File17:恋人の役割

 ジョンの右腕が切断されて冗談のように宙を舞う。同じく右脚も切れ飛んだ。更に右の脇腹にも『刃』が通り、大量の血が噴き出す。いや、血だけではなく臓物のような物もはみ出ていた。即死は免れたようだが、それは僅かに寿命とそして苦しみが伸びたに過ぎない……。


 それ程の……致命傷といっていい有様だった。


「ジョンーーーー!!!」


 ローラは声の限りに絶叫すると同時に、凄まじい目付きで『エーリアル』を睨みつけた。



「チクショウ! てめぇっ!! この醜いクソッタレのチキン野郎っ!! 殺す! ぶっ殺してやるぅぅっ!!!」



 ローラが常の彼女からは考えられないような口汚いスラングを喚きながら、上空の『エーリアル』目掛けて狂ったように銃弾を撃ち込む。


 だが悲しいかな、怒りや憎しみで銃の威力が上がるはずもない。『エーリアル』は無情にも意に介さずに次弾・・の装填行動に入った。


「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 それを認識しながらも尚、狂乱状態で銃を撃ち続けるローラ。もう目の前の化け物を殺す事以外何も考えられなかった。


「ローラ、逃げてぇぇっ!」


 クレアが叫んでいるが、それさえも聞き流した。そしてローラとミラーカの命を確実に奪うであろう次なる『刃』が放たれようとした寸前――――




 ――『エーリアル』に何かが衝突、爆発し、その巨体を大きくよろめかせた。




「ギィッ!?」


 『エーリアル』が驚き視線を巡らせると、その方向から轟音が……何かを撃ち出す・・・・・・・ような轟音が響く。それも複数。


 そして再び『エーリアル』に着弾・・する。凄まじい衝撃に怪物の身体がぐらつく。


(い、一体……何が……)


 ローラも音が響いてきた方向に視線を向けて……その目が見開かれる。



 道路に面している側から次々と公園内に侵入してくる……武骨な鉄の固まり。下部にはキャタピラーが回転駆動し、その前面には大きな砲塔が備わっている。その特徴的な形状は見る者に、すぐにその正体を知らせる。


(せ、戦車……?)


 そう。何台もの巨大な戦車や装甲車が、公園外縁の木々を突き破って突入してきたのだ。『子供』達と警察が戦っている方に大部分が向かったが、こちらにも二台の戦車が向かってきた。そしてそれだけではなく……


「う、うそ……」


 クレアの呆然とした呟きは、接近してくるプロペラの回転音・・・・・・・・によって掻き消された。



 夜の闇を割ってやって来たのは、軍用ヘリ。ローラもそれ程詳しい訳ではなかったが、確かアパッチの愛称で呼ばれる『アメリカ陸軍』の主力兵装だったはずだ。


(え……そ、それじゃまさか……)


「は、ははは……まさか陸軍のお出ましとはね。これは一本取られたな」


 ローラの想像を肯定するように、ニックが額に手を当てて天を仰ぎながら乾いた笑い声を上げた。かつてあのヴラドも正面からの衝突は徹底的に避けた、アメリカ軍がその姿を現したのである。



 アパッチの両翼に備わったロケットランチャーが火を吹く。『エーリアル』は自分に向かってきたロケット弾を高速機動で躱すが、そこに地上の二台の戦車から砲撃が飛ぶ。


 再びの着弾。『エーリアル』も流石に無視できないようで、苦痛とも怒りともつかない叫び声を上げる。そこにアパッチがチェーンガンで牽制を加える。


 ローラ達の持っているハンドガンなどとは比較にならない威力の掃射に、『エーリアル』は堪らずに大きく翼をはためかせて更に上空へと飛び上がる。そして翼を広げ、お返しとばかりにアパッチに向かって『刃』を放つ。


 コックピットと掃射しているチェーンガン、プロペラの駆動部分を切断されたアパッチは錐揉み回転しながら墜落。派手に爆発炎上した。


 軍用の攻撃ヘリすら墜とした『エーリアル』の力に改めて戦慄するが、地上の戦車は怯まずに砲撃を続行する。それだけでなく、更に増援として何機ものアパッチがやって来るのが見えた。



 ――ギィエェェェェェッ!!



