File27:決死隊
「ジョン! 大丈夫か!?」
「あ、ああ……何だか夢見心地のような感じだ……。傷の痛みも無くなったし、むしろ気分が良いくらいだ……」
「そ、そうか、なら良かった……」
同僚の無事にダリオはホッとした様子だ。マイヤーズはその間に床に倒れたもう1人の刑事の脈を取っていた。
「け、警部補、マットは……?」
ダリオの質問にマイヤーズは首を横に振る。床に倒れた刑事――マットは既に事切れていた。流石にカーミラにも手の施しようがない。
「畜生っ!」
ダリオが激情のままに床を殴り付ける。どうやら仲間思いの熱い性格であるらしい。マイヤーズが詰め寄ってくる。
「ミラーカ! 説明して貰うぞ! こいつらは何だ!? 君は何者だ!? 一体何が起きている!? ローラに何があった!?」
「気持ちは解るけど落ち着いて。何が起きているかは今見た通りよ。500年の時を経て甦った吸血鬼がこの街に潜んでいるの。こいつらはその吸血鬼が作り出した下僕達よ。吸血鬼に血を吸いつくされて死んだ死体が変化するの。だからそういう意味ではゾンビと同じよ。その証拠に、ほら……」
カーミラが指差した先で、グール達の骸がボロボロに崩れて風化していく。後には服だけが残された。
「こ、これは……」
「最初から死んでいたのよ。だから銃弾も効かないという訳。『サッカー』の犠牲者は公式には9人という事だけど、それはあくまで
「……!!」
ダリオが息を呑む。だがマイヤーズは別の事が気になったようだ。
「奴等、か……。犯人は吸血鬼。そして君も……吸血鬼だ。君と犯人達はどういう関係なんだ?」
「別に……。単に古い知り合いというだけよ。私は奴等を止めて、ローラを助けたい。ただそれだけ」
「……君のお陰で助かった事は事実だ。ジョンの事も救ってくれたしな。今は君を信じよう。それでこれからどうするつもりだ?」
「勿論手がかりを探して、奴等の居場所を突き止めるのよ。ローラはそこにいるはずよ」
「そもそも疑問なんだが、何故ギブソンは狙われた? わざわざ手の混んだ誘拐までして」
カーミラは溜息を吐いた。やはりそこに触れざるを得ないようだ。
「それは……私を誘き出す為でしょうね。奴等の目的は……私よ」
「……!」
大きな反応を示したのはマイヤーズよりもダリオの方だった。
「何だって? それじゃ多くの市民が殺されてるのも、今ここでマットが死んだのも全部あんたのせいだって事か!?」
「間接的には……そういう事になるわ」
「ッ! この……!」
「よせ、ダリオ! 今それを取り沙汰しても仕方あるまい。彼女が別の街にいればそこで殺人が起きた。そういう事だな?」
カーミラは黙って頷く。
「では仕方ない。彼女にはどうにも出来なかった事だ。……改めて聞くぞ、ミラーカ。君はどうするつもりだった?」
「……解った、正直に言うわ。恐らく向こうから私に対して『招待状』が届くはずよ。それを待つわ」
「では君が我々と接触してまでこの部屋に踏み込んだ理由は何だ?」
「それは勿論、ローラが奴等に攫われたという確証を得る為よ。後は……」
カーミラは滅茶苦茶になったリビングへ入ると、棚の上にあった宝石箱と、床に落ちていたハンドバッグを漁って、ローラの携帯を取り出す。今の携帯はGPSによる追跡が可能となっているので、携帯を持ち去らなかったのはそれが理由だろう。
「通常の犯罪捜査とは違う。彼女の携帯は私が持っていたいのでけど、構わないかしら?」
「……それが必要だと思うなら好きにするといい」
「ありがとう、警部補」
宝石箱も中身は何も入っていない事を確認した。これなら大丈夫だろう。もうここでの用は済んだ。後は向こうからの「アプローチ」を待つだけだ。
「しかしマットの事、何と報告すればいいのか……」
「思い切って正直に報告してみたら? ローラの苦悩が少しは理解できるかも知れないわね」
「む……」
バツの悪そうな顔になるマイヤーズ。と、そこに玄関にこのアパートの守衛が姿を現した。
「他の入居者から一斉に苦情が来たぞ。大きな物音や銃声まで聞こえたって……。あんた達一体何をやらかしたんだ?」
「あー……少々トラブルがあってね。だがもう済んだ。丁度いいからマスターキーは返しておく。しかし銃声がしたと言われたのにすぐに来たのは意外だな?」
マイヤーズの問いに、守衛は何かを思い出したらしい。
「あ、そうだった。あんた達が上に昇った後あの内務調査官の人が来て、黒い髪の美人さんにこれを渡してくれって頼まれてね」
「……!」
守衛はそう言ってカーミラに紙片を渡す。メモ帳の切れ端のようだ。そこにはこの街の外れにある寂れた霊園の住所が書かれていた。
「霊園、ね……。奴等には相応しい本拠地という訳ね」
「そこにギブソンがいるのか?」
