もその点に関しての保証が出来ないのが痛い所だ。確かに自分だって逆の立場であれば敬遠していた事だろう。


 そう考えるとこのリンファが名乗り出てくれたのは幸運だったようだ。少なくともローラは贅沢を言える立場にない。ローラは改めてリンファに向き直った。


「えーと……では改めて、こちらこそ宜しく、リンファ……と呼んで良いのかしら?」


 生粋の中国人は、例え英語でもセカンドネームを先に呼ぶ形で固定なので、若干戸惑いながら問い掛ける。


「はい、勿論です! 宜しくお願いします、ローラ先輩!」

「……!」


 先輩、という呼び方に一瞬トミーの事を思い出してしまったが、勿論リンファに他意はないだろう。敢えて訂正する物でもないだろうと判断する。ジョンの咳払いが聞こえた。



「おほん! さて、じゃあ互いの紹介が済んだ所で早速お仕事だ。ヴァンサント州議員は何者かに殺害されたという前提で我々は動く事になる。つまりは殺人事件だ。そして検死は既に済んでいる。となるとまずやる事は2つあるが、それはなんだ?」


 ジョンがリンファに問い掛ける。彼女はちょっと考え込むような仕草をした後、顔を上げる。


「ええと……そうですね。まずは現場検証、ですよね? それと……あ、関係者の洗い出しと聞き込みですね!?」


「良く出来ました。現場検証の方は他の連中に行かせてある。お前達は関係者の洗い出しの方に回ってくれ」


 ローラは頷いた。


「解ったわ。ヴァンサントに恨みを持ってそうな人間や、彼が死んで得するような人間がいないか当たってみるわ」


 ジョンがニヤリと笑った。


「いいねぇ。新人と並ぶと貫禄充分だな」

「ちょっと、やめてよ」


 20代も後半に差し掛かり、余りその手のジョークで笑えなくなってきているローラであった。


「はは、悪い悪い。それじゃ頼むぞ。このクソッタレ殺人鬼を一刻も早く引きずり出してやろうじゃないか」


「ええ、ホントに」


 こうしてローラは新しい相棒と共に、『バイツァ・ダスト』事件の初動捜査に乗り出すのだった。

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