File4:カウンセリング

 病院の集中治療室のベッドに寝かされ絶対安静となっているダリオの姿を、ローラは部屋の窓越しに眺めていた。


「…………」


 痛ましいその姿を見ながらローラの頭には自責の念が渦巻いていた。『ルーガルー』はローラを殺さなかった。ならば自分が2階に行っていればこんな事にはならなかったのではないか……。そんな意味のないたらればをつい考えてしまう。




「ローラ……ダリオの様子はどうだ?」



 当てのない想念に沈んでいた所、彼女に声を掛けてくる者があった。マイヤーズ警部補だ。



「あ、警部補……。はい、まだ目は覚めないようで絶対安静のままです……」


「そうか……」



 マイヤーズも険しい表情のまま頷く。ローラは気になっていた事を聞く。



「あの……現場の方はどうですか? 何か解りましたか?」


「……残念ながら大した事は解っていない。アーロンとショーンの遺体、それにダリオの傷口からしても、犯人は『ルーガルー』で間違いないという裏付けが取れただけだな」


「そうですか……」


「更に良くない事に、マスコミに嗅ぎ付けられた。箝口令が敷かれる前に口の軽い者が喋ってしまったようでな」


「ええ!? そ、それって……」


「うむ……。若い女性以外にも被害者が出たという事……。それに白昼堂々家の中に押し入り家族を惨殺したという事実……。恐らく市民達は恐怖を煽られパニックに陥るかも知れんな」


「……!」


 このまま『ルーガルー』の被害が続けばいずれは避けられない事態だったとは言え、警察としては痛恨のミスである。またマスコミが市警バッシングに走るのは想像に難くない。



「は、犯人の容姿についてはどのように……?」


「まさか真実を話す訳にも行かんからな。とりあえずフードを被って鉤爪のような凶器を所持した大男、という事にしてある。それでどこまで押し通せるかは怪しい所だがな。実際検視官の中にはあからさまに疑念を抱いている者も出てきている」


「…………」



 あのロバートの検死はかなり正確だった。鉤爪を持った大男、では恐らく彼等は納得しないだろう。ただ箝口令によって渋々黙っているだけだ。このままではどこから検死の情報が洩れるか解ったものではない。



「その情報が洩れた日には……現代版『ジェヴォーダンの獣』の再来だよ。街は大パニックになるだろうな」



 人を簡単に、そして好んで殺す謎の大型肉食獣が徘徊しているなどと知られたら、市民の恐怖は計り知れない物になるだろう。ましてやそれが家の中にまで侵入してくると言うのだ。自警団紛いの連中による魔女狩りもどきすら起きかねない。


 事態の大きさに顔を青ざめさせるローラだが、マイヤーズはそんな彼女の肩に手を置いた。



「ローラ。これは命令だ。今日はもう帰って休め。根を詰め過ぎれば逆効果だ。丁度明日は非番だろう? 色々とショックな事も多かっただろうから、少し休んで英気を養え」


「け、警部補……了解しました」



 確かに肉体的、精神的に疲れ果てているのは事実だ。こんな状態では捜査にも支障を来すだろう。ここはマイヤーズの言葉に甘えさせてもらう事にした。



「うむ。ダリオに関しては、今は我々には何も出来ん。あいつ自身の生命力に賭けるしかない」


「そう、ですね。せめて彼が回復するように祈っておきます。……それでは」



 もう一度ダリオの姿を見て、それからマイヤーズに一礼してから、ローラは病院を後にした。





****





 ローラは病院から出たその足でウォーレンの教会に立ち寄った。丁度その日のミサを終えた所らしく、正門からゾロゾロと参加者達が帰っていく所だった。参加者達を見送る為に外に出ていたウォーレンがローラの姿に気付いた。



「おや、ローラじゃないか。しばらくぶりだね。今日は非番だったのかい?」


「ご無沙汰しています、神父様。ええ、まあ……上司に休みを取らされまして……」


「取らされ……? ふむ、どうやらまた何か無茶をしているようだね? 何があったんだい? 話せる事だけで構わないから聞かせてくれるかい?」


「し、神父様、ありがとうございます」



 まさに悩みを聞いて欲しくて来た訳だが、それを察してこうして向こうから態勢を整えてくれるウォーレンの気遣いにローラは深く感謝した。



「さあ、こんな所で立ち話もなんだし、とりあえず中に入ろうか。何か飲み物を持ってくるから適当に座ってて。……ああ、いいんだよ。丁度ミサが終わった所だから私も休憩したかったんだ」



