File26:グール・トラップ

 それから時間は慌ただしく過ぎ……カーミラが再びローラのアパートまで来た時には、もう日が暮れ掛かっていた。令状を見せられた守衛は約束通りマスターキーを渡して通してくれた。それ以上関わり合いになるのはお断りという事らしい。


 今のカーミラはロス市警の刑事達と共にいた。ダリオの他2人の刑事、そしてマイヤーズまでがいた。


「指揮官が現場に直接踏み込むというのは、よくある事なの?」


 カーミラが尋ねるとマイヤーズは肩を竦めた。


「まだ『現場』と決まった訳ではないが……偶には直接動かんと勘が鈍るしな。それに部下に何か不穏な事態が起きているのは確かなようだからな。上司としては放ってはおけんよ」


「ふぅん。上司としては、ねぇ……」


「……何か言いたい事でもあるのかね? 第一それを言うなら、君こそ本来は一緒にいるのがおかしいのだがね」 


 マイヤーズの返しにカーミラも黙って肩を竦める。彼女は『友人』と『重要参考人』としての立場を強調して、強引にこの場に付いてきたのだ。何か彼女にしか解らない痕跡があるかも知れないし、他に確認しておきたい事もあった。


 マイヤーズが諦めたように首を振る。やがてローラの部屋の前まで来ると、何度かチャイムを鳴らす。しばらく待って反応が無い事を確かめると、ダリオ達に向き直る。


「よし、踏み込むぞ。お前達はバスルームを含めた各部屋を確保しろ。私はリビングだ。ミラーカ、君は……」


「大丈夫よ。あなたの後ろで大人しくしてるわ」


「……まあいい。では行くぞ」


 刑事達は一斉に銃を抜いた。マイヤーズがマスターキーでドアを開ける。まずダリオ達が中に踏み込む。彼らが途上の部屋を確保したのを見届けてから、マイヤーズとカーミラはリビングへと進んだ。


 ――リビングは荒らされ放題になっていた。明らかに激しくもみ合った形跡が認められた。どうやら犯人は最初から痕跡を隠す気が全くないようであった。



「これは……くそ、ギブソン!」


 マイヤーズが毒づく。カーミラは素早く部屋中に目を走らせる。棚の上に以前買った小さな宝石箱がそのまま置いてあった。流石に犯人もこの箱が『器』だとは気づかなかったようだ。テーブルにはローラの物と思われるハンドバッグが手つかずのまま置かれていた。



 そこまで確認した時だった。その時丁度日が完全に落ちた。



「うわぁ! な、何だこいつ!?」 

 

 と同時に刑事の1人が確保していたはずの部屋から大きな物音、そして争うような声が聞こえてきた。続けて発砲音。


「!! 何事だっ!?」


 急いでそちらに向かおうとしたマイヤーズ達だが、背後のベランダに続くガラスの割れる音と共に、3人程の人間がリビングに飛び込んできた。


「何っ!?」


 飛び込んできた男達は、いずれも真っ黒い目に牙を剥き出しにした異形の姿をしている。グールだ。


「止まれ! 止まらんと――」


 マイヤーズが警告しようとするが、勿論グール達は意に介さず突っ込んでくる。


「ちっ!」


 マイヤーズが発砲した。その狙い過たず銃弾は男達の胴体を撃ち抜き、衝撃で男達が倒れ伏す。だが……


「ば、馬鹿な……」


 当然だがグール達は何事も無かったかのように立ち上がった。撃たれた箇所からは血が噴き出ているので、防弾服を着ているのではない事は一目瞭然だ。マイヤーズは絶句する。


「これで解った、刑事さん? ローラが錯乱したのではないという事が」


「ミラーカ!? 君は……」


 カーミラは既にコートを脱ぎ捨てて臨戦態勢だ。グール3体程度なら刀が無くても問題ない。どの道狭い室内では使えない武器だ。


「ぐうぉぉぉっ!」


 グールが唸りながら飛び掛かってくる。カーミラはその突進を正面から受け止めると、右手を貫手の形にする。そして一気にグールの喉元を後頭部の延髄ごと貫いた!


