女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA

ビジョン

Case1:『サッカー』

Prologue:甦りしもの

 その日、ルーマニアのトランシルヴァニア地方にあるチェルクという田舎の村に惨劇の悲鳴が轟いた。乱射される自動小銃の発砲音。老若男女の悲鳴。


 人口300人に満たない森の中の小村だ。凶悪犯罪など起こったこともない。平和に慣れた村人達は、突然の事態にパニックになるだけで、何ら組織的な避難など出来なかった。




 夜、訪れる者も滅多にいない村の入口に、大きな車が乗り付けた。


 何事かと思った何人かの村人が集まってくると、黒塗りの車の窓が開き、そこから銃口が覗いた。発砲音と共に、集まっていた村人は一瞬で射殺された。


 そして車の中からライフルを構えた数人の男達が素早く降り立つと、恐慌状態に陥った村人達を追い回し、射殺して回った。家や納屋の中にまで踏み込み、隠れていた女子供まで容赦なく射殺していく。


 それはまるでこのチェルクという村を地図の上から消し去ろうとするかのような凄惨極まる大虐殺であった。



 程なくして村には死体の山が築かれていた。



「……生き残りは?」

「いません」

「よし」



 それがこの恐ろしい惨劇を引き起こした直後の犯人達のやり取りだ。そこに多くの無抵抗な人間を虐殺したという罪悪感や興奮などは微塵も感じられなかった。ただ淡々と仕事をこなしただけという雰囲気。



「探せ。私は血を集める」



 リーダー格の指示に従って3人の男達が散開し、手近な家から徹底的に物色していく。金や貴金属の類いには見向きもしない。何か特定の物を探している様子であった。


 その間にリーダー格の男は死体の山に近づき、ナイフと大きめの瓶を取り出す。そして死体の喉をナイフで切り裂くと、そこから流れ出る血液を瓶に落とし込んでいく。同じ作業を他の死体にも繰り返す。やがて大きな瓶は死体から採取した血液で一杯になった。



 そうこうしている内に、家々を物色していた男達が戻ってきた。



「あったか?」



 リーダー格の問いに、男達の1人が無言で持っていた物を差し出す。それは古めかしい装飾の為された壺のような物だった。蓋が付いており、外れないように留め金も付いていた。



「どこにあった?」

「上蓋の地下室が隠されていて、その中に」

「そうか」



 リーダー格は他の2人の男達にも視線を巡らせる。彼らの手にもそれぞれ小さな壺が握られていた。最初の男の持っている壺よりもやや小さく簡素な造りだ。



「よし、始めよう」



 言いながらリーダー格は懐から一冊の本を取り出した。非常に年季の入った分厚い装丁の本だ。表紙には何も書かれていない。男達が手に持っている壺の蓋を外し、「中身」を地面にこぼしていく。壺の中身は……灰であった。壺一杯に灰が詰められていたのだ。やがて地面に灰の山が3つ出来上がった。


 灰を出し終わった壺を男達は何の未練もなく投げ捨てた。男達の目的は壺ではなく、その中身の灰にあったようである。


 リーダー格の男が先程採取したばかりの、瓶一杯に詰まった血液をその灰の山に振りかけていく。全ての血液を3つの灰の山にかけ終えると、持っていた古い本を掲げる。その本に部下の1人がライターで火を点ける・・・・・


 古く乾燥していたと思われる本は、瞬く間に火に包まれ燃え上がる。リーダー格は自分の手が火傷するのも構わず、炎に包まれた本を持ったまま、血液が染み込んだ灰の山にその本を近づける。すると炎はまるで意志を持っているかのように、灰の山にそっくりと燃え移った。同時に本が完全に焼け落ちて消失する。



 3つの灰の山に燃え移った炎は、激しく燃え盛り……やがてそれぞれが人の形を取り始める・・・・・・・・・



 リーダー格も含めた男達は全員、まるで何かを崇拝するように恭しく膝を着いて、臣下の礼を取った。


 炎は次第に小さくなり、完全に収まった。3つの灰の山があった場所には……3人の人物・・・・・が立っていた・・・・・・



「……お帰りなさいませ、我が主よ」



 リーダー格が頭を垂れたまま、恭しい口調で目の前に現れた人物に語り掛ける。



「……お前は?」



 3人の中央に立っていた人物が口を開く。古めかしい貴族風の衣装に身を包んだ黒っぽい髪をした東欧風の壮年男性であった。だがその顔は不自然な程に青白く、生気という物が感じられなかった。