 ウォーレンのさりげない気遣いに、またも心が暖かくなるローラであった。





「……ふぅむ。君が『ルーガルー』の事件を担当していたとは……。その、相棒の彼は災難だったね。怪我は酷いのかい?」


「ええ……未だに意識が戻らず絶対安静です」


「そうか……。しかし吸血鬼の次は狼男とは……。一体何が起きているのだろうね、この街に?」



 ウォーレンは難しい顔をしながら、マイヤーズと同じような事を言った。


 ウォーレンに淹れてもらったコーヒーを飲みながら、ローラは大よその顛末を語っていた。ウォーレンには前回の『サッカー』事件の折にも協力して貰っているし、既に吸血鬼の事も認知済みだ。人間性は十二分に信頼できるし、ローラも誰かにこの事を相談したかったという事もあって、狼男の件を打ち明けていた。


 幸いと言うか、吸血鬼の事を知っていた為に今回の件についてもすんなり信用してもらえた。



「それは私自身にも疑問です。勿論今までにも色んな犯罪は起きていますが、人外の怪物が起こした事件なんて当然初めてです。それがこの短い期間に立て続けに……。何だか偶然じゃないような気がして怖いんです」



 それは昨日も感じた疑問だった。人知を超えた怪物が急に暴れ出して表舞台に姿を現し、そして同じ街でこのように連続して凶悪事件を起こす。そんな事が偶然に起こりえるのだろうか?



「……君は『サッカー』と『ルーガルー』に何らかの関わりがあるとでも言うのかい?」


「あ、いえ、特に確証がある訳じゃないんです。ただ偶然にしては場所もタイミングも、色々と不可解な事が多くて」


「ふむ……確かにね。でも仮に偶然じゃなかったとしたら……そんな事考えるのも恐ろしいよ」



 ウォーレンはブルッと震えるように自分の肩を掻き抱いた。ローラはちょっと慌てた。



「あ、す、済みません、神父様。相談に乗ってもらっていたのに、こんな不安にさせるような事を言ってしまって。さっきも言ったように何の根拠もない想像に過ぎませんし忘れて下さい」


「おっと、気を遣わせちゃってこちらこそ済まなかったね。何でも相談に乗ると言っておきながら……」


「いえ、気にしないで下さい。こうして普段他の人には話せない内容を聞いてもらえるだけでも、胸のつかえが取れたような気がします」


「ふふ、それなら神父冥利に尽きるかな。状況は違うけど、告解に来る人も動機は皆それだからね。私達に出来るのは、とにかく話を聞いて悩みを共有してあげる事くらいだし」


「確かにそうかも知れませんね。自らの罪を晒してまで告解に来る人達の気持ちが今なら解ります」



 ローラもそうだが、特に何か適切な助言が欲しくてウォーレンを訪ねている訳ではないのだ。とにかく自分な話を聞いてもらって、自分の悩みを理解して貰う。言葉にすればそれだけの事だが、それが人間にとって如何に重要な事か、ローラは最近の体験から特にそれを強く実感していた。人間は誰しも本当の意味での孤独には耐えられないのだ。



「ありがとうございました、神父様。お陰で少し元気が出てきました。とにかくこれ以上の被害を食い止める為にも、私は私の出来る事をやっていきます」


「……ローラ。『ルーガルー』が君を見逃した理由は解っていない。また次も同じように見逃されるとは限らない。本当に……くれぐれも気をつけるんだよ?」



 ウォーレンの心の底から心配そうな様子に、ローラは少し申し訳ない気持ちになった。しっかりと頷く。



「ご心配をお掛けしてしまって申し訳ありません、神父様。『ルーガルー』の行動の予測は付きませんが、それでも私自身最大限に注意するとお約束します」



 自分自身への戒めも兼ねて、そのように宣言するのだった。

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