File16:怒りの怪鳥

「やれやれ……しかし中々終わりそうにないな。こちらの部隊の火力はかなりの物のはずなのに……。敵の戦力は予想以上に増強されているようだね」


 ニックの言葉にローラはハッとして思考を途切れさせる。


 そうだ。まだ何も終わっていない。周囲ではまだ多くの『子供』達が飛び交い、警察の部隊と死闘を演じているのだ。このまま見ているだけというのはローラの性に合わない。何とか手助けできる方法はないものか思案していると……



「お、おい……あれ、まさか……」



 ジョンの震えるような声に、ミラーカも含めた全員が上空を見上げ……絶句した。いつそこに現れたのか、月明りを遮る巨大な影……




「『エーリアル』…………」




「あ、あれが……」


 ローラの呆然とした呟きに、クレアの声も震えた物になる。ローラは確信した。


 ヤツだ。


 あの路地裏で遭遇した怪物本人・・。つまり本物の『エーリアル』だ。その巨大さだけではない。その身体から発せられるプレッシャーというか、とにかくそういう物が『子供』達とは段違いであった。


 『子供』達を容易く屠ったミラーカの表情も俄然険しい物になる。


「やはり……この『陰の気』……。その小さい連中とは桁違いだわ。ヴラドやマイヤーズにも匹敵する怪物のようね」


「……!」


 それはつまりミラーカ1人ではほぼ勝ち目はないという事だ。ローラは青ざめる。他の部隊は未だに『子供』達と交戦中で、こちらに加勢に入る余力は無さそうだ。ジェシカやヴェロニカもこの場にはいない。


 ローラは自分達が今、極めて危機的状況にある事を認識した。



 『エーリアル』が巨大な翼をはためかせてゆっくりと地上に降りてくる。ミラーカはローラ達を後ろに庇いつつ、緊張した面持ちで刀を構える。だが『エーリアル』はそれを無視して、ミラーカが斃した『子供』達の死骸の前に移動する。


「…………」


 そして屈み込み、その死骸を手を置いた。それはまるで我が子の死を悲しんでいるかのように見えた。いや、ように・・・ではない――



 ――『エーリアル』の身体から発せられるプレッシャーが爆発的に膨れ上がった。これは……怒り、いや、憤怒・・だ。



「く……!」


 ミラーカが苦しげに顔を歪ませる。彼女の言う所の膨大な『陰の気』に晒されているのだろう。


 『エーリアル』が立ち上がりつつ、ミラーカを睨み付ける。『子供』達を殺したのが誰か一目で見抜いたようだ。


「……ッ! 皆、下がって!」


 ミラーカの警告。それとほぼ同時に『エーリアル』が動いた。その巨体からは考えられないようなスピードで迫る。ミラーカは即座に戦闘形態に再変身し、上空へと飛び上がる。


 『エーリアル』は即座に軌道を変えてミラーカの後を追い、自らも上空へと戦場を移す。その飛翔能力は凄まじく、あっという間にミラーカに肉薄する。


 ミラーカも翼を全力ではためかせながら引き離そうとするが、空中戦では『エーリアル』に一日の長があるようだ。空中を高速で飛び回りながら両者の身体が何度か交錯する。そして何度目かの交錯で……


「あ……!」


 クレアが押し殺した悲鳴を上げる。ローラには速すぎて見えなかったが、どうやら『エーリアル』の攻撃をまともに受けてしまったらしいミラーカが負傷し、明らかに動きの精彩を欠いた。そしてその隙を逃す相手ではない。


 素早くミラーカの頭上の位置に移動すると、その両の鉤爪を全力で振り下ろした! 