「かつて主の使用人であったイゴールの子孫……同じくイゴールと申します」


「ほう、イゴールの……。子孫と言う事は、相応の時が経っているようだな。 我らはどれ位眠っていたのだ?」


「は……ざっと500年以上・・・・・・は……」


「――――!」



 リーダー格……イゴールの答えに、質問した中央の男ではなく、その両脇に控える2人の女性が動揺した気配を見せる。女性達はどちらも男を蕩かせるような美貌の持ち主で片方が赤毛、もう片方が淡い金髪であった。どちらも時代がかった貴婦人風のドレスを身に纏っている。赤毛の女性の方がイゴールに詰め寄る。



「500年!? そ、それではワラキアは……オスマン帝国はどうなったの!?」


「……どちらも既に滅びて久しく、今は存在しておりません」


「ッ!! おお……! な、何という……!」



 赤毛の女性がショックを受けたようにおののく。金髪の女性がイゴールを睨みつける。



「何故もっと早く我らを目覚めさせなかったのじゃ!? 主様さえご健在なら、ワラキアが滅びる事など無かったと言うに……!」


「……お怒りはごもっともです。ご聖灰の在りかを突き止めるのと、封印の書の入手を成功させるのに、何世代もの時間を費やされました。私の代でようやくそれが叶いました次第にございます」


「く……! それだけに500年も掛かったと言うのか!? この無能者め……!」



 金髪の女性になじられても、イゴールはじっと頭を垂れたまま動かない。金髪の女性が更に言い募ろうとした所で、中央の男性が再び口を開く。



「よい、シルヴィア。仕方なかろう。それだけカーミラが念を入れたという事だったのだろう。むしろ500年で済んで幸いだった」


「! カーミラ……あの裏切り者の売女め! 主様に受けた恩も忘れて、八つ裂きにしても飽き足らぬ奴……!」



 カーミラという名前を聞いて、金髪の女性……シルヴィアがその美貌を歪めて歯ぎしりする。それを見て男性が苦笑する。



「ふ……そういきり立つな。……イゴールよ。カーミラはまだ生きておるのか・・・・・・・・・?」


「はい……。用心深く、詳細な所在までは特定出来ていませんが、おおよその居場所であれば……」


「……と言う事だ。シルヴィア、アンジェリーナよ。時間はたっぷりとある。今度はこちらがカーミラを500年間封印してやるのも面白そうだと思わんか?」



 男性はそう言って、シルヴィアと赤毛の女性……アンジェリーナの方を振り返る。2人の女性の顔が邪悪な喜悦に歪む。



「それは名案です、主様。勿論封印する前に、地獄の責め苦を味あわせて差し上げますわ」



 アンジェリーナの言葉にシルヴィアも同意する。



「ええ。私達が受けた苦しみ……。あの女にも味あわせなくては。かつての同胞・・・・・・よしみとして、ね……」



 血気に逸る女性達を見て、男性も頷く。




「カーミラへの報復が成った暁には、人間共を奴隷とし再び夜の王国を……我らがワラキアを復活させる」




 男性の宣言に、イゴール達だけでなくシルヴィアとアンジェリーナも平伏する。男性の目がイゴールに向く。



「それでカーミラの居場所は……?」


「はい。今は西の海を渡った先にある、アメリカ合衆国という国におります」


「アメリカ合衆国……」


「詳しくはこの者達から、直接お読み取り・・・・・下さい。この500年の間の世界情勢や現代社会の知識なども一通り詰め込んであります」


「ふむ、そうだな。確かにそれが手っ取り早い・・・・・・か。……中々気が利くな、流石はイゴールの末裔だ」


「……恐縮にございます」



 イゴールが部下の男達に合図をすると、男達は前に進み出て男性とシルヴィア、アンジェリーナの前にそれぞれひざまづいた。



「500年振りという事になるか……。では、頂こう」



 そう言うと男性が口を開ける。その口には犬歯というには長すぎる、まさしく牙としか思えない物が生えていた。シルヴィアとアンジェリーナも同様である。そして3人は揃って、男達の首筋に噛み付いた……



****



 夜が明けた時、チェルクの村には件の人物達の姿は影も形も無かった。ただ山のように積まれた村人達の死体が無残に転がっているだけであった。一つの村が地図の上から姿を消したこの日が、異形の怪物達による血みどろの闘争の幕開けでもあった。


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