File1:新警部補!?

 ヴァンサント州議員殺害を受けて、ロサンゼルス市警で正式に『州議会議員殺人事件』の捜査本部が設置される事となった。


「――以上が本事件の概要だ。極めて謎が多い事件だが、今回の3人だけでなく類似の手口で既に10人以上が殺害されている事が判明している」


 集められた捜査員達の前で、新任の警部補・・・・・・が挨拶を兼ねて事件の概要を説明している。


「これらの変死は今まで殺人事件としては取り扱ってこられなかったので野放しになっていたが、今後はそうはいかんぞ。この犯人が如何なる手段で殺害しているのかを必ず突き止め、その犯行を白日の下に晒してやる。これ以上この干物野郎の好きには絶対にさせん。解ったな!?」


 捜査員達から気勢が上がる。捜査員の中にはローラも混じっていた。彼女は複雑そうな視線で新任の警部補を見やっていた……





 各々の捜査員が初動の指示を与えられて散っていく中、ローラは個別に警部補のオフィスに呼び出されていた。ローラがオフィスのドアをノックすると、すぐに中からいらえがあった。


 中に入ってドアを閉めると、奥のデスクに腰掛けた警部補から座るように言われた。ローラが対面の椅子に座ると、それを待っていたように警部補が口を開いた。


「……ふぅ。どんなもんだった、ローラ・・・? 新進気鋭の警部補っぽく見えてたか?」


 やや砕けた口調になった警部補に対してローラも微笑む。


「ええ、ジョン・・・。結構様になってたと思うわ。皆、やる気になってたし」


 それを聞いて警部補――ローラの元相棒・・・、ジョン・ストックトンが溜息を吐いた。


「全く……目が覚めたら・・・・・・いきなり、警部補に昇進済みです、と来たモンだからな。準備も心構えもあったものじゃない。今はそれっぽく演じるので精一杯だよ」


「最初は誰だってそうよ。演じてる内に段々と本物になっていくものでしょ?」


「はっ! 気楽に言ってくれるぜ」


 ジョンは苦笑しつつ居住まいを正した。本題・・に入るという合図だ。ローラも気を引き締める。



「……ローラ。今回のこの……『バイツァダスト』だが……。カーミラ様・・・・・によると、人外の怪物が関わっている可能性が非常に高いそうだ。俺自身も、この街全体に拡散した『陰の気』を感知している」


「…………」


「心配を掛けないようにかお前にはまだ話していなかったようだが、最近になって何者かがカーミラ様を捜している気配があるそうだ。それが丁度この街で干からびた死体が発見されるようになった時期と一致しているらしい」


「……! まさか、ヴラドの信奉者?」


 ミラーカを捜そうとする動機のある者で心当たりはそれくらいだ。だがジョンはかぶりを振った。


「カーミラ様も真っ先にそれを疑ったそうだが、ヴラド……の封印が解かれた形跡はないそうだ。それにこの『バイツァダスト』の手口は、血液どころか身体中のあらゆる水分を吸い尽くしている。吸血鬼のやり口じゃない」


「…………」


 話の内容も勿論重要なのだが、それ以上にどうにも首の座りが悪いような居心地の悪さがあった。やはりジョンとの会話に未だに大きな違和感を覚えてしまう。彼がミラーカの事を『カーミラ様』と呼ぶ度にそれは強くなる。


 どうにもならない事ではあった。何より「それ」をミラーカに頼んだのは他ならないローラ自身なのである。ローラには違和感を感じる権利・・など無いのだ。


 「それ」をしなければジョンは今こうしてローラと話をしている事さえ無く、今頃は霊園の棺の中で朽ちている最中だったのだから……





 『エーリアル』からローラを庇った時の傷は致命傷であり、治療の甲斐なくジョンは息を引き取った・・・・・・・。元々ローラがドレイク本部長に直訴していた為、殉職が認められた時点でジョンは階級特進を受けて警部補へ「昇進」したのだった。


 しかしジョンが息を引き取る直前、自責の念からローラはミラーカに吸血鬼の力で何とか彼を助けられないか懇願していたのだった……




****




「ローラ……言っている意味は解っているのよね? 私が助けるという事はつまり……。トミーだったかしら? あなたの元相棒がどうなったか・・・・・・は、あなたが一番肌で実感しているはずよね?」