 形勢の不利を悟った『エーリアル』が奇怪な叫び声を周囲に轟かせる。すると周囲を飛び回っていた『子供』達の生き残りが、身を翻して一目散に飛び去っていく。


 それを見届けた『エーリアル』も、その人間とは異なる双眸を憎悪に滾らせながら、軍隊やそして地上のローラ達を睨みつけると、その身を翻し高速で飛び去っていった。



 危機が去った……と認識すると同時に、ローラの頭の中を占めたのはミラーカやジョンの事だけであった。陸軍が駆けつけた理由など、とりあえず今はどうでもいい。


「ミラーカ!? ミラーカ!! お願い、返事をして! 2人共、ジョンをお願いっ!!」


 ローラの必死の叫びにクレア達が慌ててジョンの元に駆け付ける。それを見届けてローラは再びミラーカに視線を落とす。ミラーカは見るも無残な状態で、ローラの呼び掛けに薄っすらと残った・・・目を開ける。


「ロ……ラ。あ……つ、は……?」


「ミラーカ!? ええ、大丈夫よ! 軍隊が駆けつけて助けてくれたわ! あいつは逃したけど、私達助かったのよ!?」


「そ……よ……っ、た……」


「ッ!? ミラーカ? ミラーカ!? どうしたの!? お願い、目を開けて! ミラーカーーー!!」


 再び目を閉じたミラーカは、今度はローラの声にも反応せずに動かなくなってしまう。ローラは心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じた。



「誰か! 誰かぁぁっ! 早く来てぇぇぇっ! ミラーカを助けて頂戴! お願いだから、誰かーーっ!!」



 半狂乱になって泣き叫ぶローラの元に、ジョンをクレアに任せてニックが駆けつけてきた。クレアはジョンへの応急処置を継続しながら、携帯を取り出して助けを呼んでいるようだ。


「ギブソン……いや、ローラ! 落ち着け! ミラーカを助けられるのは君だけだ!」


 ローラはニックの言葉に弾かれたように顔を上げる。


「ッ!? ニック……!? ど、どういう事!? 何か知ってるなら教えて! 何でもするわ!」


「忘れたのかい? 彼女は吸血鬼だ。そして吸血鬼にとっての生命の源……一番の薬は何だ。考えるまでもないだろう?」


「……!」

 ローラが目を見開く。何故それ・・に思い至らなかったのかと自分を殴りたくなった。



「しかも吸血鬼にとって、自分とよりちかしく相性がいい人間の血ほど、甘美でかつ回復効果も強くなる。その観点でいけば、君の血はミラーカにとっては特効薬にもなり得るはずなんだ」



 ローラは何の躊躇いもなく歯で自分の手首を思い切り噛み千切った。脳天を突き抜けるような激痛が走ったが、こんな物自分を助けてくれたミラーカやジョンの痛みに比べればどうという事もない。


 そうして出来た傷口をミラーカの口元の上に添えて、彼女の口の半分えぐり取られた側から自分の血をしたたらせる。血はまるで意志を持っているかのように、ミラーカの口の中に滑り落ち、体内へと吸い込まれていった。だがミラーカに目に見えた変化はない。


「まだだ。これだけでは足りない。もっと多くの血が必要なようだ」


 ニックに促されて、ローラは迷わず更に自分の血液をミラーカの口元に垂らしていく。


(お願い……目を覚まして、ミラーカ。私達、これからでしょう? 大変な事も沢山あったけど、その分楽しい事も一杯なくっちゃ……。ねぇ、そうでしょう、ミラーカ?)


 ローラは必死に祈りながら、ただ一心不乱に『献血』を続けた…………






 LAPDとFBIによる『エーリアル』掃討作戦は、結果として見るなら『失敗』に終わった。


 警察側の被害はLAPDの機動隊員13名とSWATの精鋭4名、FBIの部隊からも7名。計24名もの死者を出す大惨事となった。重軽傷者の数はその倍近くに上った。


 更に救援に現れた陸軍は、『エーリアル』に撃墜されたアパッチの乗員2名が死亡していた。それも含めるなら全部で26名の死者という事になる。



 先日の『ディープ・ワン』事件におけるロングビーチ市警の犠牲者数を、この短期間で更新していた。



 対して『エーリアル』の側は、ミラーカが討ち取った『子供』2体。警察との戦闘でやはり2体。救援に現れた陸軍の攻撃で3体の計7体の『子供』を討伐していた。


 全くの無成果という訳ではなかった為、責任者であったネルソンは罷免を免れたものの、風当たりは目に見えて厳しくなった。


 だが逆に『エーリアル』の戦力をいち早く見抜き、陸軍に出動要請を出していたドレイク本部長の手腕はマスコミにも高く評価され、警察そのものとしては実際に体を張って少なくない犠牲者を出した事もあって、世論からのバッシングは回避されたのであった。


 しかし逃亡した『エーリアル』や生き残った『子供』達の行方は未だ不明であり、復讐に燃えていると思われる怪物の脅威に、ロサンゼルスには未だ分厚い暗雲が立ち篭めていた…………

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