 ミラーカはその一撃をまともに受け、物凄い勢いで地面に向かって叩きつけられた。10ヤード以上の高度があったので、落下の衝撃も相当な物のはずだ。


 事実ミラーカは変身も解けてしまい、苦しげに呻くばかりで起き上がる事も出来ない様子だ。



「ミ、ミラーカーーーッ!!」



 ローラは絶叫し、一目散に恋人の元に駆け出す。ジョンやニックが止める間も無かった。


「ローラ! 駄目っ!」「くそ、援護するんだ! 早く!」


 後ろでクレア達が叫んでいる声もローラには殆ど聞こえていなかった。ローラの目には苦しむミラーカの姿しか見えていなかった。


 変身も解け、その美しい顔と頭がざっくりと裂けて、おびただしい量の血が流れ出ている。肩を骨折したのか、腕が変な方向にねじ曲がっていた。


 控え目に言っても重傷だ。いくら吸血鬼とはいっても不死身ではない。『エーリアル』が追撃の手を緩めるはずがないので、このままでは遠からず……



(嫌……嫌……ミラーカ……ミラーカ。ミラーカーーーッ!!)



 ミラーカの元に辿り着いたローラは――何故か『エーリアル』は空中で静止したままこちらを見下ろしている――ミラーカを抱き起こす。そして……



「ひっ! ミ、あ……ああ! ミラーカ! 何て……何て事……! ああぁぁ! 酷すぎる! こんな……」



 ミラーカの、この世の物とは思えない程の美しい顔が……えぐり取られたように半分近く無くなっていた・・・・・・・。同じくえぐり取られた頭の半分からは、あの美しい艶のある黒髪が見る影もなく、その代りに何か赤い物体が覗いていた。



 それがミラーカの、だと……気付いてしまった。



「――――ッ!! あぁぁぁっ!! ごめんなさい! ごめんなさい、ミラーカ! こんな……こんな事になるなんて……!」


 半狂乱になりかけたローラだが、その時ミラーカの腕がピクリと動く。


「う、ぁ……ロ……ラ…………に、げ……」


「ミラーカ!? ミラーカ! 嫌よ! あなたを置いてどこにも行かない!」


 脳に損傷を受けた影響なのか、それとも顔半分がえぐり取られた影響か、まともに喋る事も出来ないようだ。そんな恋人の姿にローラは増々目に涙を溜め、ミラーカの身体をヒシっと抱き抱える。



 ――ギィエェェェェェッ!!



 奇怪で耳障りな叫び声と共に、上空で風が巻き起こる。ローラが睨み付けるようにして視線を上げると、『エーリアル』がその巨大な翼を広げていた。よく見るとその羽毛がモコモコと動いていた。


 『刃』を放つ気だ。その威力、速さ共に『子供』の物とは比較にならないだろう。


 『子供』を殺された怒りからか、ローラが居ても関係なしに彼女ごとミラーカに止めを刺すつもりのようだ。 


 だから何だと言うのか。ローラは絶対に逃げる気は無かった。ミラーカと共に死ねるのなら本望だとすら思った。


「ローラ!」「おい化け物! こっちだ!」


 クレアとニックが銃を撃ちまくって『エーリアル』を必死に牽制しているが、ハンドガン程度で怯むような化け物ではない。銃弾を浴びながらも、お構いなしに一気に翼を振り抜く。


「……ッ」


 ローラは思わず目を瞑って、ミラーカの身体をギュッと抱きしめる。絶対に離すつもりはない。死ぬ時は一緒だ。



「うおおぉぉぉ!! ローラァァァァッ!!」



 だがその時、ジョンの声が……


 とっさに目を開けたローラの視界に、物凄い形相で突進してくるジョンの姿が一杯に映った。


「ジョンッ!?」


 その勢いのままローラにタックルを仕掛け、抱えていたミラーカごと強引にその場から突き出す。


「……!」


 その衝撃に堪らず再び目を瞑って必死にミラーカを庇いながら倒れ込む。だがそれによってローラ達は射出された『刃』の軌道上から外れた。そして当然だが、先程までローラ達がいた位置に替わりにジョンが入り込む。


「ジョ――」


 ローラが何か叫ぼうとした時には、既に……『刃』がジョンの身体を切り裂いていた!

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