File28:いざ、決戦へ

「……やれるだけの事はやってみたけど……どうやって確認するんだい?」



 カーミラの前には、水が並々と注がれた銀の大杯があった。その横にはやや自信なさげな表情のウォーレン神父。



 ローラのアパートを出たカーミラは、その足でウォーレンの教会へ向かった。



「簡単よ。こうするだけ」



 そう言ってカーミラは杯の中に自分の指を差し入れた。『ローラ』から教わった、500年前と同じ方法だ。


「……ッ!!」


 そして熱湯に触れたかのように、すぐに指を引っ込めた。その反応に驚くウォーレンの顔をまじまじと見つめる。



「あなた……これ、どうやったの・・・・・・?」


「? 君達に言われた通りに、祈りを込めてみただけだよ。……もしかして失敗だった?」


「いえ……いえ、そんな事はない。成功よ。……認めるわ。あなたは確かに徳の高い本物の聖職者よ。ローラの言っていた事は正しかった」


「私はただ自分の信念に従って生きてきただけだし、そんな風に言われると少しこそばゆいね。お役に立てたようなら何よりだ。そう言えばそのローラは今日は一緒じゃないのかい?」



 一瞬本当の事を告げるか迷ったが、これ以上巻き込むことは出来ない。カーミラは首を振った。



「彼女は別の用事で忙しくしてるの。それが済んだら・・・・・・・『聖水』の事、お礼を言いに来ると思うわ」


「そうか……彼女にくれぐれも気をつけるように伝えてくれ。勿論、君もね」


「ありがとう。……ええ、必ず伝えておくわ」



 予め用意してあった小瓶に『聖水』を詰めると、カーミラは教会を後にした。




****




 車に乗り込んだ時、丁度携帯が鳴った。知らない着信音。ローラの携帯だ。カーミラは急いで携帯を取り出すと画面を見る。そこにはロバート・タウンゼントという名前が表示されていた。


 カーミラはすぐにこの間のショッピングモールに来た男の名前がロバートだった事を思い出した。とりあえず電話に出てみる。



「……ローラよ。例の件の事かしら?」



 ローラの携帯にカーミラが出ている事への説明を避ける為に、なるべくローラの声真似を意識して話すカーミラ。今まで電話でやり取りする仲でも無かったのだろう、ロバートは特に疑いもせずに話し出した。



「ああ。とりあえず一つだけだが確保出来た。受け渡しはどうすればいい? 署内では勘弁してくれよ?」



 それは今のカーミラとしても都合がいい展開だ。



「解ってるわ。休憩時間中に抜け出して、先日のモールのテーブルまで来て頂戴。そこで待ち合わせましょう」


「よし、解った。すぐに持っていくから遅れるなよ」



 そう言ってすぐに電話は切れた。どうやら一刻も早く心臓を手放したいようだ。カーミラは真っ直ぐモールへと車を走らせた。


 そう待つ事もなくロバートがせかせかとした足取りで近寄ってきた。両腕に小さなアタッシュケースのような物を大事そうに抱えている。



「ん? 君だけか? ローラは?」



 カーミラはウォーレンにしたのと同じ説明をロバートにもした。



「ふん、別の用事ねぇ。碌でもない事じゃなきゃ良いがね。ホラ、これがお約束のブツだよ。新鮮なのがいいって言うから冷凍してある。開封・・するタイミングはそっちで適宜決めてくれ。用事が済んだらそのケースは返してくれよ? 課の備品だからな」



 皮肉げな口調と共に、ロバートは持っていたケースを渡してきた。この言い分からして中身・・の方は確認しなくても良さそうだ。



「ありがとう、助かったわ。ローラも感謝しているわ」


「ふん、感謝してるならもう二度とこんな事は頼まないでくれよ? 約束通りこれで貸し借りはなしだと彼女に伝えておいてくれ」


「ええ、必ず伝えるわ」



 ロバートは鼻を鳴らしながら立ち去っていった。



 カーミラは、ふぅっと大きく息を吐いた。これで全ての準備・・は整った。後は夜を待って行動を起こすだけだ。



(……お願い。私が行くまで無事でいて、ローラ。私が……必ずあなたを助ける。この命と引き換えにしてでも……!)



 カーミラは悲壮な決意と共に誓う。決戦の刻はすぐそこまで迫っていた……

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