「それは解らないわ。ただの罠の可能性もあるし……。でも、『彼』ならそんな姑息な手段は使わないと思う。恐らくローラはそこにいる。きっと私を打ちのめした後で、私の目の前でローラを殺そうとでも考えているんじゃないかしら?」
「……行くつもりか?」
「勿論よ。全てに決着を付けるわ。私が勝つにせよ負けるにせよ……いずれにしてもこの街での『サッカー』の被害は収まるわ。それだけは保証する。この常夏の街は、彼等にとって余り居心地が良くないはずだし」
自らの死を覚悟したカーミラの言葉と態度に、先程罵声を浴びせてしまったダリオがバツの悪そうな表情になる。
「相手の居所が解っているのだ。警備部やSWATを出動させて一気に制圧させるというのはどうだ?」
マイヤーズの提案に、カーミラはかぶりを振る。
「何て言って出動させるの? それにあのグール達を見たでしょう? 仮に偽りの報告で出動させたとしても、相手の正体を把握しないままの中途半端な戦力では無駄な犠牲が増えるだけよ。もう私はこれ以上誰にも私達のせいで死んで欲しくないの」
「あ、あんた……」
ダリオがカーミラをまじまじと見つめる。先程の激情は完全に沈静化していた。マイヤーズは何かを決意したような表情で頷いた。
「……確かに君の言う通りだな。あたら同僚達の命を散らす訳には行かん」
「解ってもらえたようね。それじゃここでお別れ――」
「だがギブソン、いや、ローラの救出には私も同行させて貰う」
「……!?」
カーミラは自分の耳を疑った。
「あなた正気!? 私の話を聞いていたの? 墓地にいるのは私と同じ能力を持った吸血鬼と、私達より遥かに強い吸血鬼の真祖よ。あんなグール達なんか比べ物にならない。それこそ無駄死にするだけよ!」
「無駄死にと言うなら君にも言えるのではないかね? そんな連中相手に君1人で勝てるのかい? それに部下が……同僚が危機に瀕しているというのに、何もせずに待っていろとでも言うつもりかね?」
「それは……」
「確かに力は及ばんかも知れんが、ローラを救出する手助けくらいは出来るはずだ。と言うかさせてもらう」
「…………」
しばらく2人は睨み合っていたが、やがてカーミラの方が根負けした。
「……はぁ。好きにすればいいわ。ただしもう誰も死んで欲しくないというのには、あなた達も含まれているのを忘れないで頂戴」
「無論だ。ご理解感謝する」
「……もしかしてローラの無茶振りって、あなたの影響なのかしら?」
「いや、彼女のは持って生まれた性格だ。それだけは間違いない……」
実感の籠もった言い方にカーミラは苦笑する。どうやらローラの上司という立場は、色々と心労が重なるものらしい。その気持はよく解ると思うカーミラであった。
するとそれまで黙っていたダリオが会話に加わってきた。
「俺も行きますよ。現場から遠ざかってた警部補だけじゃ不安がありますからね」
「ダリオ、お前はローラの事を嫌っていると思っていたが……?」
マイヤーズの言葉に、ダリオは頬を掻いた。
「別に嫌ってる訳じゃないんですよ。ただあいつにはこんな男所帯で危険ばかり多い部署よりも、もっと適した場所があると思ってて……。でもあいつは素直に言う事を聞かないから、俺もいつしか感情的になっちまって。今回の事ではあいつに謝らなきゃいけませんしね。こんな所で死なれて貰っちゃ困ります」
「ダリオ……」
「それにマットが殺されて、俺も頭にきてるんですよ。犯人には何としても落とし前を付けさせてやらなきゃ気が済みません」
「……解った。では頼りにさせて貰おう。お前はどうする、ジョン?」
マイヤーズは、まだ座り込んだままのジョンにも一応確認する。ジョンは首を横に振る。
「俺もマットの仇は討ちたいですが、残念ながらこの怪我じゃ足手まといになるだけです。俺はマットの事も含めて報告と処理の方に回りますよ。そっちも必要でしょう?」
「そうだな。ではそちらはお前に任せる。宜しく頼む」
マイヤーズはカーミラの方に向き直る。
「と言う訳だ。私とこのダリオも墓地に向かわせて貰う。異論は認めん」
「別に1人でも2人でも同じよ。ただし後で泣き言を言うのは無しよ?」
「よし決まりだ。それでどうする? やはり昼間の内に行くほうが良いのか?」
カーミラはその意見にもかぶりを振る。ヴラドは自分達とは違って昼間でも強大な力を発揮できる。昔、誰も彼を殺せなかった理由の一つだ。昼間はこちらの力が発揮できない分不利になるだけだ。
「行くなら夜が良いわ。無関係な人を巻き込む危険性も減るしね。それに突入の前に準備しておきたい事がいくつかあるの。あなた達もそれは同じでしょう?」
「確かにそうだな。解った。では夜に現地で落ち合おう」
そうしてこの場は一旦解散となった。マイヤーズ達はローラの失踪やマットの殉職などに関して色々処理する事があるようで、本部へと戻っていった。
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