 グールが痙攣しながら倒れ伏す。もう二度と起き上がっては来なかった。マイヤーズが唖然としていたが、構っている暇はない。残ったグールはカーミラとマイヤーズにそれぞれ襲い掛かって来た。


「噛まれては駄目よ!」

「む……!」


 マイヤーズは自分に向かってきたグールの、今度は眉間を撃ち抜いた。一瞬後方へ仰け反るがすぐに体勢を立て直して、眉間に風穴を空けたまま襲ってくるグール。


「ちぃ、化け物め!」


 マイヤーズの悪態。その時にはカーミラの方にもグールが迫っていた。天井スレスレまでジャンプして飛び掛かってくる。素早い身のこなしでそれを躱すと、一瞬でグールの首根っこを掴んで握り潰した。物も言わずに崩れ落ちるグール。


 マイヤーズの方を見ると、何と格闘戦でグールを殴り飛ばしていた。カーミラは目を瞠ったものの、床に倒れ込んだグールに素早く近寄って、やはり貫手で延髄を貫いた。


 もがくように痙攣してそのグールも沈黙する。


「ミラーカ! こいつらは一体――」

「話は後よ。まだいるでしょう?」

「……!」


 寝室の方ではまだ怒号が続いている。2人は急いで駆け付けた。最初に寝室を確保していた刑事が、首から血を吹き出して床に倒れていた。グールは2体いるようで、ダリオともう1人の刑事と、それぞれもみ合いになっていた。グールの方は身体中に銃創があったが、お構いなしに襲い掛かっている。


 カーミラは手近にいたダリオの方に駆け付けると、彼に圧し掛かっていたグールの首根っこを鷲掴みする。そしてそのまま片手で吊り上げる。非常識な光景にダリオだけでなく、マイヤーズも呆然としている。


 握力を込めて延髄を握り潰すと、すぐにグールは動かなくなった。残りの1体も同じように「処理」する。これで全てのグールを片付けたようだ。




「ミ、ミラーカ。君は一体……」


 カーミラはその質問には答えず、救出した刑事の様子を確認する。腕と肩口に噛み傷。


「奴等に噛まれたわね?」


「あ、ああ……突然の事で不覚を取った。でも傷はそんなに深くはなさそうだ」


 カーミラは首を振る。


「……奴等に噛まれたまま放置すると、奴等と同じ・・になるわ」


「な……ゾ、ゾンビ映画かよ……!」


 それを聞いたダリオが顔を青ざめさせながら、自分の身体を確認していた。本当はそうではなく〈マーキング〉されるだけなのだが、トミーの時の失敗を鑑みて、より彼等に危機感を持たせる為に方便を使った。どうやら効果は抜群のようだ。ダリオもマイヤーズも噛まれていない事は確認できた。


「治す方法はあるのか!?」

「ええ、一つあるにはあるけど……」


 マイヤーズの問いにカーミラは歯切れ悪く答える。彼らの前で牙を晒す事に抵抗はあったが、どの道グール戦で人間離れした挙動を見られているのだ。今更な話かも知れない。


 カーミラは意を決して、自身の牙を剥き出しにした。マイヤーズとダリオはそれを見て何度目かの絶句をする。


「き、君は……君は、まさか……」


 呻くようなマイヤーズの声に構わず、カーミラは負傷した刑事の首筋に噛みついた。刑事の身体がビクンッと震える。


「お、おい、ジョンッ!?」


 ダリオの声も無視して、カーミラは目を瞑り意識を集中させる。刑事――ジョンの身体に流れる血液の中に「不純物」を感じ取る。


(見つけた……!)


 グールの毒のみを器用に吸い出したカーミラは、ジョンの首筋から離れ、シンクに向かって吸い取った不浄の血液を吐き出した。

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