 ローラのアパートの自宅。ジョンが危篤だという連絡を受けて、決心したローラがミラーカに懇願したのである。


 即ち……ジョンを吸血鬼化させる事で死の淵から救って欲しい、と。即死したアンドレアを助けられなかった事からも解るように、死んでしまってからでは遅いのだ。もう迷っている時間はない。


「解ってる……。とても良く解ってるわ。でも……それでも、私は彼に死んで欲しくないの! 私を庇ったせいで死にかけている彼に対して私が出来る唯一の償いが、こうしてあなたに頼む事だけなの!」


「……私は本来、吸血鬼もグールも二度と作るつもりは無かったのだけれど。彼はあなたの……そして私にとっても命の恩人という事になるのよね……」


 ジョンが庇わなければローラとミラーカは、2人共仲良くバラバラ死体になり果てていただろう。それに『ルーガルー』との戦いの時にも、結果的に彼に助けられた事があった。ミラーカが額に手を当てて溜息を吐く。


「……確かに彼にこのまま死なれるのは寝覚めが悪いわね」


「……! それじゃあ……!」


「ただし! これは本当に特例中の特例よ。吸血鬼は本来人知の及ばない怪物。それを新たに作り出すという事が、人間社会にとってどれ程の潜在的なリスクとなるかは解っているでしょう?」


「そ、それは……でも、ジョンはいい人だし……」


「……トミーはいい人じゃなかった?」


「……ッ!」

 ローラは青ざめる。


「確かにシルヴィアの命令もあったでしょうけど、人間の心という物はあなたが思っている程強くはないわ。唐突に手に入れた超常の力はその精神をも歪ませるのよ。吸血鬼は基本的・・・には『親』にあたる吸血鬼に対して忠誠心を持つけど、それが絶対的な物でない事は図らずも私自身が証明しているわよね?」


「…………」


「更に言うと、私自身ヴラドに作られた吸血鬼。つまり私が作る吸血鬼も基本的に皆、ヴラドの系譜に連なる下僕という事になるわ。勿論私に対しても忠実になるけど、それ以上にヴラドに対しての忠誠心が心に刻まれるのよ。その結果のリスクは……言うまでもないわね?」



 それがミラーカがこの500年もの間グールは勿論だが、仲間の吸血鬼も作ろうとしなかった理由……。



 ミラーカは青い顔をしたままのローラの様子を見て、再び溜息を吐いた。


「……脅すような事を言ってごめんなさい。さっきも言ったけど、特例としてジョンは助けるわ。でもこれはそれだけ危険な行為だという事を認識して欲しいの。誰か死にかけている人を救急車替わりに気軽に治して、という訳には行かない事を解って貰えればそれでいいのよ」


 救急車替わり……その言葉にローラの胸がズキッと痛んだ。そんな気持ちが全く無かったかと言われれば嘘になる。頭では解っているつもりだったが、ミラーカに説明された事で自分が頼んでいる事の重大さを改めて理解させられた。


「で、でも……それでも、私は……」


「解っているわ。今のは今後についての警告みたいなものよ。ジョンに関しては私がしっかり手綱を握っておけば当面は問題ないと思うわ。……さて、危篤なのよね? なら急いだ方が良さそうね」


 ミラーカはロングコートを羽織って外出の準備を整えた。ローラは玄関まで見送りにいく。


「ミラーカ……こんな事を頼んでごめんなさい。でも……ジョンを……お願い」


「ふふ、いいのよ。さっきも言ったけど私自身にとっても彼は恩人になるのだし。でも、そうね……無事に終わったら、明日の夜はたっぷりサービス・・・・してもらおうかしら?」


「……ッ!」

 ローラは顔を赤らめる。その反応を見てミラーカが悪戯っぽく笑う。


「うふふ、楽しみにしてるわ。それじゃ……行ってくるわね」


 そうしてミラーカは夜の街へと消えて行った。




 翌日、集中治療を受けていたジョン・ストックトン刑事が一度死亡認定を受けた後に、奇跡・・の蘇生を果たしたという連絡がローラの元に届いた。


 そして意識を回復したジョンは、縫合手術・・・・で接合した手足も奇跡的・・・とも言えるスピードで回復させ、つい一月ほど前に見事職場復帰を果たしたのであった。


 死亡認定時の階級特進によって警部補に「昇進」していたジョンは、ネルソン警部から諸手を上げて歓迎され、また署員達も死の淵から生還したジョンに一目置くようになり、ストックトン警部補の新体制は意外な程順調な滑り出しを見せていた。

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